それぞれの開戦
城塞都市を守るのはノー・ライフ・キングが召喚した数千のアンデッド。
スケルトン、ゾンビ、グール等の下位アンデッドばかりだが、その数は多い。
今は数千程度だが、敵もまた余力を残しているのだろう。
対するはゼロのスケルトンナイト、スケルトンウォリアーを主力としてスペクターが援護する中位アンデッドを中心とした部隊。
敵と区別するためにシャドウとミラージュの幻惑によって鎧やローブが赤く染められている。
赤備えのゼロのアンデッドはそれぞれが数百程度の小部隊に分けられており、次から次へと前進して多勢の敵を攻め立てていた。
前の部隊が押し戻した敵陣の隙間に次の部隊が突入して押し広げ、更に次の部隊がその場を確保する。
敵に衝突するのは最低限であるが、まるで鮫の歯のように次から次へと前に出る。
劇的な戦果は上がらないが、じわじわと制圧域を広げていった。
その様子をイザベラは後方から観察している。
「着実ですわね。でも、あのままでは時間が掛かりすぎますわ」
彼女の軍も既に準備を整えて待機し、何時でも進軍できる状態だ。
更に連合軍の横ではコボルト、オーク、ゴブリンの軍団やオーガやトロルが整列している。
「そう焦るな。あれはあれでたいしたものだ。力を温存するが故に少ない兵力を効果的に活用し、数の不利を補っておるわ」
大鎌を携えたプリシラが微笑む。
友の弟子の成長を喜んでいるようだ。
「でも、余力を残しているのは敵も同じですわ。私、あのおバカネクロマンサーの力が先に枯渇することを心配していますの。ゼロは自分のこととなると何の躊躇いもなく前に踏み出してしまいますの」
「確かにな。奴はまだまだ見ていて危なっかしい所もあるからの」
「だからですの。ことが有利に進んでいる今のうちに強力な打撃を与えて一気に進んだ方がいいのではありませんの?」
イザベラの考えも一理ある。
時間を掛ければノー・ライフ・キングがサイノスへと顕現化してしまう可能性もあるのだ。
プリシラはアンデッド達が戦う戦場を見渡した。
右翼側は建物が入り組んでいて大型の魔物の動きが制限される。
左翼側は比較的開けており、敵アンデッドの数も多い。
「よかろう!妾の軍で敵の左翼を突いてやる。多少は状況が動くだろう。お主の軍は主力だ、今しばらく待機しておれ」
大鎌を軽々と担いだプリシラが歩き始める。
「貴女が前に出なくてもよろしいのではなくて?」
イザベラの声にプリシラは振り返ることなく肩を竦めた。
「妾もゼロと同じよ。魔物達と共に前線に立ちたいのだ。あの子達だけを戦わせるわけにはいかんよ」
イザベラはため息をついた。
イザベラも軍を率いる司令官ではあるが、常に前線に立ってきた。
戦争が好きなのではない、戦うことが好きなのだ。
だが、この一戦はイバンス王国を取り戻す最後の戦いであり、自分の我が儘で前線に駆け出せないことも理解している。
本隊を動かすのは最終局面であり、イザベラ自身もそれまでは動けないのだ。
「私が出るわけにはいかないのは重々承知ですの。本隊から別働隊を割くこともできません」
呟きながら未だ手付かずの敵右翼を見た。
路地が入り組んでいて大軍の運用が困難な場所だ。
「でも、このまま右翼を放置しておくわけにはいきませんの。大軍の投入は出来なくても、小部隊ならば何か出来るのではないかしら。どう思います?」
背後に立つグレイにわざと聞こえる呟きだ。
「・・・中隊による遊撃戦ならば、敵をかき回す程度は可能です」
グレイの答えにイザベラは満足げに頷く。
「貴方の中隊の損害は?」
「第1小隊長を含めた重傷者3名が後送されましたが、中隊活動に問題はありません。直ちに敵右翼に対する遊撃戦を開始します」
「あら、頼んでもいないのに率先して引き受けてくれますの?」
白々しいイザベラを呆れ顔で見るグレイの副官エミリアだが、その気持ちは不思議と高揚していた。
イザベラとは違い、戦いを好んでいるわけではない。
この局面においてグレイについて行くことが出来る、グレイの背中を守ることが出来るのが嬉しいのだ。
イザベラは常にグレイの前を走り、グレイを引きずり回す。
ならば自分はグレイの背中を守る、この場所だけは絶対に譲らない。
そんなエミリアの気持ちを読んでいるのか、振り向いたイザベラが笑みを見せるものの、ライバルであるエミリアには何も言わない。
そんな野暮はせずに、グレイを見た。
「グレイ、無理はダメですのよ。必ず無事で、わ・た・し、のもとに戻って来なさい」
悪戯っぽく、真剣なイザベラの言葉にグレイは困った顔を見せる。
「貴女はいつも、私に無理をさせて無理をするなと無理を言いますね」
「あら、私は貴方なら無理だなんて思っていませんのよ」
微笑みながらグレイに歩み寄ったイザベラはグレイの一瞬の隙を突いてその右頬に口づけをかました。
「なっ!!」
イザベラの奇襲に声を上げたのはグレイではなくエミリアだが、そんなエミリアをよそにイザベラは余裕の表情だ。
「とりあえず、左頬は貴女のために残してあげますの。この戦いに生き残れたならば貴女からグレイにご褒美をあげなさい。私と貴女の勝負はこの戦いが終わって国に帰るまでおあずけですのよ?」
「望むところです!」
イザベラの宣戦布告を受けて立つエミリア。
「私の意思が無視され・・・って、おいっ!」
グレイの抗議を無視してその手を握りしめて歩き出すエミリア。
「これは私とイザベラさんの問題です!隊長の意思は関係ありません!」
理不尽極まりないことを言いながらグレイを引きずって行った。
そんな2人を見送るイザベラからは微笑みが消え、苦しいまでの表情を浮かべている。
「グレイ、部下達を連れて必ず無事で戻って来なさい・・・」
グレイを死地に送った苦しみか、それとも他の感情か、それはイザベラ自身にも分からない。




