師弟共闘
ゼロとリッチの戦いは膠着状態に陥っていた。
それもその筈、ネクロマンサー同士の戦いは不毛な消耗戦に陥りやすいのだ。
サーベルが指揮する部隊と敵のグールでは個々の能力と統率においてサーベル隊の方が優れているうえ、イズ、チェスター、カミーラの参戦により圧倒的に優勢であるのだが、倒しても倒しても湧き出るアンデッド、それは術者の魔力が切れるか、術者が倒れるまで尽きることがない。
それ故に敵を遥かに上回る戦果をあげているものの、状況に変化が生じないのである。
こうなると互いに術者を倒すしか決着のつけようがない。
双方がそれを理解しており、リッチは隙を突いてゼロに対して強烈な雷撃や炎撃魔法を撃ち込んでくるが、それらは全てアルファやカミーラの防御魔法で止められている。
一方のゼロ側もオメガとシャドウの攻撃は尽く躱され、隙を突いて放たれるゼロの光熱魔法も避けられてしまう。
オメガも悠久の時を重ねた上位ヴァンパイアだが、敵リッチはそれと同等かそれ以上であり、ヴァンパイアからリッチへと上位進化した個体であるため、オメガとシャドウの能力をもってしても互角の勝負に持ち込むことすらできないのだ。
「時間を無駄にできません。大教会の件もありますので、早急に片付けましょう」
ゼロが剣を手に歩き始める。
すると、それまで動きを見せなかったリズがゼロに続いた。
弓に矢を番えてゼロの背後を守るように進む。
サラマンダーの炎を纏ったリズのアンデッドも後に続く。
ゼロはアンデッドが入り乱れる乱戦の中を一直線にリッチに向かう。
ゼロの進路をサーベルが切り開く。
サーベルの傍らで巨大な戦斧を振るうスケルトンウォリアーがいるが、スケルトンの中位種とは思えない戦いぶりだ。
サーベルとスケルトンウォリアーの2体で敵を切り開いてゆく。
リズは自らのアンデッドを指揮してゼロの周囲を固め、敵を全く近づけない。
ゼロの視界が開け、その間合いにリッチの姿を捉えた。
リッチの懐に飛び込んでその首目掛けて横凪に剣を振り抜くが、ゼロの刃が届く直前にヴァンパイアであるリッチはその身体を霧に変えて姿を眩ました。
「む・・・逃しましたか」
周囲に気を配るゼロ。
その時、ゼロの背後にリッチが姿を現した。
それはゼロの予想の範囲内であったが
「ゼロ様っ!」
ゼロが反応するよりも早くリズが矢を放つ。
リズの矢はゼロの耳元を掠めてリッチの眉間を射抜いた。
『ギャアーッ!』
リッチが悲鳴をあげて仰け反った。
それもその筈である。
リズが放ったのは対アンデッド用の銀の鏃の矢だ。
銀で作られた武器はアンデッドに対して抜群の威力を発揮する反面、強度が足りず、鉄や鋼でできた武器に比べて遥かに脆い。
しかし、リズに頼まれてモースが特別に拵えたその鏃は鋼の芯を銀で覆った特別製で、リズも数本しか持っていない代物である。
リズの矢を受けたリッチに致命的な隙が生じた。
リズの矢に続いてオメガが飛びかかり、その爪でリッチを切り裂く。
シャドウが衝撃魔法で地面に叩きつけ、アルファが氷結魔法で凍りつかせた。
連続攻撃によりリッチに対して相当な打撃を加えたが、この程度で倒せるような相手ではない。
迂闊に追い討ちをかけると思わぬ反撃を受ける可能性がある。
ゼロは剣を構え直してリッチの出方を見た。
案の定、アルファが凍りつかせた氷の中からリッチが抜け出してくる。
『下賤・な輩の・・分際で・』
しかし、リッチがその赤い瞳でゼロを睨みつけるが、明らかにその力が低下している。
特にリズが放った矢が強く影響しているらしく、矢柄は腐り落ちたが、モース特製の鏃はリッチの身体内に残ってその身体を蝕み、顔面が腐り、崩れ始めているが、それはオメガを凌駕するほどの力を持つヴァンパイアとは思えない脆さである。
「それだけの能力がありながら、銀の武器でそこまで力を削がれるとは。不自然で、歪ですね」
ヴァンパイアであり、リッチである目の前の存在が強大な敵であることに疑いはない。
しかし、如何に名工モースが拵えた銀の武器とはいえ、上位種のヴァンパイア、それ以上のリッチに撃ち込んだにしては効果がありすぎる。
「まさか・・・」
ゼロは急速に力を失いつつあるリッチを観察した。
ヴァンパイア特有の赤い瞳だが、左右の目で赤い輝きが違う。
ゼロは確信した。
「やはり、強引に自己強化し、無理矢理に進化したのですね。・・・愚かな」
『黙れ!この程度の痛痒、貴様を倒し、その力を取り込めば直ぐに無くなる。そして完全な力を手に入れられる』
「無駄ですよ。勝負は既についています」
『黙れ・・黙れ!黙れ!黙れっ!』
喚きながらも身体の崩れを止められないリッチ。
それでも未だに強大な力は維持しており、リズのアンデッドが襲いかかってもその攻撃はまるで通用せず、弾き返される。
『もう遅いのですよ。無駄な抵抗をせずに眠りなさい』
ゼロが剣を向けた瞬間、シャドウの炎撃魔法がリッチを飲み込み、続いてオメガの爪とサーベルの刃がその身体を斬り裂いた。
更にスケルトンウォリアーの戦斧が叩き込まれ、大地に叩きつける。
その場に倒れたリッチに歩み寄ったゼロ。
「やはり・・・」
ゼロが見下ろしたのは赤い魔石が埋め込まれたその左目。
ゼロの言うとおりその魔石に大した魔力は無いが、こと死霊術に関しては特殊な力を持ち、人間にせよ、アンデッドにせよ魔石を体内に取り込めば、その影響は計り知れない。
魔石の力を制御できれば強大な力を得ることができるが、その反面、拒絶反応が起きたり魔石を制御できなければ身体も魂も内側から破壊されてしまうのだ。
「魔石を制御できませんでしたね。不死者といえど凄まじい苦しみでしょう。しかも、同化することができずに魔石の力に負けた今、如何にヴァンパイアといえ、身体も魂も崩れ落ちるだけですよ」
『黙れ・・・』
ゼロはリズに手招きして呼び寄せた。
「楽にしてあげましょう」
リッチの左目を指差す。
リズは頷いて銀の矢を取り出し弓に番えて足下に倒れるリッチの左目を狙う。
矢を直接差し込んで一撃で魔石を貫くにはリズの力では足りないかもしれない。
これ以上苦しませることなく一撃で仕留めるには弓の威力が必要だ。
全てを包み込むような慈悲深い目でリッチを狙うリズ。
『止めろ・・・止めてくれ』
リズの目を見たリッチが恐れおののくように懇願する。
「眠りなさい。貴方のことは私が覚えていてあげます・・・」
『止め・・・っ!』
リズの放った矢はリッチの左目を砕き、更にその頭蓋を貫いた。
魔石が砕けたと同時に腐りつつあったリッチの身体が灰となり、崩れ落ちた。
リズに射抜かれる瞬間、不死者であるリッチが死への恐怖に支配されていたが、魔石が砕かれてその身体が崩れ落ちるその時、僅か数秒の間、リッチの表情は安らかであり、残された右目でリズを見続けていた。
それはまるで悠久の苦しみから解放してくれたリズへの感謝のような穏やかな瞳だった。




