急報
草原の都市が解放された。
実績の大半はゼロによるものだが、公式には事実をぼかしてシンシア女王率いる解放軍によるものとして扱われた。
これはシンシアを含めたイバンス王国、イザベラを筆頭にしたアイラス王国派遣軍、そしてゼロとの間で決められた約束事である。
しかし、実際に助けられた市民達は違う。
シンシア達解放軍に助けられたことは事実であるが、その主力を担っていたのがアンデッドの軍勢であり、アンデッドがアンデッドを駆逐して自分達の都市を解放したことを目の当たりにしているからだ。
アンデッドに都市を、家族や友人を襲われて、襲われた家族がアンデッドと化して襲いかかってくる、その恐怖に支配された市民にとってその現実は受け入れ難いであろうと懸念された。
しかし、シンシア生存の事実に加えてアイラス王国の聖騎士であるイザベラの
「私はアイラス王国聖騎士団の副団長ですの。イバンス王国を解放するためにアイラス王国、いえ、この世界中を見ても並ぶ者がいない程のネクロマンサーを連れてきましたの。毒をもって毒を制すように、アンデッドにはアンデッドをぶつけた方が効率がよいのです。私が連れてきたネクロマンサーは私の指揮管理下にあり、召喚されたアンデッドは全て掌握しており、皆さんに危害を加えることは絶対にありません。」
との自信満々のはったりを交えた演説に加えて、身動きの取れない程に弱っていた人々を仮設の救護所に搬送したり、散乱している瓦礫を撤去しているアンデッドの姿を見て、未だに混乱から立ち直っていない草原の都市の人々は疑問を感じる暇もなく言いくるめられてしまったのである。
いずれ冷静さを取り戻すであろうが、間もなく解放軍本隊が到着するのだからさほど問題にならない。
「すげぇなあの聖騎士・・・」
「・・・聖騎士でありながら・・ペテン師・・」
チェスターとカミーラが唖然としながら顔を見合わせる横でゼロが肩を竦めた。
「イザベラさんは私が勝つことができない数少ない女性です」
ゼロの言葉を聞いたイズとリズはこの場に居ない女性、1人は賢者、もう1人に至っては事務職員であるが、ゼロが逆らうことができない2人を思い浮かべていた。
翌日、解放軍本隊が到着するのを待ち、大教会の会議室で今後の作戦について会議が行われた。
「鉱山の都市を守りきり、草原の都市を奪還しました。残るは3つの都市と王都です」
広げられた地図を見ながらドムが説明する。
「この草原の都市の西に位置する工業都市、その先には王都と王都を守る城塞都市、国の最西端の渓谷の都市だ。さらに大小の街や村が多数あるが・・・。やはり、戦力が足りない」
ブランドンが渋い顔で腕を組む。
解放軍が掌握したのは2つの都市と周辺の街や村、それらを短期間で奪還することができたが、小国とはいえ、未だに国の半分も取り戻してはいない。
しかも、奪還した都市等に守備兵力を配置する必要があるのだ。
主力はゼロのアンデッドとはいえ、損害を受けたわけでもないのに進軍すればするほど本隊の戦力が減ってしまうのである。
奪還した都市や街や村には僅かながら災禍を逃れて生き残った人々がおり、当初の予定に従って街や村には最小限の部隊のみを残して結界とゼロのアンデッドによる防衛態勢を取ったが、このままだとそれも遠からず限界を迎えてしまうだろう。
「やはり小規模の村や街の住民は一時的に鉱山の都市か草原の都市に避難させたほうがよかったな」
ブランドンが自らの判断の甘さを悔やむ。
「今更仕方のないことですわ。今から方針を変えて避難させるとなると余計に手間がかかりますの。ならば、現状はこのままにして、アイラスからの増援が到着するのを待ってから人々を都市に避難させ、その後に戦力を集中するべきですわ」
腰に手を当てて自信満々に胸を張るイザベラだ。
「増援の見込みがあるのですか?」
ドムの問いにイザベラは頷き、ヘルムントに説明を促した。
「先程、アイラス本国からの知らせが来た。アイラス王国の増援が300程こちらに向かっている。ただ、到着までは時間がかかるであろう。加えて東の連邦国と共和国からの援軍合わせて800程が派遣されて来るようだが、こちらの到着は更に遅くなる。他の周辺国は今のところ動きはないようだ」
総数約1200の増援を得れば戦力は倍増するが、元の数字が少ないので戦力不足の解消とはならない。
それでも有ると無しとでは天と地の差がある。
そんな中でイザベラが更なる強攻策を打ち出す。
「ただ増援が来るのを待っていて敵に時間を与えるべきではありませんの。増援が来るまでの時間を有効に活用して、あと1つか2つの都市を陥落させておくべきですわ」
軽く話すイザベラに驚きの表情を浮かべるシンシアを始めイバンス王国の面々だが、ヘルムント、ゼロ等のアイラス王国側はイザベラが無茶なことを言い出すのは何時ものことであるのでいちいち驚かない。
「ゼロはどう考えます?」
イザベラがゼロに伺う。
ゼロは広げられた地図を見ながら口を開いた。
「限られた時間で2つの都市を落とすのは難しいですが、1つの都市を攻めることは可能ですね」
イザベラの無茶振りを聞き入れたようでさりげなく目標を減らすゼロ。
しかも「陥落させる」とは言わずに「攻める」とだけしか言わない。
しかし、ゼロの提案を聞いたイザベラは満足げに頷いた。
「攻めるとなると、どこを攻めますの?」
「戦力が限られた我々に選択肢はありません。ここから西にある工業都市です」
ゼロは地図上の工業都市を指示する。
工業都市以外の都市を攻めるとなると戦力と支配地域の分断が発生してしまう。
戦力に余裕があるならば同時に複数の都市を攻めたり、あえて離れた都市を攻略して多方向から進軍する手段もあるが、現有戦力ではその方法を取ることはできない。
「そうですわね。正攻法で進んだ方が良さそうですわ。主力を担うのはゼロなのですからゼロの意見に従いましょう」
ゼロの提案にイザベラも同意する。
結局のところ、ゼロにせよイザベラにせよ、現在の戦況がギリギリで薄氷を踏むような状況であることを自覚しているのだ。
最終的にイザベラの無茶振りを半分以下だけ受け入れたゼロの提案が採用され、工業都市を攻める作戦が話し合われることとなったその時
「申し上げます!たった今、アイラス王国、風の都市の冒険者を名乗る男が現れてゼロ殿に至急の用件があるとのことです!」
警戒に当たっていた兵が駆け込んできた。
シンシアとイザベラの承諾を得て直ちに案内されてきたのは風の都市の冒険者のリックスで、竜人のコルツを連れていた。
元々危機回避能力に優れ、身体能力の高いリックスだが、そうとう無理をしたのか、自力で立っているのもおぼつかない。
「ゼロ、頼む助けてくれ!レナとセイラが敵に捕らえられた!」
疲労困憊のリックスは乱れた呼吸で絞り出すように話した。




