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死霊信仰

 「頭をあげて立ち上がってください」


 悲しげな表情のシンシアは膝を付くイザベラとヘルムントに促した。


「私は国を守ることが出来ずに逃げ出した者です。私にはもう女王としての資格はありません。本来ならばこのような席に着くことも許されないのですが、やはり私には国の行く末を見届ける責任があります」


 そう話すシンシアだが、周囲の者はそう思っていないのは明白だ。

 シンシアの傍らには1人の中年男性が控えている。

 宰相か、それに類する立場の者だろうが、その視線は女王を守るという決意に満ちている。

 他の出席者も同様だ。

 イザベラ達にしても出征前にグレイの中隊が保護したロレンスや避難民からの情報でシンシアが国を捨てて逃げ出したわけではないことを知っている。

 まだ幼いといってよいシンシアは精一杯、国を守ろうとし、今もまた、自分の責務を果たそうとしているのだ。

 やはりシンシアはイバンス王国の女王なのである。


 時間は有限であり、残された時間は多くはない。

 挨拶もそこそこに会合は始められた。

 会を取り仕切るのはシンシアの傍らに立つイバンス王国宰相のドム・イバンス。

 イバンス王家の遠縁に当たり、王位継承権を有していないが、その類い希なる能力を買われ、一役人から宰相にまで登りつめ、シンシアの父の代から長年に渡り国王を支えてきた苦労人である。

 宰相としてシンシアを補佐するだけでなく、直近護衛も兼ねているため、腰には剣を帯びて左腕には咄嗟の防御に備えた篭手を装着している。


「早速ですが、会議を始めさせていただきます。まずは、アイラス王国のリングルンド聖騎士殿、到着早々、援軍の礼もままならぬ中で申し訳ないが、アイラス王国側の思惑と、支援の幅についてお聞かせ願いたい」

「ドム!失礼ですよ!」


 歯に衣着せない物言いをシンシアが窘めるが、ドムは気にしていない。

 優しいシンシアに代わって憎まれ役を引き受けるのもドムの役割であり、何より合理的な考えのドムは必要がない限り回りくどい交渉は時間の無駄だと考えている。

 少なくともイバンス王国側には腹の探り合いをしている余裕はないのだ。

 席に着いたイザベラも同様であり、腹の探り合いをするつもりもない。


「私はアイラス国王陛下から遠征部隊の全権を委ねられています。千にも満たない数ですが、如何様にでもお使い下さって構いません。国を諦めてこの街を放棄するならばそれもよし。私が責任を持ってアイラス王国にご案内します。本国ではシンシア女王のみだけでなく、イバンス国民全てを厚く偶することをお約束します。仮に国を再興・・失礼、建て直すべく策を講じるならば、その戦力に組み込んでいただいてかまいません。その場合、当然ながら見返りも期待します。国を建て直したならば鉱山資源に対する取引の優遇措置等ですが、それもこれも勝利の後の話、政治家の領分です」


 澄まし顔でアイラス側の立場を示すイザベラ。

 ドムも油断していない。


「仮に、我々が国を放棄したならば、アイラス王国の利はどこに?」

「アイラス王は聡明なお方です。人道的に考え、損をしてでも友好なるイバンス王国の方々を受け入れる用意があります。・・・ただ、皆さんが国を正式に放棄するならば、狙いは別にあります」

「治める者の居なくなったイバンスの地を奪い取る・・・と?」

「そうですわね。イバンス王国全域は無理でも、この街を含めた限られた範囲を奪取する程度の思惑はありますの。ただ、それは貴方達が国を捨てた、ならばのことです」


 何も隠すことなく、意味深に語るイザベラにドムも頷いた。

 イザベラの言葉の全てを鵜呑みにしたわけではないが、納得のいく程度の話は聞けたのだろう。


 続いてドムはゼロを見た。


「この街が持ちこたえたのもゼロ殿の多大なるご尽力によるものと報告を受けております。感謝します。此度の我が国の異変について、ゼロ殿から何らかの説明をいただけるとのこと。宜しくお願いします」


 ドムが頭を下げると慌ててシンシアも立ち上がって頭を下げた。

 ゼロは頷いて立ち上がった。


「イバンス王国全土を襲った死霊達の軍勢は、かつてこの地で広まった死霊信仰教団のなれの果てが蘇ったものです。彼等は月の光教を名乗る地下教団でした」


 ゼロの言葉に会議室内が緊張に包まれた。


 遥か昔、未だイバンス王国が興される前、この地はある帝国の支配下にあった。

 その帝国内の鉱山地帯にて生まれたのが月の光教団である。

 死を超越した亡者を神の使いと崇め、その亡者を従える力を持つ教祖を神の代弁者として崇拝してその勢力を拡大した。

 死霊を従える力を持つ者を数多く育成し、死霊の軍勢により国を、世界を支配しようと目論んだ教団であるが、当然の如く死霊信仰などが国に認められる筈もなく、弾圧され、帝国との戦いにおいてその信者の殆どが殉教し、その存在すら歴史から抹殺されたのである。


「・・・山に囲まれて数多くの鉱山を有するこの地において、月の光教団は地下に拠点を構え、太陽の光に包まれた地上世界を征服し、教団と死霊達が支配する闇の世界を創造しようとしていたのです」


 ゼロの説明に会議室が静まり返る中、チェスターが沈黙を破った。


「その月の教団とは、つまりはネクロマンサーによる邪教団だったのか?」

「はい、愚かな死霊術師により創設され、数多くの死霊術師を生み出したのです。まあ、死霊術というのはそう簡単に習得できるものではありません。そこで作り出されたのがあの地下迷宮にあった装置とこの赤い魔石です」


 そう言ってゼロは腕輪にはめ込まれた魔石を皆に見せた。


「この魔石の力は限定的で、通常の魔術師が持っても何の影響もありません。しかし、特定の魔術、つまり死霊術に対しては術者の力を増幅する力があります。故に大した力を有さずとも死霊術を扱えるようになります。ただ、それだけでは死霊を呼び出すことは容易ではありません。そこで・・」

「あの女神像と棺の装置ということか?」

「はい。この2つを組み合わせて中途半端な力を持つ死霊術師を乱出したのです。ただ、そんな中でも時間をかけて高い能力を持つ死霊術師が幾人も育ったのでしょう」


 ここでイザベラも口を開いた。


「歴史的なお話は分かりました。その歴史の埃にまみれた邪教団が蘇ったとはどういうことですの?」

「そのままの意味です。かつては死霊術師が支配した教団が滅び、長い時を経て自分達も神の使い、つまり死霊として蘇ってこの国を攻め滅ぼし、そしてゆくゆくはこの世界を支配しようとしているのです」

「そんなことが可能ですの?例えば、貴方は相当な力を持つネクロマンサーですよね?多分、世界中を探しても貴方ほどのネクロマンサーはそう多くはないでしょう?そんな貴方でさえ世界を支配するなんて可能ですの?」


 イザベラの質問にゼロは苦笑する。


「結論から言えば、私1人では不可能です。私を高く評価してくれてありがたいですが、やはり1人の術師の力では限界があります。ただ、蘇った彼等の中には数多くのリッチが存在します。既に私は2体のリッチと戦いましたが、まだまだ他にも存在しているでしょう。そして、そんな奴等を統べる者が存在するのです」

「どういうことですの?」

「イバンス王国を滅ぼしたのは白と黒の死霊術師との噂があり、私が疑われたようですが、私にそこまでの力はありません。これほどのことができる人物を私は1人しか知りません。魔王にも匹敵する力を有する我が師である白き死霊術師フェイレス以外には不可能でしょう」


 ゼロの言葉にイザベラは思わず立ち上がる。


「誤解しないでください。フェイレス師匠はこんなくだらないことに興味はありません。世界を支配することなど面倒だと言うでしょう。つまり、今回の件は我が師匠ではない、魔王にも匹敵する力の持ち主の仕業です」

「率直に言いなさい!」

「考えられるのは1つ。リッチを凌駕し、リッチを支配する者。死霊の王、つまり、ノー・ライフ・キングが蘇ったということです」

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