サイノス顕現
「全員引きなさい!」
戦場に響き渡るゼロの叫び声。
戦いの喧騒の中、無意識のうちに死霊術の気を込めたその声はゼロのアンデッドだけでなくプリシラやイザベラ達の魂にまで響き渡る。
魂に直接響く鋭い声にそれを聞いた全ての者が反射的に動きを止めた。
「何が起きた?」
「今の声は何ですの?ゼロ?」
プリシラとイザベラですらも思わず立ちすくんでいる。
「引きなさい!可能な限りノー・ライフ・キングから離れなさい!」
再び響き渡るゼロの声。
見ればオックス達を呼び戻し、レナとカミーラを強引に肩に担いで後方に下がろうとするゼロの姿。
イザベラの援護に回っていたアンデッド達も状況が分からずにいる周りの聖騎士達を大盾で押し戻したり、引きずりながら撤退しようとしている。
「聖騎士様、どうか我が主のお声に従ってください」
イザベラの前に立つオメガが頭を垂れる。
ゼロを中心としたその尋常ではない雰囲気にプリシラとイザベラは悟った。
「サイノスが現れおるか!」
「全軍撤退!全速力で下がりなさい!」
プリシラの魔王軍が、イザベラの軍団が脱兎の如く撤退を始める。
その間もノー・ライフ・キングはその場に立ち尽くしたまま、両手を広げて空を見上げている。
そこを中心に地鳴りが始まったその時。
『下がれ、早く・・・、間に合わなくなる・・・』
再びノー・ライフ・キングの声が脳に響く。
(間に合わなくなる?)
その声に違和感を感じたゼロが振り返って見たのは、悲しげなノー・ライフ・キングの表情だった。
なりふり構わずに後退したのでノー・ライフ・キングとはかなりの距離がある筈だ。
片目であり、視力がよいわけでもないゼロにその表情が見えるような距離ではないのだが、ゼロは確かに見た。
閉じていた瞳を開き、何かを願うようなノー・ライフ・キングの悲しい表情を。
『お願い・・逃げて』
再び声が脳裏に届いたその瞬間、ノー・ライフ・キングの周囲の大地が盛り上がり、5体のドラゴン・ゾンビが姿を現した。
「おい!まだ5体ものドラゴン・ゾンビがいるのか!」
チェスターが愕然とするが、現れたドラゴン・ゾンビの様子が変だ。
ノー・ライフ・キングを囲むように現れたドラゴン・ゾンビはまるで凍りついているかのように微動だにせず、直ぐに氷が砕けるように粉々に砕け散ったのだ。
その光景を見た全ての者が思わず足を止めて砕け散ってキラキラと輝きながら舞い上がるドラゴン・ゾンビの姿に目を奪われていた。
「自滅した?消えちまったのか?」
チェスターが呟くが、そんな生易しいものではない。
ゼロの表情は厳しいままだ。
「食い止められませんでした。始まってしまいます」
何も終わってはいない。
ゼロが言うように、これは始まりの合図なのだ。
全ての終わり、終焉の始まりだ。
キラキラと舞っていたドラゴン・ゾンビの破片が徐々に渦を巻き始め、やがて激しい竜巻となり、ノー・ライフ・キングを包み込む。
「冥神サイノスが顕現化する・・・」
レナとカミーラを肩に担いだままゼロは固唾を飲んでその様子を見ていた。
プリシラもイザベラも、そこにいる全ての者がどうすることもできずにただ佇んで見ているだけ。
もう誰にも止めることは出来ないのだ。
「ゼロ、最後に聞こえたあの声。逃げてって・・・」
ゼロの手を逃れてその肩から降りたレナが問いかける。
悲しげで何かを願うようであり、謝罪のようなあの声にレナも違和感を感じていた。
しかし、ゼロはレナの問いかけに答えない。
「もはやそれどころではありません。サイノスが顕現化します」
ゼロが指差した先、ドラゴン・ゾンビの破片を巻き上げた竜巻はノー・ライフ・キングを包み込んだまま、周囲に散らばっていたアンデッドの破片、少ないながらも戦いで倒れた者や魔物の骸をも巻き込んで更に巨大化している。
後退が遅れていたならば、多くの者が生きたままあの竜巻に巻き込まれていただろう。
やがて、竜巻の勢いが失われていくと共に舞っていたドラゴン・ゾンビの破片や巻き込まれた骸の量も減ってゆく。
そして、竜巻が止んだ時、そこに立っていたのは神々しいまでに光輝いているローブに身を包んだ者。
その場にいる全員が距離を取っているためにその表情を窺うことは出来ないが、ローブの神々しさとは裏腹に遠くからでも見る者の全身の汗が凍りつくような禍々しい気配を身に纏っている。
「「「冥神サイノス」」」
ゼロが、プリシラが、イザベラが同時に呟く。
「5体もの腐竜を凝縮してその身に取り込んだのか・・・」
プリシラの言うとおり、5体のドラゴン・ゾンビをその身に取り込みながらも、その身体はノー・ライフ・キングと変化はなく、元の女性的な姿のままだ。
しかし、そこにいるのは紛うことなき冥界を支配する神。
生者達の世界には決して現れてはいけない存在でありながら、5体のドラゴン・ゾンビの力を凝縮してその身に取り込んで顕現化した冥神サイノスだ。
「ついに現れましたね。困りました。こうなったら私の力で立ち向かうしかありませんね」
サイノスの姿を見ながら呟くゼロの表情を見たレナは息を飲んだ。
この状況下でありながらゼロが笑っているのだ。
「生者の刃や術ではその身体にかすり傷すらも負わせることが出来ない冥界の支配者。そんな神を相手に戦う羽目になるとは・・・。本当に死霊術師冥利に尽きるというものです」
ゼロは不敵な笑みを浮かべていた。




