表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/100

職業軍人グレイ

 突撃を敢行するも何も出来ないまま犠牲だけを払って撤退を余儀なくされたイザベラは唇が切れる程に噛み締めて己が無力を責めた。


「ただ無駄に兵を失っただけ、なんたる様ですの!私ともあろう者が部下を犬死にさせるなんて!」


 イザベラの青ざめた表情を見てヘルムントはため息をついた。

 イザベラは常に誇り高く、胸をはって生きてきたが、その反面で逆境に弱い一面を持つ。

 劣勢においても常に勝利を信じてそれを成してきたし、敗北を経験したこともあるが、その敗北の中でもまるで勝利者であるかの如く堂々としてきた。

 しかし、ごくまれに予想外の失敗に酷く取り乱すことがあるのだ。

 ヘルムントはそんなイザベラの一面も彼女らしさの一つであると好意的に捉えていたが、この局面ではまずい。


「イザベラ、考えを改めろ。あのような事態、誰にも予想がつかぬ。そのことを悔いてばかりでなく次の策を考えるのだ」

「私はその予想外の事態にまんまと嵌まり、無為に部下を死なせましたのよ」

「戦死した騎士を悪く言いたくはないが、あれは彼等の力不足が原因だ。現にしっかりと防護結界を張った兵に損害はない。更にグレイ殿達はあの直中から離脱を成功させておる」

「その未熟な兵を駆り立てた私の責任ですの。それにグレイが自力で離脱したならば、私の突撃は無駄だったということですわ」


 こうなってはヘルムントの手に負えない。


(仕方ない、士気の低下を覚悟で一時的に指揮権を我が引き受けるか)


 ヘルムントが考えたその時、離脱に成功したグレイが戦場の外側を大回りして本隊に姿を見せた。


「何をしているのですか、イザベラさん!」

  

 グレイの厳しい声にイザベラはビクリと振り返る。


「グレイ・・・無事だったのですね」

「無事ではありませんよ。私の中隊は大半が力尽きて戦闘不能。事実上壊滅状態です」


 現にグレイの中隊は既に戦線を離脱しているアレックスに加えてエミリアを始めとした殆どの隊員が力を使い果たしており、残存兵力はグレイと第2、第3小隊長のウォルフとアストリア、中隊長直属分隊長のシルファ他に2名の隊員のみであり、最早部隊としての機能は有していない。

 

「それよりも、イザベラさんはここで何をしているのですか?戦いはまだ終わっていない。貴女にはまだ果たすべき役割があるはずです」


 厳しく叱責するような口調のグレイにイザベラは涙目で俯いた。


「私、怖いのです。これ以上部下を無為に死なせたくないのです・・・」

「だから、貴女らしくない!私は以前に貴女のことを不安を内に秘めても胸を張るプライドの塊だと言いました。だからこそどんなに厳しい状況でも皆がついて来るのです。そして、この戦いにおいても圧倒的不利な状況にありながら最小限の損害でここまで来たのではありませんか?一度の失策がどれほどのものですか!」


 イザベラが顔を上げる。

 涙目であることは変わりがないが、その瞳には光が戻りつつある。


「手厳しいですわね。少しは優しくしてくれても良いのではありませんの?」


 グレイを見上げるイザベラ。


「その辺りの匙加減を私に求めるのは間違いです。私は職業軍人です。戦場においてのみ、その真価を示すことができます」

「そうですわね、騎士と兵士は似ているようで非なるもの。常に崇高であり、勝利を求められる騎士。自信を失っていた私に貴方が教えてくれたことですわ。ならば、私は私の役割を果たします。だから、貴方は私を、私だけを守ってくださいます?」


 ねだるようなイザベラの表情に対してグレイは敬礼で応えた。


「私の中隊は壊滅状態で中隊長としてこの戦いで私に出来ることはありません。ならば、一兵士として貴女の背中を守りましょう。だから貴女は前だけを向いていてください」


 今度こそイザベラの表情が輝いた。


「私だけの騎士でいてくれますわね」

「いいえ、私は騎士ではなく、軍人です。これは譲れません」

「構いませんの。私の気分の問題ですわ」


 イザベラはヘルムントを見た。


「醜態を見せました。でも大丈夫です。私達もゼロ、魔王の両軍団に呼応して敵アンデッドを駆逐します。騎馬突撃でなく、聖騎士と神官による範囲結界を張りながら徒歩により進軍します。直ちに準備を!」

「承知した!」


 ヘルムントは頷いて駆け出した。

 それを見送ったイザベラは再びグレイを見た。


「開始まで少し時間があります。あの副官の所に行ってあげなさい。置いていくのでしょう?」

「・・・」


 グレイは返答しない。


「確かに貴方は中隊長です。でも、この最後の戦いは貴方も私も生きて戻れるかわかりませんのよ。そんな中で置いていかれる彼女の気持ちを考えなさい。って、貴方には難題でしたかしら?」


 グレイは肩を竦めた。


「分かりました。残していく部下達に会ってきます」

「素直ではありませんのね。それでも結構です」


 グレイは踵を返して歩き出す。

 その背中に向かってイザベラが語りかける。


「生死の戦いを共に駆けることを独占してしまうのですから、旅立ちのキス位は許してあげますのよ」


 グレイは振り返らずに首を振った。


「やめてください。柄ではありませんよ」


 グレイは本隊後方の救護所に赴いた。

 多くの神官や治療師、救護兵が駆け回り、運び込まれた負傷兵の治療行っている。

 見れば、イバンス女王のシンシアや宰相のドムまでが包帯や治療薬を持って走り回っている。

 グレイは隊員達が運び込まれた天幕を回って皆の様子を見た。

 先に離脱したアレックス達とは違ってその大半が極度の疲労によるものだから時間が経てば回復するだろうが、今回の作戦参加は不可能だ。

 加えて戦闘可能なウォルフ達も今回の戦闘には連れていかない。

 当然、強硬に作戦参加を希望してきたが、中隊が壊滅状態である以上は連れて行く必要もない。


「何より、敵の力が広がればここも戦場になる。ここに残って無防備な負傷者を守れ」


 中隊長命令として任務を与えることによって部下達の参加を許さなかった。


 そして、グレイはエミリアが運び込まれた天幕を訪れた。

 女性兵の負傷者が殆どいないため、小さな天幕内にはエミリアしかいない。

 そこで目にしたのは簡易ベッドから落ち、膝をつきながらも装備を身につけようとしているエミリアの姿。


「エミリア、何をしている?」

「私も、行きます」


 グレイはエミリアに手を貸して起きあがらせるとベッドへと横たえた。

 1人で立つことも出来ず、一緒に行くどころではない。


「無理だ。ここで休んでいるんだ。中隊は壊滅状態で他の隊員も誰も参加しない」


 諭すように話すグレイ。


「でも、隊長は行くのですよね?ならば私も連れて行ってください」


 グレイの手にすがりついて離そうとしないエミリア。


「その状態では戦闘はおろか、歩くこともできないだろう?」

「お願いです。私が倒れたら見捨ててくれて構いません。連れて行ってください」

「無茶を言うな。この戦いはそんなに甘いものではない」


 それでも泣きながらグレイの手を離さない。


「嫌、グレイ隊長。置いていかないでください。私、怖いんです。このままでは隊長が帰ってこないような気がします。お願いです・・・」

 

 グレイはエミリアの手を握り返した。


「何を言っても駄目だ」

「ならば、必ず帰ってくると約束・・・してはくれませんよね?」


 グレイの性格をよく知るエミリアだからこそグレイがそんな空虚な約束をしないことが分かってしまう。


「約束は無理だが、私は常に生還することを考えている。部下を死なせず、自分も生き残ることを考えている。今回も同じように考えるし、今後も同じだ」


 グレイはエミリアの手を離して立ち上がった。


「グレイ・・隊長。私、待っています。必ず帰ってきてください。隊長の副官は私だけです。隊長の横は私の居場所です。誰にも譲りません」

「ああ、努力する」


 笑みを見せて天幕を出ていくグレイを見送るエミリア。


(生還することを考える、努力する・・・。でも隊長はそれを上回る責務を感じた時には迷うことなく自分を犠牲にしてしまう。それが軍人である隊長の生き様・・・あの時のように)


 エミリアはベッドの上でグレイの無事をイフエールの神に祈った。


 聖騎士団を先頭に、連合軍最後の総攻撃が始まろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 神を信じない男が邪神に挑む。痺れますねえ!
2020/07/20 00:48 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ