邪教の儀式を食い止めろ1
避難民を見送った後、ゼロ達は渓谷の谷へと向かった。
スペクターとジャック・オー・ランタンを先行させて敵との戦闘を避けながら最短距離を進む。
「しかし、レナにセイラを殺させようとするなんて、敵はいったい何を企んでいるんだ?」
オックスの疑問にゼロも首を傾げる。
「さあ・・・。私にも分かりません。月の光教の資料が少ないうえに記録が古すぎて詳しいことまでは分かりませんでした。大まかには教団復活を目論んでいるようですが、儀式自体は何かの復活の儀式だか、降臨の儀式だか、それが迷信なのか、事実なのかもよく分かりません。それでも確かなのは、そんな訳の分からない連中が数百年もの時を息を潜めていたこと、その連中がこの時期に動き始めたことを考えると楽観視できる問題ではありません」
オックスもリリスもゼロの言うことは嫌と言うほど分かる。
現に1つの国家が滅亡の危機に曝されている。
そして、上位冒険者のパーティーが為す術なく敗走させられたのだ。
「ここまでくると何でもありと考えねばならんな」
「悪いことについては特にね」
「正直言って、これはもう一冒険者の手に負える状況じゃねえな。敵の規模がでかすぎる。軍隊をぶつけて対処するレベルだぜ?」
「確かにそうだけど、レナ達を放っておけないわ」
「そりゃそうだ。俺達の不手際でもあるしな。またゼロの指揮下で暴れさせてもらうぜ?」
オックスの言葉に先を歩くゼロは振り返ることなく頷いた。
「とにかく、彼等の儀式を阻止することが最優先です。そのためこちらの手の内を知られないように私の力をあまり晒さないようにしていたのですから」
ゼロ達は先に渓谷の都市付近まで潜入して情報を収集しているチェスター達と合流すべく先を急いだ。
その頃、ゼロ達と別れて避難民を誘導して草原の都市に向かっていたライラとシルビアは深い森の中を道先を案内するように進むジャック・オー・ランタンの後を不安に駆られながら歩んでいた。
2人の後には周囲をスケルトンに守られた足取りの重い避難民とデュラハンの戦車に乗った老人、子供等で、最後尾は大盾を背負ったシールドが守るが、端から見るとアンデッドに捕らえられた捕虜の集団にしか見えない。
「シルビア、本当に大丈夫かしら?」
自分達の位置も見失い、本当に草原の都市に向かっているのかも定かではない状況でライラが不安げに呟いた。
「信じるしかないわ。私達だけでは敵に見つかるのは時間の問題だったけど、今まで敵に会うことなく進めているのも事実だし」
「でも、私達を騙しているとか・・・」
「私達2人、中位冒険者を罠にかける意味なんてないわ。それに、ゼロさん?だったかしら、が言ったとおり、休憩を取ろうとすれば彼等はそれに従ってくれる。それどころか私達が休んでいる時も周囲の警戒もしてくれているのよ」
シルビアが言い聞かせる。
魔術師だけあって冷静な判断力を持つシルビアだが、それに加えて先の戦争の国境砦の戦いでシルビアはアンデッドの軍勢に助けられたのを実際にその目で見ていた。
瀕死の重傷を負って意識が無かったライラとは違うのである。
「それに・・・」
言いながら1体のスケルトンを見る。
戦斧を持つこのスケルトンは常にライラ達の直近で彼女達を守るようにしているが、時折カタカタと何やらリズムを取るように骨を鳴らしている。
「このリズム、聞き覚えがあるのよね」
単調な骨の音だが、あの戦場で耳にした戦歌のように聞こえた。
敵の襲撃に怯えながらも順調に進んでいた一行だが、日も暮れようとし、そろそろ夜営の準備に取り掛かろうかという時に事態が一変した。
先行していたジャック・オー・ランタンが舞い戻ってくるとケタケタと笑いながらもライラ達に進路を変えるような仕草をしてくる。
更に最後尾にいたシールドが大盾を構えながら他のスケルトンを従えつつ前方に躍り出た。
「何っ?」
剣を構えるライラ。
「この先に敵がいるのかもしれないわ」
2体のジャック・オー・ランタンのうち1体はしきりに一行を誘導しようとしている。
やはり、このまま進むと何らかの危険が待ち受けているらしい。
その時、ライラ達が本来進もうとしていた森の奥から1人の男が飛び出してきた。
「ひっ!」
「待って!人間よ。それにアンデッド達が敵対行動をしていないわ」
咄嗟に男に剣を向けるライラだが、それをシルビアが制止する。
「待て待て!俺は敵じゃない。ゼロから聞いているだろう?」
男は大袈裟に両手を挙げて敵意が無いことを示す。
「この先にはアンデッドの集団がいる。あんた達に気付いているわけでもないが、このまま進むと見つかっちまうぞ。俺が案内するから迂回するんだ」
男の言葉にライラとシルビアは顔を見合わせる。
ゼロから別の冒険者が合流してくることは聞いていたが、目の前に立つ男はゼロ程ではないにせよ、怪しい雰囲気を身に纏っていた。
盗賊のような風体だが、見た目だけでは強いのかそうでないのか、感じ取ることが出来ないのだ。
「俺の名はリックス。ゼロさんに頼まれてあんた等を草原の都市まで案内するために来た。戦闘では大して役に立たないが、戦闘にならないように逃げ回るのは得意だ。危険回避能力ならば、ゼロさんのアンデッドにも引けを取らないぜ」
可笑しな自己紹介をするリックスだが、ライラ達の傍らに立つスケルトンがカタカタとしきりに頷いていた。
どちらにしてもライラ達に選択肢は無いのだ。
リックスとアンデッドに誘導されて一行は進路を変えて大きく迂回することになった。




