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精霊の舞姫  作者: うさ
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小さな舞

  郊外にひっそり佇む小さな酒場がある。そこは目立たない場所にありながらも毎日のように日銭を落とす冒険者で賑わっていた。

  何故ここまで賑わうのか。それは常連の冒険者に聞けば、サーシャのお陰さ、と即答するだろう。

  サーシャ、彼女はこの小さな酒場を何よりも魅力的に彩る人族の踊り子だ。サーシャの踊りは蠱惑的に人を誘い、惑わし、その虜にする。


「いいぞサーシャ! 人族なんて関係ねぇ、おめぇ俺の嫁になれよ! ガッハッハッ」


  竜皮族の冒険者がジョッキを片手に野次を飛ばす。彼はギルドではかなり名の知れた実力者だ。しかしサーシャを前にすると、実力者も初心者も、たとえ亜人族であろうとも関係ない。皆一様にサーシャに魅了される。


  サーシャは冒険者にそっと笑みを零しつつ流れる様に廻る。流水のように緩やかで捉えどころのない動きは儚さを演じ、扇情的な格好やひらひら揺れる装飾は艶めかしさを引き出す。


「綺麗だなぁ……」


  酒場の隅のテーブル席からなんの捻りもない、だが全てを物語る、そんな呟きがポロッと漏れた。

  その呟きに対して反応する者は誰もいないものの、誰もが同じ感情を共有していることは言うまでもない。

  しかしただ1人だけ、不服そうに頬を膨らませる少女がいた。


「ちょっとミセル、何デレデレしてんのよ」


  呟きを漏らした少年、ミセルの肩を少女が文句を言いながらつつく。彼女もまたサーシャに魅せられていた一人ではあったが、何よりもミセルが魅了されていた事が嫌だったのであろう。フォークを持つ手に力が入っている。


「おいおいメル、ヤキモチ妬いてんのか? 安心しろ、おめぇが敵うような相手じゃねぇだろ」


  その少女、メルベラをミセルと同じく踊り子に見とれていた少年、グレイがからかう。


「はぁぁ? 妬いてないわよ! アンタらがデレデレしてるのが鼻につくだけ! ほらもう十分でしょ、帰るわよ! 」


  メルベラは乱暴にミセルの腕を引っ張る。そこでミセルは我に返ったのかメルベラの方を見てぱちぱちと瞬きをした。


「え? もう帰るの? まだパイ食べ切ってないんだけど……」


  するとミセルの問いに便乗するかのようにグレイがメルベラを煽る。


「そうだぞ、そんなんだからメルの胸は育たないんだ、ちゃんと食えよ」


  ブチ、と何かが切れる音が聞こえた気がした。

  メルは立て掛けていた両手杖を振り上げてグレイに殴り掛かる。ふらふら振り落とされた杖をグレイは片手で軽くいなす。


「……あんたねぇ」


「こんなとこで暴れるなよ。カリカリするのは乳が足んねぇんだ、乳が。二つの意味でよ」


  はっはっは、とグレイが笑う。釣られるようにしてミセルも苦笑いを浮かべていた。

  しかし振り落ろした杖は易々といなされ、更にまた煽られたメルベラの怒りは限界へと達していたのだ。メルベラは両手をだらんと垂らすと顔を俯かせた。


「アール・ファティマ・テローラ……」


  メルベラが静かに詩を紡ぎ始める。聴くだけではなんの意味の無いただの語句の羅列となるだろう。しかしその詩に呼応するかのようにメルベラ周囲の空気が変わった。酒場の賑やかな空間に明らかに異質な点がメルベラを中心に展開される。


「おいおいおいおいマジか、分かった俺が悪かった! 」


「ちょ、ここ酒場だよ! メル! 落ち着いて! 」


  男性陣が途端に焦り始める。急いで宥めようとするもメルベラは聞く様子もなくキッとグレイを睨みつけた。


「うっさいバカバカバカー!!!! アルフレーラ! 」


  と、メルベラが詩の最後を詠み終え、一歩踏み出した時だった。ズベっと、その一歩はローブの端に取られてしまう。

  それと同時に杖に蓄えられた『力』は的であるグレイとは反対方向へと飛んでいき……ガシャーンと、酒場のカウンターの方で盛大な音を立てた。

  本来ならば殴られた程度の小さな衝撃を与えるものだ。しかし意図から外れ、固定されてない大量の酒が積まれた棚にぶち当たればどうなるかは想像するに容易い。


「あ……」


  誰が出したのかもしれぬ間の抜けた呟きが突然の静寂の中に一筋。

  三人はポカンとした表情でその惨状を眺めていた。





「おめぇら冒険者に一攫千金を夢見て田舎からでてきた口だろ」


  誰もいない酒場でマスターの低い声が響く。カウンター席で縮こまっている3人は押し黙りかすかに震えていた。


「俺も別にな、夢を見て王都にやって来た少年少女の未来を奪いたくはねぇんだよ。ねぇんだけどよ……これは流石にまずい。俺が方々から必死こいて集めた貴重な酒……どうしてくれる? 」


  重苦しい空気の中ミセルが蚊の鳴くような声でごめんなさい、と呟いた。

  あのグレイですら静かに俯いて絶望し、メルベラに至ってはずっと泣いている。


「身売り……って言っても、昔と違って今は制度は定まってるからな。そんなに悪いもんではないと思うぞ、真面目にやってりゃァ十数年で終わる」


  マスターは深くため息をついて、空になった棚に身を預けた。


「クソ……俺だってしたくはねぇんだよ」


「ならしなかったらいいじゃない」


  ふいに横から女性の声が投げられた。ミセル達が驚いて振り向いた先には、先程の踊り子の姿がそこにあった。酒場の主人は踊り子に呆れたような目を向ける。


「サーシャ……」


「みみっちい男ね、有無を言わさず売り飛ばすなんて山賊みたい。見た目だけじゃなくて中身まで落ちぶれちゃったのかしら」


「ッ……! しょうがねぇだろ……ッ! 俺がこの店を開くのにどれだけ苦労したと思ってる! 」


「別に無罪放免にしろなんて言ってないわよ、ただチャンスを与えてあげなって言ってんの」


  「……アテはあんのかよ」


「ええ、1ヶ月ほどこの子達を預かるわよ」


  マスターとサーシャはじっと目を見つめ合う。二人の関係は分からないがきっと並のものでは無いのだろう。

  しばらくして、マスターがどっと椅子に腰掛け、頭を掻き散らしながら再度ため息をついた。


「好きにしろ、どうせしばらくは店開けねぇんだ」


  マスターがそう言って顔を伏せると、サーシャはミセル達に軽く目配せをした。


「着いてきなさい」


  サーシャのその言葉にミセル達は顔を見合わせる。絶望の状態から希望が見えて安心したのか、お互いの顔を見て自然と笑みが零れてきた。

  そして三人は頷き合うとサーシャに続いて酒場の扉をくぐっていった。


「知らねぇぞ……」


 何も無い酒場にマスターの呟きが微かに響いた。








「あの! お、踊り子さん! 」


  ミセルの呼び掛けに、先を急くように歩いていたサーシャは振り返る。


「サーシャ、よ」


「サーシャ、さん。その、ありがとうございます……」


「あら、まだ内容も何も伝えてないのにその言葉は早すぎるわ」


「ああそうだ、俺は何よりそいつが気になる。1ヶ月で数千万、か? まともな仕事とは思えねぇよ。どうなんだサーシャさん」


  グレイがサーシャをキッと睨みつける。しかしサーシャはその警戒を流すかのように笑みを浮かべた。


「ふふふ、そうね。でも取り敢えず落ち着いて話す場所が欲しいわ。一旦あちらの酒場に入りましょう」


  そう言ってサーシャが指し示したのは、ギルドに併設された少し大きめの酒場であった。


  夜も深い時間帯だからか酒場内は多くの人で賑わっていた。4人は1番奥のテーブルに腰掛けると早速話を始める。


「まずは、自己紹介でもしようかしら。私の名前はサーシャ、性はないわ。見ての通り純血の人族よ」


「人族にしちゃあ立ち方がなってるな、冒険者か? 」


「ちょっとグレイ! なんであんたそんなに偉そうなのよ! 」


  グレイの粗雑な態度をメルベラが窘める。


「ふふふ、いいのよ。その通り私は元冒険者。一応四等級は持ってるわ」


「よんっ……ッ! 」


  三者とも驚きで一瞬言葉がつまる。それもそのはず、四等級とは才能のある者がいくつもの死線を乗り越えて漸く手に出来るようなもの。駆け出し冒険者のミセル達にとっては夢のような世界の話だ。


「サーシャさん一体何歳なんですか……? 」


「女性に歳を聞くものではないって教わらなかったのかしら? さぁ次はあなた達の番よ」


  サーシャの言葉と圧に、ミセルの体は強ばるものの、じゃあ、と口を開く。


「僕からいきますね。僕の名はミセル、姓はありません。冒険者登録は先日したばかりの、竜皮族の剣士です」


「竜皮族にしては……柔和な雰囲気ね、尖った口もないし。ハーフかしら? 」


「そうです。父の血が少し濃く出たので人族っぽいのですが、能力はしっかり母のものを受け継いでいるので問題ありません! 」


  ミセルは胸に拳を当てる。

  よほど竜皮族の血を誇りに思っているのだろう。確かにミセルの肌にある鱗や細い瞳など竜皮族の特徴が垣間見える。


「じゃあ次は私が行くわね。 私はメルベラ、メルベラ・マークトリウス。純粋な地精(ドワーフ)族の魔術師よ! 」


「地精族! 初めて会ったわ。地精族の姓持ちが王都にくるなんてとても珍しいわね」


  この世界の姓とはその種族の中での一定以上の地位を持った一族生まれであることを示している。更には地精族は滅多に村の外に出ることがないため、メルベラは相当珍しい存在といえよう。


  「まぁ、色々あったのよ……」


「最後は俺か、大トリってやつだな」


  メルベラのセリフを遮るようにグレイが話を始める。


「俺の名前はグレイ、姓はねぇよ。雷豹族のシーフだ」


「あの英雄の種族である雷豹族で姓無しねぇ……それにハーフの竜皮族に魔術師の地精族、面白いほどに癖があるのね。どうやって知り合ったのかとても気になるわァ」


「それ以上にあんたの方が疑問だな、純粋な人族がどうやって四等級までいけんだ」


  元来人族というのは他種族に比べ能力が低く魔法も使えない。そのため冒険者になるだけでも珍しく、ましてや四等級なんてほとんどいないだろう。


「努力したのよ」


  サーシャはこれ以上の追求は許さないと言うかのごとくにこにこと微笑んだ。


  「けっ、まぁいい。それより本題だ。あんた俺たちに何させるつもりなんだ」


「そうねぇ……妖精って知ってるかしら? 」


「妖精って、あの御伽噺によく出てくるやつ……ですか? 」


  ミセルがきょとんとした顔で聞き返す。するとサーシャは指を弾いてパチンと音を鳴らした。


「そう! その妖精よ! 実はね、妖精って実在するの」


「妖精? なんだそれ? 」


「あぁ、グレイは知らないのね。私が教えてあげるわ」


  メルベラのドヤ顔に対してグレイは心底嫌な顔をしつつも、耳を傾ける。


  メルベラの説明によると、妖精とは亜人族や人族とは違った力を持つ不思議な生き物で、御伽噺では困っている主人公を助ける時もあれば、別の話では主人公の仲間全てを皆殺しにしてしまうような、なんとも掴みどころのない生き物であるらしい。


「まぁ安心しなさい、基本的にはとっても穏やかな生き物よ。私の故郷のすぐ近くに住んでて、たまに見かけたの」


「で、妖精がなんなんだ? 捕まえてお貴族様にでも売りつけるのか? 」


「そう! その通りよ! あの貴族様ですもの、御伽噺の存在なんて珍しいものにはきっといくらだって金を積むわ」


  サーシャは夢見る少女のようにキラキラと目を輝かせ始めた。

  あれだけ蠱惑的だった踊り子がお金に目を輝かせる姿を見て、ミセル達は呆れつつもどこか親しみを覚えていた。


「うん、じゃあ僕達はサーシャさんの妖精捕りのおこぼれをもらうって方針でいいかな? 」


  ミセルは二人に目を向ける。


「いいわよ、だって私妖精に一度会ってみたかったもの」


「俺はリーダーの方針に従うさ」


「って訳なので、サーシャさんお願いします! 」


  ミセルが頭を下げると、サーシャは少し面食らいながらも微笑んでミセルの頭を軽く撫でた。


「ええ、こちらこそよろしくね」


  そう言うサーシャの微笑みはひどく魅力的に感じられた。

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