ゼロの教え
「今回の訓練は制限時間内に目標を仕留めてください」
地下水道での魔鼠退治の翌日、ゼロ達の住む森でそう言ったゼロはリズの前に1体のジャック・オー・ランタンを召喚した。
ジャック・オー・ランタンはゼロの操るアンデッドの中で機動力、魔法攻撃力、物理攻撃力の全てに長けた上位アンデッドである。
リズは目の前のジャック・オー・ランタンとゼロを見比べた。
「あの・・・」
リズといえばウィル・オー・ザ・ウィスプ等の下位アンデッドを1、2体操るのが精一杯。
しかも、ジャック・オー・ランタンはウィル・オー・ザ・ウィスプから上位進化したアンデッドであり、どう考えてもリズの側には勝ち目がない。
訓練とはいえ、あまりにも難易度が高すぎる。
「大丈夫ですよ。訓練の範囲は森の中だけ、森の木の高さよりは高く飛びません。ジャック・オー・ランタンからは一切攻撃を加えませんし、姿を消したりはしません。勿論、リズさんは手段を選ばず、本気で攻撃して構いません。その状況で一撃でもジャック・オー・ランタンに攻撃を当てられたらリズさんの勝ちです」
リズは真剣な顔で頷いてウィル・オー・ザ・ウィスプを2体召喚した。
「分かりました。やってみます」
ゼロの課す訓練はいつも高度で難易度が高いものだが、失敗を恐れずに挑戦することができる。
ゼロ自身も
「訓練ではいくら失敗しても構いません。失敗から少しでも何かを学び取ればその訓練は大成功です」
と普段から言ってくれる。
その優しさに甘えてはいけないことは十分に分かっているが、そのおかげで臆することなく訓練に挑めるのだ。
「制限時間は1刻です。では、始めます」
ゼロが指を鳴らすと同時にジャック・オー・ランタンはケタケタと笑いながら森の中に飛び去った。
「後を追います」
リズも2体のウィル・オー・ザ・ウィスプを従えて後を追い、それを見送るゼロとイズ。
「さて、リズさんは気付きますかね」
「気付く?」
「はい、死霊術を学び始めてアンデッドを操れるようになりましたが、彼女は大きな勘違いをしていますからね。それに気付くことができますか」
意地悪な笑みを浮かべてゼロは呟いた。
リズは必死にジャック・オー・ランタンを追い回す。
ゼロに手加減をするように命じられているのか普段のジャック・オー・ランタンに比べてその動きは遥かに鈍い。
しかし、ケタケタと笑いながら逃げ回るその様がからかわれているようで逆にリズの神経を逆撫でする。
(雰囲気に飲まれてはだめ。精神を乱さずに、落ち着いて・・)
自分に言い聞かせながらジャック・オー・ランタンを挟み撃ちにすべくウィル・オー・ザ・ウィスプを回り込ませて同時に攻撃を仕掛けさせる。
その攻撃はすんでのところで躱されるが、それは惜しいというレベルのものではない。
ジャック・オー・ランタンはわざとぎりぎりでウィル・オー・ザ・ウィスプの攻撃を躱しているのだ。
「私の術の未熟さを見越して魔力切れを待っているということ?」
2体のウィル・オー・ザ・ウィスプを操りながら攻撃を繰り返すリズ。
ゼロに教えられたとおり、大まかに指示を出すだけでウィル・オー・ザ・ウィスプに任せているが、そうすることによりリズはストレス無く2体のアンデッドを操れている。
この様子ならばあと1、2体のアンデッドを操れそうだ。
(自分の力量を過信してはだめ。今できることを確実にしなければ)
自分のアンデッドの状態に気を配り、無理をすることなくジャック・オー・ランタンの追跡を続けるリズ。
ゼロの許しを得て様子を見にきたイズはリズの背後の木の上にいた。
リズもイズが見ていることに気付いているだろうが、心を乱すことなく訓練を続ける。
そんなリズの様子を見たイズは違和感を感じたが、直ぐにそれが何なのであるか気付いた。
(なるほど、そういうことか)
リズのためにもヒントを与えてはいけない。
イズは無言のまま、冷静に訓練の様子を見続けた。
制限時間の1刻まであと僅か。
ウィル・オーザ・ウィスプの魔力も弱まっているが、その攻撃はジャック・オー・ランタンに掠りもしない。
リズ自身にも焦りと疲労が蓄積してくる。
「そろそろ限界ですかね?」
様子を見にきたゼロが呟いた。
荒療治で思い知らせるか、それとも今回は失敗しても長い目で見守るか、考えた挙げ句、ゼロは指を鳴らした。
荒療治を選択したゼロ。
それまでリズをからかうように逃げ回っていたジャック・オーランタンが突如としてリズに向かって突進してきた。
それまでとはまるで違う速度で、リズを守ろうとするウィル・オー・ザ・ウィスプを突破してくる。
ゼロはジャック・オー・ランタンから攻撃することはないと話していたが、その言葉を真に受けるほどリズも甘くはない。
ウィル・オー・ザ・ウィスプに追撃をさせようとするが、間に合わない。
ジャック・オー・ランタンが大鎌を振りかざす。
「くっ!」
背負っていた弓を取る暇はない。
咄嗟にショートソードを抜いて大鎌の懐に飛び込もうとした瞬間、ジャック・オー・ランタンが急激に軌道を逸らして舞い上がり、ケタケタと笑いながらリズから離れてゆく。
「それまでです」
ゼロが訓練終了を宣言し、ジャック・オー・ランタンが姿を消した。
結局、リズは最後までジャック・オー・ランタンに攻撃を当てることはできなかった。
手元のショートソードを見つめながら佇むリズ。
「そっか・・そういうことか」
呟いたリズに歩み寄るゼロ。
「分かりましたか?」
「はい。私、アンデッドを操ることばかりに気を取られていました」
見上げるリズにゼロは頷いた。
「そうです。死霊術を覚えたばかりの者が陥る過ちです。アンデッドを操ること、アンデッドに戦わせることばかりに気を取られて自らが動くことを忘れてしまうのです。死霊を操る死霊術師とはいえ、自分が倒れればそれで終わりです」
「・・・」
訓練を見ていたイズが気付いた違和感とは、リズが弓を背負ったままで、アンデッドにのみ戦わせていたこと。
「自分の身は自分で守らなければならないのですね?」
考えてみれば、いくら上位アンデッドとはいえ、ジャック・オー・ランタン1体ならばリズ1人でも負ける相手ではない。
それを死霊術の訓練ということで自分の使役するアンデッドを基準に勝手に難易度を上げてしまっていたのだ。
つまり、まんまとゼロの術中に嵌まってしまっていた。
「そういうことです。死霊術師の強さとは死霊術だけの強さではありません。自らも戦い、自分の身を守り、それと同時に数多のアンデッドを操る処理能力の高さが求められるのです。このあたりは貴女達精霊使いも同じ筈ですよ」
ゼロの説明を頷きながら聞くリズだが、その表情を変える。
「ゼロ様、少し意地が悪いです・・・」
頬を膨らませて拗ねた表情のリズ。
勿論本気で拗ねているわけではない。
「そうです。私はことを成し得るために手段を選びませんよ。知りませんでしたか?」
リズの抗議にゼロは肩を竦める。
そんなやり取りをリズは心地良く感じていた。
「ハハハッ。リズ、お前ではまだまだゼロ様にはたち打ちできないようだな。私達2人、兄妹ともに修行が足りないな」
イズの言葉にリズは笑顔で頷いた。
「はい、兄様。私はまだまだゼロ様に教わることが沢山あります」
「それでは我々2人、これからもゼロ様について行かねばならんな」
ゼロはシルバーエルフの兄妹の言葉を聞いていないふりをした。
「さて、昨日はご馳走しましたから、今日の夕食はお2人に奢ってもらいましょうか?」
ゼロの言葉にイズとリズは頷いた。
「「はい、お任せください。レナさんとシーナさんも誘って皆で食事に行きましょう」」