イバンス王国滅亡
イバンス王国滅亡の知らせは世界中を駆け巡った。
イバンス王国が死霊の軍勢に襲われたこと、僅かな期間に一気に攻め滅ぼされたことが人々に衝撃を与えた。
あまりにも急な展開であり、アイラス王国を始めとした周辺国は援軍や支援を送るどころか、その情報を得る暇すらなかった。
アイラス王国も国境警備隊からの報告でイバンス王国の異変は把握していた。
突然国境の検問所を放棄して国内に戻ったイバンス王国の衛士達、内乱等の異変が起きた可能性ありと王都に報告をすると共に国境の守りを強化した国境警備隊。
イバンス王国の衛士達は遂に戻ることはなく、代わりに戦火を逃れて逃げ込んできた避難民からの僅かな情報によりイバンス王国の滅亡を知ることとなった。
何の前触れもなく突如として王都を始め主要都市や軍事拠点を襲った死霊達の軍勢。
その圧倒的な物量と無慈悲に打ち付けられる刃。
感情の無い軍勢相手に降伏も許されず、イバンス王国軍は為す術なく崩壊し、瞬く間に滅亡した。
女王シンシア・イバンスはおろか、イバンス国内に残された人々の安否は不明のまま、それどころかイバンス王国を滅ぼした軍勢が今後どう動くのか予想もできず、国境を隣接する各国は国境防衛を強化し、情報収集に徹する他に手立てはなかった。
それすらも対応としては不十分であることは理解している。
相手は何の前兆も無しに数万の軍勢を敵の中枢に出現させることが可能なのだ。
国々は次の標的が自国ではないことを祈るしかなかった。
アイラス王国王都にて。
御前会議の場ではイバンス王国国境の対策について話し合われていた。
「国境の状況はどうなっている?」
国王に代わって宰相が問う。
軍務大臣が立ち上がり説明を始めた。
「現在は国境警備を通常の2個中隊から1個連隊にまで増強しています。更に王国軍第1軍の2個大隊が周辺の哨戒に当たっています。しかしながら、相手は神出鬼没の死霊の軍勢、万全とは言えません」
軍事大臣に続いて聖魔省の聖務長官が発言する。
「死霊達の侵入を防ぐために聖務院聖騎士団と聖監察兵団の他に各教神官により編成された部隊を国境に展開して結界を張る予定です。併せて聖監察兵団の特務中隊をイバンス王国内の調査に向かわせております」
それぞれの報告により死霊の軍勢に対する備えは整いつつあるように思えるが、それが万全であるかといえばそうは言い難い。
イバンス王国を滅ぼした敵の情報が少なすぎるのだ。
「イバンス王国を滅ぼしたのは死霊達を従えた死霊術師と聞く。その素性は?目的は?不明なことが多すぎる」
「我が国には先の魔王との大戦で特命を受けて活躍したネクロマンサーがいた筈だ。その者からネクロマンサーに対する情報を得て、対抗策を講じられないか?」
軍務大臣の言葉に宰相が続く。
しかし、それに答える内務大臣の発言が一同の背筋を凍りつかせた。
「そのネクロマンサーは風の都市の冒険者ギルドに所属する冒険者ですが、現在行方不明です。加えてそのネクロマンサーは数ヶ月前からイバンス王国に頻繁に出入りしていた事実があります」
一同は顔を見合わせた。
「まさか・・・」
「・・そのネクロマンサーが?」
「だとすれば由々しき事態だ!」
ゼロに疑惑の目が向けられ、会議場が騒然とした。
もしもイバンス王国を滅ぼした張本人がアイラス王国の冒険者だとしたら、アイラス王国は他国から敵意の目を向けられてしまう。
だとすれば、アイラス国王は今後、死霊達の軍勢だけでなく、世界中の各国をも敵に回しかねないのだ。
「その可能性は低いと思います!」
その時、会議場によく通る声が響きわたった。
国王を始めとした諸公の視線が発言者に向けられる。
発言したのは魔導相の背後の席に着いていた賢者レナ・ルファードだ。
レナは今回の会議に当たり、ネクロマンサーのゼロとパーティーを組み、彼のパートナーとして先の大戦を生き延びた経験を買われ、彼女が賢者として所属する魔導院と冒険者ギルドを統括管理する内務省から要請されてアドバイザーとして会議に出席していたのだ。
レナ自身、御前会議においてゼロに疑惑の目が向けられることは予測していたため、その疑惑を払拭すべく、自ら望んでの出席だった。
「何故そのネクロマンサーが関係していないと言い切れる?その背徳的な術故にネクロマンサーに対する世間の目は冷たい。ネクロマンサーというだけで邪悪な者であると考える者が多いことも事実だ。それを偏見だと排除して、公平な視点で考えても、今の状況ではそのネクロマンサーが無関係だとは言い切れまい?」
それは当然の質問であり、レナも理解している。
しかも、会議の出席者が偏見にとらわれることなく、冷静に判断した上でゼロに疑惑の目を向けていることが危険だ。
「確かに、ゼロが行方不明になっていることは事実です。加えて私はゼロと長く一緒にいて彼のことを信じています。その点から見ればむしろ、私自身が彼寄りの考えになっていて公平な意見を述べられないかもしれません。それでも私が今回の件がゼロである可能性が低いと考える理由があります。1つ目、如何にゼロが優秀なネクロマンサーだとしても、ここまでのことを為し得る程の能力を有していません。私の知る限り、彼は数千程度、或いは数万のアンデッドを操れるかもしれません。しかし、数十万の大軍を、自分の目の届かない場所に出現させて運用するまでの力は無い筈です」
一度言葉を切ったレナは諸公が自分の説明に聞き入っていることを確認した上で再び口を開いた。
「2つ目の理由。彼がイバンス王国を襲う理由がありません。彼はほんの数ヶ月前までイバンス王国と縁もゆかりもありませんでした。その彼がイバンス王国を攻め滅ぼす理由が私には思い付きません。むしろ、今まで彼の功績に見合うだけの報いもなく、白眼視していたこの国を襲う方が自然です。ゼロにその気があるならば、普段から風の都市やそれこそ王都に出入りしているゼロです。その時点で只では済まないでしょう」
レナの言葉に一同は黙り込んだ。
「そして、3つ目。これは私の主観的なもので、皆さんにとって確たる根拠にはなり得ませんが、私としては確信しています。それはゼロの人となり、性格からも考えられないということです。ゼロは時として、目的のために手段を選ばないという面があります。しかし、彼は野心や権利的な欲求とは無縁な人間です。むしろそういった力は彼にとって煩わしいものと考えるでしょう。それは長く一緒にいた私ならば分かります。ゼロが望むのはネクロマンサーてしての道を歩み、冒険者として仕事を全うすることのみです。これがネクロマンサーの職に誇りを持ち、自らを律してその道を歩み続けるゼロの生き方です。普段のゼロならば・・・ですが」
含みを持たせたレナの発言にそれまで黙って会議の成り行きを聞いていたアイラス国王が口を開いた。
「そのネクロマンサーの人となりはよく分かった。確かに先の大戦での彼の功績を考えれば貴女の言うとおりなのだろう。しかし、貴女の最後の言葉が気になる。普段のゼロならば、とはどういう意味だ?」
国王の問いにレナは一礼して答えた。
「ゼロは先のイバンス王国でのアンデッドの大量発生の対処に当たりました。その際に・・・何か正体不明の魔石のような物を手に入れました。ゼロ曰わく死霊術に関係する魔石のようでしたが、あれがゼロに悪影響を与えたとしたら・・・ゼロがどのような行動に出るのか私にも分かりません」
レナは自分の考えを、内に秘めた不安を隠すことなく説明した。
魔導院に所属する賢者として、上位冒険者としての責務を果たしたのだ。
結局、御前会議の結論としては、ゼロが首謀者である可能性は排除せず、滅亡したイバンス王国の現状の情報収集を最優先にすることが決められた。




