魔王推参
破壊した扉を投げ捨ててそこに立つのは年の頃14、5歳位の少女だった。
高貴なドレスを身に纏い、腰に手を当てて立っている少女はその可憐な見た目とは裏腹に凄まじい程
の迫力に満ちており、その場にいる百戦錬磨の各指揮官も身動き一つ出来ずにいる。
「プリシラさん・・・」
「まさかっ!プリシラ殿っ!」
ゼロが唖然とし、ヘルムントも思わず立ち上がった。
会議室に乱入してきたのはアイラス王国南方の山脈に勝手に住み着いた魔王プリシラ・ジーングロス。
前触れなく数多くの魔物を引き連れて現れたプリシラだが、突然の事態に大混乱に陥った連合軍をよそ目に議会棟に押し入ってきた。
殆どの者が立ち尽くす中、数名の命知らずの聖騎士が彼女を制止しようとするのを、プリシラを知るライズやイズ、リズ兄妹に止められ、その騒ぎが会議室にまで届いたということだ。
「ゼロよ、水くさいぞ!これほどの危機、何故妾に助力を求めてこぬのだ?」
名指しで叱りつけられたゼロだが、臆することなく立ち上がってプリシラに頭を下げた。
「プリシラさん、ご無沙汰しています」
「うむ、久しいの。お前が冥府の底から生還して挨拶に来て以来だな、息災そうで何よりだ」
「ところで、助力に来た、とはどういうことですか?」
ゼロも事態を飲み込めていないので、あえてとぼけた様子でプリシラに問い掛ける。
「だから水くさいと言っておるのだ!冥神サイノスが顕現化しようとしているが、戦力が足りていないのであろう?だから妾が助力にきてやったのだ」
胸を張るプリシラに未だに状況を把握できない各指揮官達。
レナはそっぽを向いている。
そんな中、顔を青ざめさせながらも負けじと胸を張るイザベラ。
「ご無沙汰しておりますわ、プリシラ様。その節は大変ご無礼をはたらきました。ところで、この場にはイバンス女王を含め、貴女をご存知ない者が集まっておりますの。まずもってここにいる皆さんに紹介させていただけますか?」
「うむ、貴様も元気そうだ。それはそうと貴様のいうことも尤もだな。皆に名乗ろう!妾はプリシラ・ジーングロス。魔王である!」
単刀直入な自己紹介に各々が仰け反る中、シンシアが震えながらもプリシラの前に歩み寄る。
「お初にお目にかかりましゅ、す。私はイバンス王国女王のシンシア・イバンスで、す。助力のためのご参上とのこと、ありがとうございましゅ・・」
精一杯の勇気を振り絞って挨拶するシンシア、口が回らないのも仕方ないことである。
「うむ、礼には及ばん。妾は妾の平穏な生活を守るために来たのだ。冥神サイノスが顕現化すればこの世界は闇に支配されるだろう。そうなれば妾の愛する子達も穏やかに生きることができぬ。それを防ぐためには牙を剥いて戦わねばなるまい。つまり、互いの目的が一致しただけのことよ」
プリシラとシンシア、見た目には同じような年齢に見える2人であり、シンシアも女王の立場にあるのだが、格の違いは誰が見ても明らかだ。
むしろ、イザベラすらも気後れする相手に正面から口上を述べたシンシアの胆力は賞賛に値するだろう。
突然の魔王の乱入に中断した会議だが、シンシアの横に席を取ったプリシラを含めて改めて計画の変更が話し合われた。
プリシラが連れてきたのはワイバーンとグリフォンが3体ずつ、サイクロプスとトロル、オーガが各2体、ミノタウロスが約60体、コボルト、オーク、ゴブリンがそれぞれ約500体、その他の魔物が約50体。
2千体弱の魔物を引き連れてきたが、陸上戦力を中心に強力な布陣だ。
「妾も魔物使いであるゆえ、万の軍勢を連れてきたかったところだが、妾の領内に住む魔物の数も限られておるからの。その中から戦いに慣れている子達を連れてきた。そこいらの死霊共ならば10倍以上の数でも問題はない」
確かに、サイクロプス等の巨人や強靭な肉体を持つミノタウロスの戦闘力、コボルト、オーク、ゴブリンの集団戦闘力を考えればかなり強力な戦力だ。
連合軍2千と合わせても約4千と、まだまだ戦力は不足していると考えられるが、なによりも心強いのは魔王であるプリシラ本人の参戦だ。
絶望的な戦力差が一気に縮まったのである。
会議の結果、基本的な作戦計画に変更は無く、イバンス王都はゼロ達の少人数の奇襲によるセイラの救出と儀式の阻止を目的とし、必要に応じてアンデッドによる大規模戦闘に移行する。
城塞都市は連合軍に加えてプリシラの魔物達による混成部隊により攻略を目指す。
但し、連合軍と魔物達の連携は困難であるのでイザベラ率いる連合軍とプリシラ率いる魔物達が別方向から同時に攻撃を仕掛けることになった。
方針は示された。
城塞都市攻撃は各部隊が準備出来次第直ちに開始されるが、未だ到着していない部隊もあることから作戦開始まで最速でも3日はかかる。
ゼロの方は都市への移動で5日程必要だ。
次の日蝕まであと8日、残された時間に余裕はない。




