1stGAME
1-1
-数日前-
春の少し寒い中で桜の花がひらひらと流されていく中、この大学の体育館で入学式が行われていた。髪の毛をワックスでしっかり決めている者、大学生デビューをするかのような髪の色が水色やピンク色に染めている者もいて、高校までの入学式とは全くの別物であり、変わった世界に来たのかと感じてくる。
僕、水上 飛翼は双葉ノ宮大学に入学した。
こんな大学には特にやりたいこともなく、ただ付属の大学でそのままエスカレーター方式で入学できる大学だから何となく入学した。
入学式もそれなりに進んでいき、学園長の長い話も終わり、式も終盤になってくると突然、吹奏楽部の演奏が急に始まり、体育館の各所にある入り口から様々なユニフォームを着た在学生が急に入ってきて踊りだした。
確実にこの状況で入学生は2つの思考が表れていた。
まず大学の入学式の緊張しているところに急に現れてなんだこの人たちという感覚。
次に大学だと急にこんなことが起きるんだという今後について楽しみに感じる感覚。
この2つのうち俺は前者だ。
こんな長く早く終わってほしいのに急に在学生が現れて急に踊って歓迎するんだから確実に変に感じていた。さらに横にやってきたバドミントンのラケットをもった女子大生がこっちに顔を向けてにこやかな雰囲気を出していた。周りの学生は違う意味で興奮していたが俺にはこんなことが早く終わってほしくて即座に顔を他の方に向けた。彼女のにこやかな笑顔は明らかにおかしい。少し笑顔の中に何かあるような雰囲気に違和感を感じているのは周りでは俺だけしかいないように感じた。そんなことを考えながらこの長かった入学式は終わった。
1-2
入学式も終わり各自の決められた教室に移動している中、20代後半~30前半の年頃のぽっちゃり体系の男が声をかけてきた。
「こんにちは。君、バドミントンサークルに興味ない?俺らのサークルは初心者も経験者も大歓迎だからこのあと見に来てよ。楽しくできることがうちのモットーだからさ。」
「そこまで興味ないので大丈夫です。」
控えめに答えたが、話を続けてきた。
「週3日17時~第2体育館でやってるからなんなら見に来てよ!待ってるから。」
そんなことを言って勧誘チラシを渡して、すぐさま他の新入生にサークル勧誘をやりに行った。
それぞれのサークルの勧誘風景を目の当たりしながら教室に到着し席に着く。
決められた席はなくみんな好きな席についていたほとんどは教室の後ろ側に居たせいで前側は閑散としていた。
人が多いのは苦手だから教室の中間付近の入り口に近い席に座った。
この席ならば前方に座っているがり勉には思われず、前側から見てそこそこ聞いているように先生方から見られ安全に授業をやり過ごせる。
そんな考えをしているような学生たちはたくさん塊ができている後方の学生からしたら変わっていると思われてもおかしくはないだろうと考えながら入学式後のガイダンスを適当に聞いて大学生活の1日目を終えた。
2日目になって授業のガイダンスが始まり、各々の大学生活が本格的に始まった。
昼休みが終わり、必須科目の授業がある教室に向かいいつもの席に着くとその1つ隣に身長185センチくらいの爽やか雰囲気を醸し出した男が隣に座ってきた。
「この席空いてる?友達とかがいないんだったらこの席いいかな。」
「誰もいないのでいいですよ。」
「そっか、ありがとう。俺、この授業去年単位落としてまた受けるんだけど知ってる人いなくて困ってたんだよね。君みたいに1人で座ってる子が隣にいると変に思われないから楽だわ」
(つまり自分が年上だと思われたくないのか)
「この授業ってそんなに難しい授業なんですか。」
「いや?授業に出席しておけば簡単に単位もらえるよ。テストも語群問題だし真面目にこの授業勉強して単位取るやつなんてそんなにいないよ。」
「じゃあ、なんで単位落としたんですか。」
こんなことを1つ上の先輩に対して言ったことは本当は言ってはいけないのではないかと瞬時に思ったが普通に口から出てきてしまった。
「はっ、すいませんこんな物騒なことを聞いてしまって。」
「いいよ。そんなに気にしなくても。単位落としたのも大会の遠征に行ってその結果だし、そんなに気にしてないよ。それにまだ1回しか単位落としてないから。」
「まだ1回ってことはこの授業を何度も落としてる人がいるんですか?。」
「いるよ。あの教卓前の1列目に座ってる女子なんか去年もこの授業いたし。」
「去年もいただけでは年上ではないのではないですか?」
ふと普通にも思う質問をしてしまった。
「いや、去年あの人この授業の教授と授業中に言い合いしてたし、そん時にあの教授がまたお前かって言ってたし、俺の1つ上だよ。」
そんなことを聞きながら、1列目に座っている女性の後ろ姿がどこかで見た気が少ししていた。
初回の授業のため早めにが終わった。
さっさと次の講義に向かおうとした時、急に隣にいた大男が声をかけてきた。
「俺、2年で向坂 桔平ていうから来週もよろしく。ちなみにバドミントン部所属してるからまだどこにも入ってないなら見に来てね」
「興味ないから大丈夫です。」
すぐに教室を退出しようとした瞬間にまさかこのこんな一言が飛んでくるとはこの時は思いもしなかった。
「あなたバドミントンしてたでしょ。」
この言葉が教室の前列から聞こえてきて即座に声の方を向いてしまった。
声の聞こえた先には例の喧嘩女がいた。
喧嘩女はやっぱり入学式の時にこちらに笑みを見せてきた女性だった。
身長はだいたい160センチくらいでポニーテールが元気な雰囲気の女性がこちらに早足で向かってくる。
突然詰め寄ってきて、僕ではなく隣にいた向坂が驚いていた。
僕は仏頂面で目の前の女性に目を向けていたその時、女性が耳元まで寄ってきて小さな声で話してきた。
「今日の授業が終わったら19時に第2体育館に来なさい。じゃないとあなたの過去についてこの人に伝えてしつこいほどの勧誘がくるから。楽しみにしてるよ暴君。」
この人は本当に僕の過去を知っていて、その上で何かを確実に企んでいることがすぐに分かった。
こうなったらもう逃げられないだろう。諦めて今は言うこと聞いておくことが安全だと感じた。
「わかりました。とりあえず、言われたところに行きます。次の授業が始まるので失礼します。」
喧嘩女は楽しみなのかあの時みたいに笑顔でこちらに手を振っていた。
次の授業が始まるまで時間がなく、走って行ってぎりぎりだった。
こんなわけもわからないことを言われて、授業が耳に入ることもなく、その日の授業が終わった。
1-3
指定された場所に行く前にもう一人会う約束に向かっていた。
大学のカフェテリアの自動販売機で缶コーヒー1つを買って4人用のテーブルでスマホを見ながらゆっくりしているとそこに140センチ台の完全に大学生に見えない女子が現れた。
彼女の名前は実 香枝。
中学の時に同じバドミントン部で色々な意味で腐れ縁である。
今は学部は違うが同じ大学に通っている。
中1の時に完全に身長が止まり、確実に話している姿を見られると中学生と大学生だと間違われてもおかしくない構図が完成する女子だ。
こんなロリ体系だが高校まではバドミントン部でIHにあと一歩のところまでいった地元で有名な存在である。
そんな彼女に授業終わりに呼びだされ、カフェテリアで合流する約束をしていたのだ。
「急に呼び出してどうしたの?早く次の予定終わらせて帰りたいんだけど。」
「ひどいな相変わらず。用があるから呼んだのに。こっちもこのあと第2体育館に入部届出しに行くから話したらすぐに行くわよ。」
香枝から第2体育館という言葉を聞いて即座に反応してしまった。
「第2体育館ってまさか香枝も呼ばれたの?あの喧嘩女に?」
「喧嘩女?誰のことよ?私は高校の時から女子バドミントン部にスカウトが来てたから行くだけよ。」
「女子バドミントン部って第2体育館でやってんだ」
「バドミントンサークルも第2体育館でやってるらしいね。時間もほぼ一緒らしい
男子は第1だからほぼ会わないんだって」
このあと起こることがよくないことだと考えながら、香枝の呼び出した件について聞いた。
「で、なんで呼んだの?」
「ちょっと入部届出すのについてきて欲しくてね。このあとどうせ暇だと思ったし、ちょうどいいかなって」
1人でも提出に行けるはずなのに付き添いに呼び出されるとは。
振り回すような行動力はまさに喧嘩女にそっくりだ。
「ちょうど僕も第2体育館に行く予定だから一緒に行くよ。」
「珍しいね。私以外から呼び出されるなんて。中学の時から一度も呼び出しとかなかった飛翼が誰かも知らない人の呼び出しに行くなんて。」
「ちょっと呼び出されただけだよ。たぶん女子バドミントン部の人になぜか」
「なにそれ?何やらかしたの?」
「授業が終わったあとに知らない女子学生から脅迫された。」
「なにそれっ。かわいそうなことに巻き込まれたね。」
「こっちは早く帰ってゆっくりしたいのに・・・。」
カフェテリアで第2体育館に行く理由を話してるうちに約束の時間が近くなり、香枝と一緒に第2体育館に向かった。
2-1
双葉ノ宮大学は留学生の数が全生徒の4割を占めており、どこに行っても留学生がいる空間であり、教室内では日本語、英語のほかに多くの外国語が飛び交っている。
この留学生の多さからだれでもだれとでも交流がしやすいように幅広い交流施設がある。
その一つが体育館だ。双葉ノ宮大学には計3つの体育館があり、第1がインカレ常連部活の練習施設主にバスケットボールやハンドボールそして男子バドミントン部もこっちにある。
第2体育館、第3体育館は主に一般学生やその他の室内スポーツの部活とサークルが使うようになっている。
第2体育館は基本的に一般学生も使えるようにトレーニング室やバスケコート3面分の広さと地下に3面分のフロアで構成されている。
地下にまでフロアを作っているのが普通の大学にはないこの大学の利点だ。
そんなでかい体育館に香枝と2人でカフェテリアから約20分ほど歩いて到着した。
(ついに来てしまった)
そんな感覚が抑えきれなかった。
あの喧嘩女が呼び出したのは第2体育館だがどこにいるのか。
とりあえず、香枝の入部届を出すために女子バドミントン部がやってる地上フロアに向かった。地上フロアの入り口を開け、目に入った風景はなぜか喧嘩している状態だった。
しかも喧嘩しているのが入学式であったぽっちゃり体系の男と呼び出した喧嘩女だった。
一体何が起きているのか。
入ってすぐに香枝と二人で女子バドミントン部の部員のところに行き、香枝が即座に尋ねた。
「すみません。何があったんですか?」
「あぁ、いつものことだよ。どっちが上を使うか決めてたの。いつも交互で使ってたんだけどたまにどちらが上だったかわからなくなってこんな喧嘩が起っちゃうの」
「こんなことがたまにあるんですか。」
(こんな喧嘩がたまにある時点で怖いわ!)
そんなことをすぐに考えてしまった。
「でもどうやって決めるんですか?この喧嘩?」
「いつもはミニゲームですぐに決めてるんだけど今日はやけに長引いててね。」
そんなのんびりと外野が見ている中、喧嘩の方はついにどうして決めるか決まったようだった。
喧嘩女がこっちにやってきた。
喧嘩女はこっちにやってきてちょうどよかったと言わんばかりの笑顔をして香枝でなく、僕の方にやってきた。
「やっときたね。待ってたよ。急で悪いけど、今からバドミントンサークルと試合することになったからよろしくね。」
「はっ?えっ?何で?」
すぐに出たのは急に言われて驚くしかなかった。
もちろん周りにいた香枝や部員たちも驚いたようにしか見えない。
ただ1人この喧嘩女だけがワクワクしているように笑みを浮かべていてその笑顔はまさしく入学式での笑顔だった。
この笑みからは分かっているよねと言わんばかりの笑顔で僕にまともな解答をさせる気はまんざらでもなかった。
「…わかりました。」
2-2
喧嘩女のよくない笑みによってなぜか試合をさせられるようになった。
香枝にラケットを借り、チノパンに普通のTシャツの状態そしてシューズは女子バドミントン部の部室たまたま誰のかわからない古いシューズという完全にスポーツをする格好でない状態でやる羽目になった。
香枝と更衣室に行き、着替え終わったら先に上に上がって昔やってた準備運動をするように言われた。
男子更衣室に入って膝から即座に床に崩れた。
(なぜ。もうバドミントンはする気なかったのに。なんで全く知らないやつに強制的に押し付けられるのか。またあの時みたいになってしまうのか。)
そんなことを考えながら仕方なくシューズを履いてすぐに男子更衣室を出た。
地上フロアに向かうと喧嘩女がニコニコしたままこっちにやってきた。
「来たね。楽しみに待ってたよ。」
「なんで僕が試合に出ないといけないんですか。」
「君のプレーをもう一度確認したかったからね。あの時のプレーが今どうなったのか見たいからよろしくね。」
なぜこの人があのことを知っているのかすごく謎でしかなかった。
「もうまともに練習をしてないのに僕がこの試合にでて大丈夫ですか。勝たなかったら下のフロアで練習になりますよ。」
「地下での練習は別にいいよ。今日はただ君のプレーを見るためにサークルに喧嘩を売ったんだから。でも負けたら3ヶ月は地下フロアで練習になるから勝ってね。
この人は本当に悪意があるのではないかとこの時にすごく感じた。
そんな話を周りには聞こえないようにしていると香枝が現れた。
香枝はこっちにやってくると僕に向かって基礎打ちやるように仕向けた。
とりあえずクリア、ドロップ、ドライブと普通のメニューを行いそれなりに準備を終えた。
そして喧嘩女にコートに行くように仕向けられた。
コートに向かうとネットを挟んで反対のコートには入学式の時にチラシを渡してきたぽっちゃり体系の男がいた。
(ぽっちゃり体系でだいたい170センチくらいか。勧誘されたときは真面目にバドミントンしてるように感じなかったからな~)
ぽっちゃり男がこっちを見て少しだけ見てから睨むかのように喧嘩女の方に顔を向けた。
「お前らこんな細身でひょろひょろな奴でいいのかよ。お前が出ないと今回の問題の解決にならんだろ。」
「あんたにはその子で大丈夫だよ。実績だけならお前の惨敗は決まってるから」
この女は何でハードルを上げてくるのか。
勝ちたいのだったらなにも挑発しなくていいのに。
できるだけ試合を早く終わらせて帰りたいのに。
「こんなひょろひょろが俺より上なわけがねぇ。早く終わらせてサークル見学の新入生にいいところ見せる予定だからさっさとやるぞ。」
すごくやる気を感じる。こんなに軽く殺気が顕わになっている人とは久しぶりにやるかも。
「よろしくお願いします」
いつも通り丁寧に僕は挨拶をする。
「そんなことしてる暇あったらさっさとサーブ打てよ。時間ねぇんだから。」
確実にいら立っている。とりあえず昔みたいにやってみることにした。
2-3
「ラブオールプレイ」
「よろしくお願いします。」
「よろしく。しゅあーっ」
コート横から主審の試合の合図とともに試合が始まった。
やる気のあるぽっちゃり男の声がフロア内に反響している。
今回は1ゲーム21ポイント先取のルールでどちらかが11点先取でインターバルが行われるようになった。
サーブは僕からだった。
(さて、初球はどうするか。とりあえずコート奥にロングサーブで飛ばして、相手がどうするか見てみるか。)
考えが決まり久しぶりのバドミントンが始まった。
「パーン」
ロングサーブを打つために勢いよく下からシャトルを打ち上げた。
シャトルは意外にも天井ギリギリまで飛んでコート奥のサービスラインの線上にまで飛んで行った。
周りからは高いとか、いつまで飛んでるんだとかの言葉が飛び交っていた。
サービスライン付近まで飛んだシャトルをぽっちゃり男は即座に落下地点に着き、落ちてきたシャトルをクリアで打ち返してきた。
ぽっちゃり男が少し切れ気味だったからスマッシュが飛んでくるかと思い、センターラインの定位置に戻っていたのだがクリアが飛んできて少し意外に感じた。
即座に左側のコート奥に行き、またもクリアで打ち返した。
その時に少しだけさっきより少し緩めに打ち上げて様子を見る。
返球された緩めのクリアに対してぽっちゅり男は少し睨みつけ、すぐにシャトルの落下地点に着く。
僕は即座にセンターラインに戻った、しかしあえて前方に位置を構えた。
ぽっちゃり男はこのポジションを見ると右サイドラインに向かって角度のあるスマッシュを打ってきた。
スマッシュが飛んできて、わざとシャトルを追うのはやめた。
スマッシュを追わずに目で見て、久しぶりに実感がわいてきた。
(だいたい170キロくらいのスピードか。これくらいならたぶん何とかなるかな。)
スマッシュを追わなかったことでぽっちゃり男はこの程度かといわんばかりの喜びをしていた。
1-0の状況になり、ぽっちゃり男にサーブ権が移った。
次はサーブがどんなものか確認しておきたかった。
ぽっちゃり男はショートサーブを打つ構えから弱めにショートサービスラインに向けてサーブを打ってきた。
少し浮き気味で飛んできたがここは左側のロングサービスラインの方に打ち上げた。
ぽっちゃり男は少しだけ反応が遅れてシャトルを拾った。
帰ってきたシャトルは絶好のスマッシュのチャンスだった。
このチャンスボールを前に昔の記憶がよみがえった。
その瞬間、すぐにスマッシュではなく、クリアで同じコースに打ち返す。
同じコースだったためぽっちゃり男はすぐに追いつき先程と同じようにスマッシュで決めにきた。
このスマッシュは追いつこうとしたが久しぶりのバドミントンだったため体が追いつかなかった。
またも同じやり方で点をとられた。
「本当にあの子で大丈夫なの。」
「あんなひょろひょろじゃ、スマッシュが取れても前に飛ばねぇだろ。」
周りで見ていた部員たちからは不安な声やバカにしているような声が聞こえ始めた。
2-0になった。
できるだけもう少しだけ感覚を取り戻すのに時間が欲しかった。
そんなことをさせないかのようにぽっちゃり男は攻めてくる。
ただ耐えることしかできない状況だった。
その結果11-5のぽっちゃり男に6点差つけられてインターバルが訪れた。
僕は息を肩でしながらコートを出た。
ぽっちゃり男は周りのサークル部員たちと楽しそうに談笑していた。
内容は確実に僕をバカにしてる内容だった。
そんなことも考えずにタオルを顔に載せて僕はゆっくりしていた。
タオルで周りが見えない中、香枝ではない女の声が僕の方に近づいてくる。
「もっと昔みたいに暴れてもいいのに。そろそろあいつの弱点も見つけたんでしょ。」
「…まぁ。でも本当に暴れてもいいですか。」
「暴れたって別にいいんじゃない。誰かに迷惑をかけるわけじゃない。あの時みたいに。」
「ほんとに僕のあの試合を見ていたんですね。ならこのあとこの場の状態がどうなるのか分かってるようですね。」
「まぁ、だいたいどうなるかは想定できるよ。」
「なら今後の僕の保身が保たれないこともわかっていますか。」
「そこは君の気持ち次第かな。私はあの時の君が見たくて君を脅迫してまで呼んだんだから。」
「あなたは性格がすごく悪いですね。」
「あなたじゃなくて石崎 光翼よ。今度からは光翼さんって呼んでね」
名前を言われて、顔に載せていたタオルを下すとそこには喧嘩女がいた。
石崎 光翼。
それがあの喧嘩女の名前であった。
彼女よくない笑みにはめられてわざわざやりたくないバドミントンをさせられている。
「じゃあ、この試合終わったらすぐに帰りますから。」
そう伝えて、今までのことが少しだけ吹っ切れた気分で僕はコートに戻った。
2-4
11-5サーブはぽっちゃり男から。
完全にバカにしているかのように緩いロングサーブを打ってきた。
飛んできたシャトルは完全にロングサービスラインよりも前に落ちてくるのがすぐに分かった。
このシャトルはもう僕には死んでいるも同然であった。
(こんなサーブを打ってきたこのデブにはそれ相応の挨拶が必要だ。)
落ちてくるところに着く。
昔のようにシャトルが落ちてくる場所で左手を挙げ、右手を後ろに引く。
構えた状態で僕はその場で飛んだ。
その瞬間 「カァーンッ」
何かがはじけるかのような音がして、そのままシャトルはぽっちゃり男の右腕に当たった。
右腕に当たった瞬間「バチッ」となってコート内に落ちた。
周りにいた誰もが目が点になってしまい主審も何が起きたのか分かっていなかった。
「主審さん。早く点数のコールお願いします。あと早くシャトルください。」
シャトルが右腕に当たったぽっちゃり男は何があったのかわからないようで完全に顔がしばらく真っ青になっていた。
「なにぼーっとやってんだよ。あんなのただのまぐれだろ。」
周りのサークル部員からそんなことを言われてぽっちゃり男は意識が戻ったかのようになっていた。
(まぐれか。本当にまぐれだと信じたいならこのあと痛い目を見るかもなのに)
もう僕はこのぽっちゃり男のことはどうでもよくなっていた。
ただ眼前の敵を倒す。
そして早く帰る。
そのことが僕にある今必要なことであり、目的なのだから。
11-6になった。
サーブ権が僕になり、ロングサーブをコートの奥深くに打った。
飛んだ場所は初球と同じ付近に飛んだ。
(またこんなにぎりぎりのラインにサーブ打ちこんでくるなんて機械みたいで嫌だわ)
ぽっちゃり男は逆サイドライン付近力強くクリアを打ち返した。
帰ってきたシャトルはコートの真ん中あたりまでしか飛ばなかった。
僕はすぐに追いつき構えて飛んだ。
ぽっちゃり男はセンターラインに戻って返球のために構えている。
(もういちど同じように打つことがこのデブへの唯一のチャンスになるかな)
即座にまた同じように構えてスマッシュを打った。
「カァーン」
この音が聞こえた瞬間、シャトルはぽっちゃり男の胸元にあった。
構えた状態から一歩も動かず、ぽっちゃり男は一体何が起きたのかまたもわからずにいた。
2-5
コートを見ていた香枝も何が起きたのか分からなくなっているようだった。
「今のでやっとわかったわ。私が見たかったこの子の本性。」
光翼がなにを言っているのかわからず、香枝はすぐに聞き返した。
「本性とは何のことですか。」
「おっ久しぶりだね。香枝ちゃんだよね。この子をこの大学に連れてきてくれてありがとう。」
「そんなことはいいので本性ってなんのことですか。」
「香枝ちゃんは飛翼君とは幼馴染でしょ。」
「中学の時からプレーを見ていて、変わった時期が彼にはあるでしょ。」
(この人はなんでわかるのだろう。)
確かに飛翼は高校の1年の冬にある市民大会の後からプレーが大きく変わった。雰囲気も。
最初はスマッシュを主体のはつらつとした攻撃型でみんなと楽しくバドミントンをしていた。
市民大会以降はケガの影響で守備的プレーに大きく変わった。
雰囲気も物静かで周りから何を考えているのかわからなくなった。
そして2年のインハイ予選で負けてからバドミントン部を退部はした。
理由はケガだと言われていたが、実際はバドミントンへの熱が薄れてやる気がなくなったから。
それだけのことのはずなのに。
「石崎先輩はなんでそのことを知っているのですか。」
「光翼でいいよ。先輩とか堅苦しいから」
「じゃあ、光翼さんはなんで飛翼のプレースタイルを知っていたんですか。」
「あの子のことを知ったのは、その市民大会に私も出場していたからだよ。彼のプレーは熱がこもってすごく勝ちたいって気持ちを強く感じたし。それに会場のどこにいてもプレーの声が聞こえてきて目立ってたし。」
確かに飛翼は恥ずかしさを消すために点が入るとすごく叫んでいた。
そんなことを考えながら話が続く。
「彼が2年生の時のインハイ予選のプレーを見てたから驚いたよ。すごく叫んでプレーしていた子がここまで静かに、しかも消極的なプレーをするようになってて。その時に彼はこんなプレーが本当の彼じゃないってすぐに気づいたよ。」
(光翼さんは本当によく気づいてる。たった2回しか飛翼のバドミントンを観てないのに。)
「じゃあ飛翼を今日呼び出したのは。」
「この試合をさせて彼をうちにスカウトするため。」
「スカウトですか。」
「うん。うちのチームも今年は本格的に上を目指すために面白い選手をたくさん集めたから今年は楽しくなるよ。そのチームを面白い方向に作り上げれるコーチを探したんだけど彼が一番面白いチームを作ってくれるって思ったから昔のことを使って脅迫したら来てくれたよ。もちろん何かあったら香枝ちゃんが引っ張ってくるって信じてたよ。」
「本当に飛翼をチームのコーチにできますかね。」
「幼馴染として同じチームにいることが不安なのかな。」
少しだけ焦ってしまった。できれば飛翼にはプレイヤーでいて欲しかったから。
だからコーチになってもらいたいのかわからないから。
「それは大丈夫ですけど・・・飛翼はバドミントンをやめて1年半ですよ。プレー経験では私と同じくらいですけど実績とかだともう・・・」
「まぁまだ本人には伝えてないからまた今度伝えるわ。」
話を分断され、そのまま試合に目を戻した。
2-6
11-20と試合は休憩後から一方的な試合になってしまった。
後半の初球から見えないスマッシュによって僕は流れを掴んだ。
ぽっちゃり男はあのスマッシュから様子がおかしい。
そんなことも気にせず、僕はぽっちゃり男の弱点を突くことを始めた。
試合が始まって2球目に打ったショートサービスラインから左側のロングサービスラインに打った打球に対して反応が遅く、まともに飛んで来なかったのだ。
そこがぽっちゃり男の弱点であった。
作戦としてぽっちゃり男をネット前におびき出し後ろに深く打ち出せばすぐに崩れていく。
見事にぽっちゃり男は罠にはまってもらうことができた。
そしてマッチポイントを迎え、最後のサーブを打つ。
完全にぽっちゃり男は戦意を喪失してしまった。
どこに打っても返されることが恐怖になってしまっているせいでまともにシャトルが返球されてこなかった。
シャトルがネット前に浮いているシャトルをプッシュで決まった。
11-21で試合終了。
主審が挨拶のために集めようとしたがぽっちゃり男は唖然とした様子でまったく声が届いていなかった。
僕は待っても仕方がないからすぐに借りてたシューズを返して男子更衣室に向かった。
香枝は光翼に入部届を提出して、飛翼のもとに向かった。
まわりの空気が初めの声援が聞こえた状態から完全に僕のプレーによって静かなものに変わっていた。
3-1
(まさかあの物静かな子があんなプレーをするとは。)
第2体育館から第1体育館に走って向かう中、桔平は思っていた。
桔平は講義のレポート提出のためにたまたまあの場所にいた。
後半が始まり飛翼が打ったスマッシュの音を聞き、フロアに向かった。
そして飛翼が打ったスマッシュを見て、桔平は確信していた。
-この子なら俺のダブルスのペアとしておもしろいことができるかも-
その後試合が一方的に進み、スマッシュを目で追えていたのはあの場で光翼と桔平だけであった。
あのスマッシュは俺たちの部でも返すことができるのはたぶん部長と俺、あとはかずさんくらいだ。
授業の時はまったくバドミントン選手の雰囲気を感じられなかったのにプレーの時は完全に別人だった。
できれば、次は直接試合であの感覚を味わいたい。
(こんなに他の人のプレーを見て、興奮するのいつぶりやろ)
そんなことを考え、第1体育館に到着。
「お疲れ様です。すみません、遅くなりました。」
「桔平遅い。次遅刻したら体育館内50周とフットワーク通常の3倍してもらうから」
「すみません部長。第2体育館でおもしろい1年見つけたんですよ。」
「そんなことはどうでもいい。早く準備してメニューに加われ。じゃないと、今から大学構内30周させるぞ」
「すぐに準備しますっ」
部長の圧に押されて今の感覚を捨て、桔平は練習に加わっていった。
3-2
ぽっちゃり男と飛翼の試合を見て、高1までの飛翼のプレーが帰ってきたのかと思った。
飛翼の見えないスマッシュの打球音、周りの観客が予測できないプレー、そしてまだ見えていない飛翼の本来の姿を見ることができるかもしれない期待が見えた。
私は試合後すぐに男子更衣室に向かっていく飛翼を追うために光翼に入部届を渡した。
「来週からよろしくお願いします。これ、入部届です。」
「うん。ありがと。これからよろしくね。」
「はい、頑張ります。」
「今年の女バドはおもしろい新入生が多くて、みんな楽しみだったからがんばってインカレ目指そうね。」
光翼が飛翼の試合を見た後のせいなのかすごく満足気だった。
これから本当に飛翼を女子バドミントン部のコーチとして勧誘するのか聞きたかったけれど飛翼をコーチとして私は受け入れていいのか迷ったから聞かなかった。
光翼との話も終わりあいさつを済ませ、すぐに飛翼のもとに向かった。
3-3
試合が終わり、男子更衣室内のベンチで深く座った。
目を瞑り少しづつ呼吸を整えようとする。
しかし疲れよりも試合でのスマッシュの感触が強く残り、過去の記憶が頭の中を強くよぎった。
あの自分が自分ではないような感覚が頭の中で鮮明に映し出す。
-高校1年の冬-
市民大会予選グループ第2試合
水上-大垣 1(21-19、16-21、6-21)2
第3セット 0-3
クリアで飛んできたシャトルに対していつものスマッシュで打ち返す。
それだけのはずだった。
ラケットから聞こえた音はいつもと違う。
「バギンッ」
ラケットがきしむような鈍い音が聞こえた。
その瞬間だった。
いつものラケットを握る感触をそして自分のバドミントンのすべてがひび割れていくような感覚が自分の中に入ってくる。
打ち返したシャトルは自分の思った軌道にはいかず、ネットを超えなかった。
そのまま試合は続いていく。
試合が進めば進むほど自分の中の何かが壊れていく。
それがバドミントンではない他の記憶をも。
終わったころには自分がなんでこの場にいるのかすらわからない。
これが選手として死ぬことだと悟った…。
瞼を開け、天井の蛍光灯がまぶしく照らす。
蛍光灯の光であの記憶から解放されたように感じる。
更衣室のベンチから立ち上がり軽く汗を拭く。
軽くストレッチを行い、更衣室を出た。
更衣室をでて家に帰ろうとした時、
「ドカッ」
背中にかわいらしいバッグがぶつけられた。
こんなことをするのは香枝しかいない。
仕方なくバッグを拾い香枝を待つ。
「一緒に帰っか。バッグ返して。」
「投げてきてそっちじゃん。」
「飛翼が勝手に帰るからでしょ。」
「あんな試合させられたんだから早く帰りたいだけだよ。」
さっきの試合は香枝にはどんな風に映ったのか。
まだ香枝には詳しくあの時のことは教えていない。
バドミントンをやめたきっかけとかは知っているが本当のことを伝えるのは香枝の今後のバドミントン人生によくない影響を与えるかもしれない。
できるだけ濁しておこう。
「とりあえず、どこかでご飯食べない。」
香枝からのいつもの唐突な誘いだった。
でも急だったが家に何もないからちょうどよかった。
「いいよ。何がいいの。」
「気分的にはファミレスがいいな。」
「じゃあ、適当なファミレスでいいよ。」
「やったー、よし行こっ」
試合後、香枝に流されるようにファミレスに行き、食事をしながらたわいもない会話が続き、試合のことについて全く触れずに香枝と最寄り駅で別れた。
家に着き、まだ大学生活が始まったばかりなのに異常な疲れを感じ、シャワーを浴びて、すぐに眠った。