殲滅戦
グレイ達は阻止結界でアンデッドを受け止め、討ち減らしながらじわじわと後退を続けた。
やがてアストリア率いる第3小隊が待機している場所まで後退し、第3小隊が合流する。
幸いにして下位アンデッドが中心のために未だに余裕はあるが、敵の数が多いため油断はできない。
「隊長、敵アンデッドの後方に指揮者のような個体がいます!」
そう言ったエミリアが指示する方向を見れば、黒いローブに杖を持つアンデッドが1体、戦闘に参加する様子もなく佇んでいる。
エミリアによればその周囲に魔力の流れを感じるそうだ。
「リッチとかいうアンデッドか?」
グレイの問いにエミリアが頷く。
「おそらくは。でも、新しいアンデッドを召喚している様子はありません。リッチだとしても能力は低いのかもしれません」
エミリアは推測するが、それを鵜呑みにはできない。
リッチまではかなり距離が離れ過ぎていてエミリアの弓では届くかどうか、届いたとしても必中必殺までは期待できない。
グレイは第3小隊長のアストリアを呼んだ。
「奴を狙えるか?」
アストリアが持つ弓は中隊の中でも抜群に強力で威力があるものだ。
今の位置からでも十分に狙えるし、弓の腕も折り紙つきだ。
アストリアはリッチまでの距離を目測で確認して弓に矢を番えた。
「問題ありません」
ギリギリと弓を引き絞るアストリアは狙いすまして矢を放った。
阻止結界に殺到するアンデッドの隙間を縫って一直線に飛ぶ矢は寸分違わずリッチの頭部を粉砕する筈だった。
しかし、矢が放たれるやリッチの周囲にいたアンデッドがわらわらとリッチの前に壁を作る。
弓が強過ぎて並みの兵では放つどころか、引くことも難しいアストリアの一撃だ、2、3体のアンデッドの壁ならばその軌道を変えることすら無く、全てを貫いてリッチを仕留めただろう。
しかし、幾重にも重ねられた分厚い壁に阻まれて最後方にいるリッチには届かなかった。
「チッ!どうしますか、何本か射れば仕留められるかもしれませんが?」
次の矢を取り出すアストリアだが、グレイは首を振った。
「いや、今はいい。もう少し奴を引きつけたい」
更に後退を続けるグレイ達たが、徐々にアンデッドに包み込まれつつあった。
「陣形を扇状から円陣に転換!阻止結界を全周に張れ!」
「隊長!それでは敵に包囲されてしまいますっ!」
グレイの命令にエミリアが異を唱えるがグレイは聞き入れない。
「構わない。陣形転換!」
命令に従って陣形を転換した。
グレイを中心にして円陣を張った隊員達は阻止結界の内側からアンデッドに攻撃を加えるが、瞬く間に周囲をアンデッドに取り囲まれた。
「背後にも回り込まれました。囲まれました!」
エミリアが叫ぶが、これこそがグレイの狙いだ。
グレイ達を包囲すべくアンデッド達が集中したため、リッチの周囲の守りが薄くなり、更にグレイ達を追い詰めたと錯覚したのか、リッチとの距離が縮まる。
今ならばエミリアの矢の射程距離だ。
「リッチを仕留める。エミリアは浄化結界の用意!」
「しかし、能力が低いといってもリッチは上位アンデッドです。私の浄化結界では浄化できません」
「構わない。リッチに向けて浄化結界を乗せた矢を撃ち込んでくれ。矢の後を追って私が飛び出して奴を倒す」
「危険過ぎます!」
「これが一番手っ取り早い。時間をかけると阻止結界に綻びが生じてしまい、こちらが不利になる」
グレイの目を真っ直ぐに見据えたエミリアは頷いて弓に矢を番え、浄化の祈りを唱えた。
槍を構えるグレイの背後に長剣を持つアレックスが立つ。
グレイと共に飛び出すつもりだ。
アストリアも弓を構えた。
「いきます!」
エミリアが矢を放つ。
浄化の祈りが乗せられた矢は射線上のアンデッドを一掃しながら飛び、リッチの身体に突き刺さった。
グレイは結界から飛び出し、エミリアの矢が切り開いた道を駆け抜け、その後にアレックスが続く。
エミリアの矢ではやはりリッチを浄化するまでには至らなかったが、その動きを止めることはできた。
この機会を逃すわけにはいかない。
グレイとアレックスは襲いかかるアンデッドを蹴散らしながら進み、2人同時にリッチに飛びかかる。
グレイの槍はリッチの頭部を粉砕し、アレックスの剣はその胴体を両断した。
頭部を破壊されて崩れ落ちるリッチ。
途端に周囲のアンデッドの動きが乱れた。
阻止結界を取り囲んでいたアンデッド達の一部がグレイとアレックスに向かい始め、また別の一部は目的を失ったかのように虚ろに戦場を離れていく。
それでも、目の前に餌となる人間がいる、忌むべき命ある者がいると本能の赴くままに攻撃を続けようとする個体が大半だ。
「一気に巻き返すぞ!殲滅せよ!」
グレイの命令で隊員達は阻止結界の内側からの攻撃を強め、アンデッドの軍勢を打ち崩し始めた。
阻止結界の外に飛び出しているグレイとアレックスは互いに背中を守りながら周囲のアンデッドを蹴散らし、そんな2人をエミリアの矢が援護する。
戦場を離れようとするアンデッドにはアストリアや他の弓士が追い討ちをかけ、いつの間にか戻ってきていたシルファが木の上から矢を射かけていた。
やがて、周辺のアンデッドが一掃された。
周囲を見渡すグレイ。
「殲滅したか」
不死者の軍勢故に殲滅したと言っても倒したアンデッドは冥界の狭間に帰っただけで、再召喚されていないだけなのだが、何はともあれこの場での戦いは終わり、避難民達を保護することができた。
グレイの周囲に隊員達が集合するが、エミリアが眼鏡の奥の目を三角にしながらグレイに近づいてくる。
(・・・まずいな)
グレイは敢えてエミリアから視線を逸らすが無駄な足掻きだった。
視線を逸らした先に回り込まれてしまう。
「何がまずいんですか?」
「・・・いや」
「グレイ中隊長!隊長自らが吶喊してどうするんですか!少しは立場をわきまえてください。中隊長が倒れたら中隊が瓦解しかねないんです。貴方は勇者や英雄ではないのです。無茶をなさらないでください!」
エミリアに叱られるグレイだが、アレックスやアストリア達他の隊員は特段気にしていない。
副官のエミリアにグレイが叱られるのはグレイの中隊に取って日常的なことで、隊員達は2人の痴話喧嘩程度にしか感じていないのだ。
避難民を保護した検問所に帰還したグレイ達は負傷者の救護等を進めながら情報を収集した。
その中でもロレンス達イバンス王国王宮警備隊の証言は特に有力な情報として直ちに聖務院を通して王都に報告された。
突如として姿を現した死霊の軍勢に襲われてイバンス王国王都を含め、主要都市は死霊に支配されていること。
猛攻を受ける中で近衛騎士隊と王宮警備隊はイバンス女王であるシンシア・イバンスを王都から脱出させようと試みた。
王都を放棄し、国民を残して逃げることを頑として受け入れない女王を近衛騎士隊と王宮警備隊は強引に連れ出し、王都から脱出することには成功した。
しかし、国内は死霊に埋め尽くされており、各所で避難民を保護しながら逃避行を続けていたが、その先々で死霊達の襲撃を受け、その中でロレンス達は本隊とはぐれてしまい、女王の消息は不明であること。
そして、ロレンス達の証言から、イバンス王国を攻め滅ぼしたのは白と黒の2人のネクロマンサーであることが報告された。




