イリーナの魂
イリーナという相棒を失ったライズだが、当のライズは普段どおりの軽口を叩いている。
それがライズの虚勢であることは明らかであり、それが分かるオックス達はかける言葉が見つからない。
ライズ自身も仲間の気遣いが痛いほどよく分かるので明るく普段どおりに振る舞っている。
「さて、奴等の儀式を阻止することには成功しましたが、15日後にはもう1回日蝕が発生します。その前にセイラさんを救出したいところですが、最悪の場合はまた儀式を急襲することになります。私達も直ぐに行動に移りましょう」
「おう、そうだな。俺も出遅れた分はしっかりと働くぜ!何でも言ってくれよ」
そんな中で全く態度を変えないゼロの姿勢がライズにはありがたかった。
ゼロ達はまずレナの精神支配を解くことにした。
全身にカミーラの符を貼られて眠らされているレナを中央広場のベンチに横たえる。
「しかし、精神支配なんて簡単に解けるものなのか?レナは生粋の魔法使いで賢者だろ?相当な精神力を持つレナを支配したんだぞ。かなり強力な魔法がかけられているんじゃないか?」
レナの状態を観察するカミーラを眺めながらオックスが首を傾げる。
「・・・大丈夫。魔法といっても、人に作用するこれは呪術と同じ。しかも、強力な魔力で強制的に支配したならば解くのはそんなにむずかしくない・・・」
非常時と呪術のことになると饒舌になるカミーラにオックスは更に問いかける。
「俺にはよく分からんが、そういうもんなのか?」
「・・・真の意味で精神を支配するならば時間をかけて少しずつ術をかけて魂魄の底から絡める方がいい。そうすれば簡単には心が離れない」
カミーラはそう言いながらチラリとチェスターを見た。
チェスターは惚けた顔で首を傾げるが、ゼロや他の面々は
(なるほど・・・)
口には出さないが、心の中で頷いた。
「宗教的によく使われるけど、さほど魔力が無くても時間をかければ魂を縛ることができる・・・」
説明しながらカミーラは1枚の符を取り出してサラサラと何かを書き込み、それを眠っているレナの胸に貼り付けた。
更に鞄から取り出した薬品を自らの指先を介してレナの額に垂らす。
「魂を束縛する鎖を解く・・・」
静かに唱えたカミーラは立ち上がり振り返った。
「解呪は終わった。後は目を覚ますのを待つだけ。ただ、眠りの術がよく効いているので明日の朝まで目を覚まさない。無理に起こしてもいいけど、自然に目覚めるのを待った方がいい」
結局は皆の休息も必要なことからカミーラの言葉に従ってレナが目覚めるのを待つことにする。
幸いにして信者達が利用していた宿に清潔なシーツとベッドもあったので一晩滞在することになった。
例によってゼロのアンデッドが警戒に当たるため、オックス達はベッドでゆっくりと休むことができる。
皆が寝静まった夜半、都市の中はゼロのアンデッドが彷徨いており、その風景はアンデッドから解放されたようには見えない。
ゼロは中央広場のベンチに座って夜空を見上げていた。
傍らにはアルファが立つが、ゼロの静かな時間の邪魔をすることはない。
数刻程経っただろうか、アルファが振り返るとゼロに歩み寄る者がいる。
ゼロも気付いているようだが、特に気にした様子もない。
「よう、ゼロは眠らないのか?」
「はい、ゆっくりと夜空を眺めている方が身も心も休まります。半分寝ているようなもんですよ」
背後から声を掛けられたゼロは振り返らずに答える。
ライズはゼロの横に立った。
「イリーナは駆け出しの冒険者だった時からの相棒でな。俺がこんな向こう見ずな性格だからな、ずいぶんと助けられたよ」
「ずっと2人だったんですか?」
「ああ、ゼロ達と組んだ時のように臨時にパーティーを組んだことはあるが、ずっと2人だったよ。とはいえ、色っぽい関係ではないぜ。まあ、将来的には分からなかったがな。とりあえずは互いに背中を任せられる戦友だったな。ただ、人間とハイエルフだ、先に死ぬのは俺だと、勝手に思っていたんだがな・・・」
ライズは拳を握りしめた。
「・・・なあ、1つ聞いていいか?」
「何ですか?」
「あの時、イリーナがアンデッドにやられた時にゼロがいたらイリーナを助けることができたか?何時かのレナのように」
ゼロはライズを見上げた。
「仮定の話は意味がないと思います。ただ、あえて仮定するならば、その可能性はゼロではありませんでした。魂が肉体に留まっているならば、反魂蘇生術を試す価値は十分にあります。危険な術ですが、私がそれを行使するのに躊躇いはありませんよ。あくまでも意味の無い仮定の話ですが」
ゼロの答えを聞いたライズはさっぱりしたような表情で笑う。
「ならば、俺達に運が無かっただけだな。一瞬の隙を突かれたのも、その場にゼロがいなかったのも。俺達の実力が足りなかったワケじゃねえ」
無理に楽観的に結論付けるライズ。
ゼロは肩を竦めた。
「イリーナさんの魂が呆れてますよ」
「まあ、それが俺ってもんだ。・・・なあ、ゼロにはイリーナの姿が見えるのか?声が聞こえるのか?」
ゼロは首を振った。
「ライズさんに寄り添っているイリーナさんの魂が見えますが、イリーナさんの姿という訳ではありません。死霊術を使えば彼女との意思疎通も容易ですが、そんな野暮をするつもりはありませんので、あえてイリーナさんの声は聞いていません」
「そうか、ならば1つだけ伝えてくれ。俺のことは心配しないでさっさと門をくぐって天に昇れってな。そんなに待たせないから向こうで待っていろって」
ゼロは静かに笑う。
「その声はイリーナさんに伝わってますよ。まあ、ものは考えようです。仮にライズさんが先に死んでイリーナさんを残すと、ライズさんは向こうで数百年も待たされるところでしたが、その逆ならば数十年ですよ」
「ハハッ、せいぜい長生きしてイリーナを焦らしてやるか」
笑いながら天を仰ぐライズ。
それを聞いたゼロは立ち上がってライズを正面から見据えた。
「ただ、1つだけ、イリーナさんの声を聞きました。イリーナさんの最後の願いを伝えます」
「イリーナの願い・・・何だ?」
「イリーナさんは最後にライズさんに力を託したいと。そして、ライズさんに精霊騎士になって欲しいと願っています」
「精霊騎士?何だそれ?」
「私もよく分かりませんが、精霊の加護を受けた騎士ってところですか。イリーナさん自身が今は精霊に似た存在です。ですので、精霊であるイリーナさんの加護を受けるということです」
「つまりはイリーナの力を俺の力にするというのか?」
「力の全てではなく、精霊使いの力の一端を受け継ぐといった感じですね。だから、イリーナさんのように高度な精霊魔法は使えないと思いますよ」
「イリーナの力を受け継げるのか。で、どうやったら精霊騎士になれるんだ?」
「さあ?」
「何だ?お前も分からないのか?」
肩すかしを食らってライズは素っ頓狂な声を上げた。
「精霊と死霊は相反する存在です。死霊術師の私には分かりません。ただ、リズさんならば分かるかもしれません」
「リズが?」
「彼女は私の下で死霊術を学びました。そして、精霊魔法と死霊術を融合した新たな力を自分のものにしています」
「そうか。・・・よし、決めた!それでイリーナが安心できるならば精霊騎士とやらになってやる!」
決意したライズに寄り添うイリーナの魂が一際輝いて見えた。




