ゼロの切り札
セイラの祈りで戦場全体がシーグル神の加護に包まれた。
しかし、戦場に顕著な変化は見られず、チェスターとカミーラの炎の波を耐えた個体や新たに現れたアンデッドを相手に戦闘が繰り広げられている。
「変化がありませんな・・・」
「そうね」
コルツとアイリアが首を傾げるが、祈りに集中しているセイラは答えない。
「ありゃあ弱い結界を広範囲に張ってるんじゃねえか?」
戦いを観察していたリックスが口を開いた。
「神官の嬢ちゃ、いやセイラは人並み以上に体力はあるようだが、気力、というか精神力が足りてねえ。あまり強い祈りをすると直ぐにひっくり返っちまうんだろう。だから力を抑えつつ長時間結界が張れるようにしたんだろ」
リックスの予測にコルツが首を傾げる。
「しかし、効果が無いように見えますが?」
リックスは首を振りながら戦場を指差した。
「そんなことはないな。虫けらアンデッドが出てこなくなった。それだけでもまるで違うぞ。スケルトンやらのアンデッドならばゼロさん達でどうにかなる。だが、あの虫けら共にたかられたらたまったもんじゃねえからな。ゼロさん達もそれを警戒していたろ?それに、あまり強力な結界じゃ肝心のゼロさんの邪魔をしかねない。ゼロさんには通用しないかもしれんが、セイラだって聖女なんだ、その祈りにシーグル神が張り切っちまうかもしれないからな」
妙に説得力のあるリックスの説明に2人は頷いた。
「それからな。結界が弱いしサイノスも本気になったんだろ。こっちに目を向けた奴らが来るぜ」
リックスの指差す方を見れば、結界を抜け出したアンデッド数体がこちらに向かってきている。
「さあ、俺達の出番だぜ」
リックスは剣を抜き、アイリアも矢を番え、コルツも槍を構えた。
敵アンデッドとの戦いの最前線、ゼロはまだオメガ達を呼び出してはいない。
唯一アルファだけがゼロの背後に控えている。
戦いの主力はチェスター、ライズ、オックスの前衛とリリス、カミーラの後衛だ。
「最後の戦いだと覚悟を決めたら体が軽い!剣がよく走るぜ」
剣に炎の魔力を込めたチェスターがアンデッド達を次々と溶断する。
「感じる・・見えるぞ。ウンディーネの力が漲ってくる」
ライズが剣を振るう度に刃から僅かな水しぶきが散っていたが、その水が徐々に集束されて水の刃へと変貌し、凄まじい切れ味でアンデッドを切り捨てた。
「ふんっ、魔剣だの精霊だのと。男ならば力で戦え!力こそ正義よ!」
オックスが戦鎚を振り下ろせばスケルトンやグールが粉々に叩き潰される。
3人共にゼロに出番を与えるつもりはないようだ。
「まったく、オックスったら、子供みたいにはしゃいで」
リリスが矢を放てば一射で複数のアンデッドの頭を粉砕する。
「私はチェスターと一緒に生き延びる。そのために全てを呪い尽くす」
カミーラが符をばら撒けば、その符に取り付かれたアンデッドが腐り落ちる。
ゾンビの腐った身体とはわけが違う、骨をも腐らせる呪いにより、身体を維持できないのだ。
左翼側ではプリシラと魔物達がアンデッドの陣形を突き崩している。
大型の魔物を前面に出して敵を叩き潰し、取りこぼしを後に続く魔物達が袋だたきにする。
そして、プリシラは先頭で大鎌を振るっていた。
イザベラ率いる連合軍も着実に前進を続けている。
騎馬突撃でなく徒歩による進撃に変更したが、先頭を駆けるイザベラ、イザベラの背後を守るグレイとイバンス王国が屈していないことを示す旗を翳すヘルムント。
後に続く聖騎士や兵士達が一丸となって突き進んでいる。
リックスが予想したとおり、セイラの祈りによって昆虫や小動物のアンデッドが封じられたため、表面上はゼロ達に有利に見える。
だが、ゼロもプリシラもイザベラも、戦況が有利に運んでいるとは微塵にも思ってはいない。
「どう?このまま行けそう?」
レナの問いにゼロは首を振る。
「このまま、は無理ですね。先程からサイノスから漏れていた力が消えつつあります。力が安定してきたのでしょう。来ますよ、大きな反撃が」
ゼロの言う反撃の前にサイノスにたどり着きたいところだが、サイノスまではまだ距離がある。
サイノスとの戦いの前にゼロも切り札を切る必要がありそうだ。
「サイノスとの戦いには使えないとは思っていましたが、その前にあれを召喚する羽目になりそうですね」
ゼロが独り言を呟いた時、サイノスを中心に巨大な地揺れが発生した。
サイノスの周囲に禍々しい気配が発生する。
「来ます!」
ゼロが叫んだその時、サイノスの前に2体のドラゴン・ゾンビが現れた。
「彼奴、まだドラゴン・ゾンビを隠してやがった!」
最前線で剣を振るい、僅かに突出していたチェスターが剣を構え直した。
その刃には炎が走っている。
「どっちにせよこのドラゴン・ゾンビも片付ける必要があるぜ」
徐々にウンディーネの力を操りつつあるライズと己が腕を信じて戦うオックスが肩を並べる。
「ゼロ様、我々もオックス殿の応援に・・」
「待ちなさい!それは今までのドラゴン・ゾンビとは違います。直ぐに下がりなさい」
イズとリズまでもが前に出ようしたが、ゼロの鋭い声に足を止める。
今まさにドラゴン・ゾンビに挑もうとしていたオックス達も思わず振り返った。
「どういうことだゼロ?」
オックスの問いにゼロは答えず、表情は厳しい。
「とにかく下がって!ドラゴン・ゾンビと距離を取ってください!」
ゼロの剣幕に3人が後退しようとした時、2体のドラゴン・ゾンビがその3人に向けて猛毒のブレスを吐いた。
「やばっ・・・!」
退避が間に合わない、3人は無駄だと分かりつつも防御姿勢を取る。
「ウィンドカーテン!」
「ノームよ、土の防壁を立てろ!」
「シルフの風で毒を押し戻して」
「解毒の風・・・」
レナの魔法、イズとリリスの精霊魔法、カミーラの解毒の術が展開され、ドラゴン・ゾンビの攻撃を防ぐ。
「みんな、お願い!奴の気を引いて!」
リズの精霊、死霊混合術で召喚された炎蜥蜴がドラゴン・ゾンビに絡みつく。
3人は辛うじて危機を免れた。
「その2体は古代竜の中でも特に力の強い個体のなれの果てです。今までのドラゴン・ゾンビのようにはいきません。私に任せて下がってください」
ゼロの警告に従ってオックス達3人は周囲の毒気が収まったのを見計らってゼロの背後まで後退した。
「ゼロ、お前に任せるって、何か策があるのか?」
ゼロとの付き合いが長いライズが期待を込めて尋ねる。
「そうですね。かなり強力な個体を召喚するので今から本気で死霊術を行使します。その間は私の意識も飛びますから護衛を頼みます」
普段から余力を残して死霊術を操るゼロが本気で死霊術を行使すると、その間はアンデッドの指揮に全ての意識が向けられて完全に無防備になってしまう。
オックス達はゼロを取り囲み、周囲のアンデッドを近づけないように陣形を取った。
ゼロが意識を集中する。
「冥府を彷徨いし古き竜の魂よ、我の声に応じて冥府の門を抜け、生と死の狭間の門を開け」
ゼロの頭上に巨大な門が出現し、その門が開いた。
そして、その門から姿を現したのは、ドラゴン・ゾンビに勝るとも劣らない1体の巨大なスケルトン。
3つの首を持つ竜のアンデッド、スケルトン・ドラゴンが2体のドラゴン・ゾンビに対峙した。




