シルバーエルフの兄妹
ゼロの家は風の都市の森の中にある。
とはいえ、ゼロが所有しているのは正規な手続きで買い取った森の中に放置されていた家とその周囲の1区画だけであり、森の全てを所有しているわけではない。
でありながら、ゼロは森の中にスペクター等のアンデッドを野放しにしている。
というのも、ゼロの家には死霊術に関する魔導書や魔導具が隠してあるが、家を空けることも多いため、警戒の名目で精神体のアンデッドを放っているのだ。
スペクター達は気配を消して漂っているだけなので、森の中に立ち入った人の大半はその存在に気付かないが、悪意を持ってゼロの家に近付く者には敵対行動を取る。
幸いにして未だにそのようなことが起きたことはない。
そんな森にシルバーエルフのイズとリズの兄妹が住み着いたのが数ヶ月前。
ゼロと同じように正規の手続きを踏んで家を建てたのでゼロも文句は言えないし、文句があるわけでもない。
イズとリズはエルフであるが故に精霊使いである。
本来、精霊使いの精霊と死霊術師の使役するアンデッドは相性が悪いのだが、2人はゼロと行動を共にするために自らの精霊をアンデッドと連携できるように訓練しているので、アンデッドが漂う森の中でも問題なく生活できるそうだ。
しかし、リズについては少し事情が違った。
森に住むようになってからしきりにゼロのアンデッドに話し掛けるようになったのだ。
スペクターだけでなく、オメガやアルファ、果てはゼロの家の前で警戒に立っているサーベル達スケルトンともコミュニケーションを取ろうとしていた。
そして、1ヶ月程経ったころ
「ゼロ様、私に死霊術を教えてください」
リズがとんでもないことを言い出したのだ。
「死霊術は人々から軽蔑され、蔑まれる禁忌の技です。それを学ぼうなど、まともな思考とは思えません。止めておきなさい」
「私はまだまだ未熟であり、人に教える立場にはありません」
自分のことを棚に上げて固辞したゼロ。
聞けば、リズは死霊術を極めたいのではなく、死霊術と精霊魔法を上手く組み合わせて新たな道を進みたいとのことで、それを聞いたイズは驚いたものの妹の決意を受け入れた。
ゼロは最後まで反対し、リズの願いを聞き入れていなかったのだが、リズの決意は固く、ギルドの資料室にある僅かな死霊術に関する書を読み漁り、ゼロの死霊術を見習って独学で死霊術を学び始めた。
そうはいっても死霊術とは一朝一夕に習得できるものではなく、基本中の基本の冥界の狭間の門を開く術ですら非常に特殊で高度な魔導式を組み上げて使いこなす必要がある。
ギルドにある程度の魔導書ではその基本的な魔導式を完成させる程の情報は得られないが、リズは魔導書の断片的な情報にゼロの死霊術を見て学んだ知識を加えて不完全で中途半端ながら魔導式を途中まで作り上げてしまったのだ。
とはいえ、ゼロの術を間近で見て、死霊術の危険性を知るリズはその不完全な魔導式を試すようなことをせずに、その成果を資料にしてゼロに見せたのである。
リズの資料を見たゼロは独学で成したリズの成果に驚愕した。
中途半端な知識故にリズが作りだした魔導式は不完全で不安定であり、このまま行使すると間違いなく暴走して制御不可能なものであったが、間違いなく冥界の狭間の門に干渉するものだったのだ。
このままリズに独学で学ばせるのは危険であると判断したゼロが折れて基本だけという条件にリズに死霊術を教えることになった。
それから数ヶ月、元々才能があったのか、リズは1、2体の下位アンデッドを召喚できるまでになっていた。
今日は3人で地下水道の魔鼠退治に来ている。
ゼロもそうだが、イズとリズも今や銀等級の上位冒険者である。
そんな3人が新米冒険者が受けるような仕事では完全にオーバースキルなのだが、今日はリズの死霊術の訓練を兼ねているのだ。
「さて、リズさん。今日の仕事は貴女に任せます。死霊術を駆使して魔鼠を駆除してみてください」
ゼロに言われてリズは頷いた。
「分かりました。やってみます」
ゼロの言葉にリズは頷いて前に出た。
「暗闇に漂う魂の光よ、闇を照らす炎となりて生と死の狭間の門を開け」
リズの召喚に応じて2体のウィル・オー・ザ・ウィスプが現れた。
ゼロの指導の下で訓練を重ねてきたが、実戦で死霊術を行使するのは初めてだ。
リズの表情は緊張に満ちていた。
ここまでお浚いを兼ねていて説明くさい文章になっていましたが、次話から本筋に入ります。




