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イザベラ・リングルンド

 城塞都市ではイザベラ率いる連合軍は6度に渡る突撃を敢行するも未だに都市の半分も制圧できていなかった。

 イザベラの部隊とプリシラの魔王軍に加えて周辺国の派遣部隊が到着し、今や連合軍は6千にまで増強されている、それでも敵のアンデッドの軍勢に比べれば微々たるものであり、絶望的な戦力差とも言える。

 それでも攻撃を繰り返し、損害を抑えつつ少しずつ制圧域を拡大してきたのだ。


 ここに至って周辺国の部隊が派遣されてきたのには各国の政治的な思惑があった。


 イバンス王国の西に隣接する王国はイバンス王国の次は自国が攻められるという危機感から自国防衛に努めてきたが、アイラス、イバンス連合軍が優勢であるとの情報を得て突如として軍を派遣してきた。

 戦後の漁夫の利を得ようとする魂胆と自国の存在感を保つという思惑によるものが大きく、派遣されてきた5百名の部隊の士気も低かった。


 イバンスの北に隣接する帝国からの部隊は更に少ない3百人の派遣だ。

 しかし、ろくに道もない険しい山を越えてきた部隊は帝国の精鋭である山岳歩兵部隊であり、その士気も旺盛だった。

 北の帝国は雪に囲まれた小国であり、保有する軍も多くはない。

 そして、イバンスに隣接しているといっても険しい山に阻まれて両国間の往来も困難であり、限られた山道を利用しての貿易による薄い関係を保ってきた。

 しかし、小国とはいえ、雪に囲まれた厳しい環境で他国の支援に頼らずに国を維持してきた小さな強国である。

 その帝国の皇帝はシンシアとは祖父と孫ほども年の離れた老齢であるが、冷静な判断力を持ち、公平な治世と少数ながら強力な軍を持って国内の治安を維持し、貴族から平民までが強い団結で固められた国を作り上げた。

 実はこの帝国はイバンス王国の危機の初めから支援を画策していたが、小国故の軍の少なさと、険しい山を越えて避難してきたイバンス国民の保護に奔走されて軍の派遣が叶わずにいたのだ。


 そして、一番の兵力を送ってきたのは西の王国の更に西にある宗教国だ。

 イフエールの総本山を有するその国はイフエール、トルシア、シーグルの3神の信徒達によって国家運営されている、云わば、アイラスの聖務院が政治の実権を握ったような国家だ。

 派遣されてきたのは千5百に及ぶ神官戦士の部隊で、士気にはバラつきがある上に実践経験も乏しい部隊だ。

 

 加えて、アイラスへの義理で派遣されてきた東の連邦国や共和国からの部隊の士気も決して高いものではない。

 

 このように、様々な思惑の下に集結した連合軍は数だけは揃っても、それだけでは軍として使い物にならない状態だった。


 そんな寄せ集めの部隊に喝を入れたのが他ならぬイザベラだ。

 各国の派遣部隊が集結したのは4度目の突撃の後。

 突撃が失敗に終わり。撤退してきたイザベラはイバンス女王シンシアと共に派遣部隊の前に立った。

 

「派遣されてきた皆様、各国からの支援にイバンス女王と共に連合軍司令官として心より感謝いたしますの。これから私達は一丸となって戦いに挑むこととなります。・・・そのうえで、戦う意志の無い方、やる気の無い方々はもう結構ですのでお帰りくださいな。大丈夫、皆様が来てくれたことについては公式の記録にしっかりと残しますので、そういった皆様の目的は無事に達成されましたの。お帰りいただく皆様は道中気をつけてお帰りください。ご苦労様でした。戦う強い意志のある方だけが私達と共に行きましょう」


 とぶちかましたのである。

 イザベラは集結した派遣部隊を見渡して士気の低い部隊があるのを見抜いていたのだ。


「私達が戦うのは恐怖心はおろか、慈悲も感情も無い死霊の軍勢です。そんな敵と戦うためには決死の覚悟と生き残るための執念が必要です」


 そう声を上げるイザベラの姿は、常に先頭で戦ってきた証しとして、兜の羽根飾りは吹き飛び、胸甲は傷が付いて変形し、マントは裂けているが、それでも自信に満ちた様子で胸を張っている。

 そして、そのイザベラの背後には3度目の突撃で倒したドラゴン・ゾンビの残骸があるのだ。

 そんな中でのイザベラのぶちかましは一見すると軍の崩壊を招きかねない危険な賭けであった。


 しかし、彼等が戦うのは士気はおろか、折れるような精神も持たぬ死霊の軍勢であり、それはまるで飛蝗の大群が緑の大地を食い荒らすかのように押し寄せて来る。

 そこにあるのは降伏も無ければ捕虜もいない、単純な生か死の二択だけ、生半可な覚悟では生き残れないのだ。

 

 ズタボロでありながらも戦乙女の如きイザベラの姿に士気の低かった部隊はその闘志を無理やりに引きずり出され、元々高かった部隊は一層に奮起した。

 イザベラは賭けに勝ったのである。

  

 その後、2度に渡って突撃を敢行した連合軍だが、確たる成果を上げられずにいた。

 それもこれも、城塞都市という守りに易く攻め難い状況下で、倒しても倒しても湧き出てくるアンデッドを相手にした戦いであることが原因であるが、イザベラが珍しく無理をしていないことも理由の一つだ。

 敵は無限に召喚されるアンデッド、連合軍が損害を受ければそれだけ戦力差が広まる、その事実がイザベラをより慎重にさせた。

 都市の半分近くを制圧できたのもプリシラ率いる魔物達が押さえた地区を確保しただけのことである。

 派手に演説をぶちかましたとはいえ、他国の援軍を無駄に消耗するわけにはいかないのだ。


「突撃と撤退の繰り返し、ホント、ストレスが溜まりますの」


 7度目の突撃のために部隊を再編しているイザベラが傍らに立つヘルムントに愚痴をこぼす。

 ただ、その愚痴とは裏腹にイザベラの表情は高揚して見えた。


「そうは言ってもグレイ殿の中隊が戻って気分が高ぶっておろう?そうでありながら彼の中隊を最前衛に置くとは、あれ程の戦果を上げて戻ったというのに、酷なことだ」


 ヘルムントの言うとおりグレイの中隊は突撃隊の最前列で準備を進めている。


「如何に戦果を上げようとも私はグレイを甘やかすようなことはしませんの。グレイは戦いの最中にいてこそ実力を発揮します。だから、彼が存分に働ける舞台をあてがっているだけですの。それ以外に必要な貴族の嗜みはこの戦いが終わったら私が仕込んで差し上げますの。尤も、貴族の嗜みなんて無くても彼の武功はリングルンドに相応しいものですわ」


 そう言って自らも突撃の準備をするイザベラ。

 色々と理由を付けようと、イザベラはグレイと共に戦場を駆けるのが嬉しくて仕方ないのだ。

 グレイの中隊は本隊に合流する前の戦闘で3名の重傷者を出して欠員が生じているが作戦行動に支障はない。

 イザベラはこれまで同様に部隊の先頭に立った。


「行きますわよ、グレイ!」

「了解」


 グレイは先頭に立つイザベラの戦いを邪魔することがなく、それでいてイザベラを守るように陣形を取った。


 そして、7度目の突撃が開始されようとしたその時、ゼロ達がセイラを伴って合流し、黒衣のネクロマンサーが未だにサイノスの顕現化を諦めていないことを告げた。

 

「ネクロマンサー?それならばここにいるグレイが討ち取りましたのよ」


 イザベラはグレイを指差しながらさらりと言ってのけた。

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