赤い魔石
凍りついていたリッチも氷を砕くでも溶かすでもなく氷塊から抜け出してきた。
眼窩の奥の炎がゼロを見据え、いや、ゼロのことしか見ていない。
ゼロ以外は眼中にないようだ。
「貴方の実力を見極めさせてもらいました。下位から中位程度のアンデッドしか召喚しないからと甘く見れる相手ではありません」
剣を構えたゼロがリッチに向かい静かに語りかける。
『死霊術師としての力は互角。貴方も相当に強力な死霊術師だったのでしょう。ただ、貴方では私に勝つことはできません。どうですか?貴方もいつまでも操られているのは本意ではない筈です。それならば私の力の下で眠りにつきませんか?その方がお互いのためです』
ゼロの言葉にリッチが後ずさる。
まるで何かを恐れているかのようだ。
『貴方も死霊術師であれば、戦って私に滅せられるよりも魅力的な提案の筈です。仮に私に勝てたとしても貴方はここに縛られて操られ続けるだけです』
ゼロが前に踏み出す。
祭壇下ではレナ達が力の限り戦って死霊達を防いでいるが、死霊の数は増える一方だ。
(ゼロ、何を話しているの?)
レナは祭壇上でリッチに語りかけるゼロの言葉に耳を傾けるがその内容が理解できない。
レナだけでない、他の者達もゼロが話している言葉が理解できずにいる。
それもその筈、ゼロがリッチに向けて語りかけている言葉はゼロが自分のアンデッドに対しても使わない古代死霊術語だ。
今では死霊術を起動する詠唱に僅かに使われる程度で、現代死霊術師の大半が理解できない言語である。
(・・提案・・操つる・操られ?)
唯一、死霊術を学んでいるリズだけが言葉の端々を聞き取るが、内容までは理解できずにいた。
ゼロは更に前に出た。
リッチが動く。
ゼロに杖を向けると再びアンデッドの群を召喚した。
今度はレイスだけでなく、スペクターやウィル・オー・ザ・ウィスプが混ざっている。
しかし、今度はゼロもアンデッドの群に飲み込まれたりはしない。
眼力と身に纏った魔力のみでアンデッド達を押し戻す。
『残念です。貴方を滅するしか道は無いようです』
「サーベル、アルファ、シャドウ、ミラージュ、時間を費やすわけにはいきません。一気に決着にします」
サーベル達がリッチを牽制する中でゼロは詠唱を始めた。
「・・・送魂落冥術」
リッチの背後に冥府の底へと誘う「冥府の門」が現れた。
かつて魔王ゴッセルを飲み込んだ恐るべき門で、いかに不死者であるアンデッドであろうともこの門に飲まれたら戻ることは敵わない。
だが、あの時の門に比べると遥かに小さい。
ゼロが力を調節しているのだ。
「・・・死霊術師ゼロの名において冥府の底に一つの魂を送らんとする・・開門!」
ゼロの声に応じて門が開き始める。
リッチも黙って門に飲まれるつもりはないようだ。
大量のアンデッドを召喚してゼロを仕留めようとするが、下位や中位アンデッドでは門の引力に巻き込まれて飲み込まれてしまう。
『哀れな者達を巻き込むな。静かに冥府の底へと旅立て』
古代死霊術語て語るゼロに反応してサーベル達が動く。
ミラージュがリッチの周囲に結界を張り、その動きを封じる。
アルファが魂すらも凍りつく氷結魔法でリッチを凍らせたところにサーベルが飛び込んでサーベルを横一線に振り抜き、凍りついたリッチを両断した。
最後にシャドウが強力な衝撃魔法を撃ち込んで両断されたリッチを吹き飛ばす。
リッチも直ぐに氷の呪縛を逃れて再生しようとするが間に合わなかった。
冥府の門に捕らわれて瞬く間に引きずり込まれていった。
その際に剣の間合いに飛び込んでリッチを両断したサーベルまでが門の引力に捕まってしまう。
獲物を飲み込んで閉じ始めた門に引き寄せられるサーベル。
「おっと、気をつけなさい」
ゼロが鎖鎌の鎖を投げ、その端を掴んだサーベルを引き戻す。
門が閉じて危機を脱したサーベルはゼロの前に跪いた。
「サーベル、貴方は最初から私が手助けするのを見込んで飛び込みましたね?」
窘めるように話すゼロ。
当然ながらサーベルは無表情のままだ。
「しらばっくれても無駄ですよ。貴方とは付き合いが長いんですからね。貴方の考えなどお見通しです」
跪いたままのサーベルは笑っているかのように骨を鳴らした。
そんなゼロとサーベルのやり取りを見ていたアルファがゼロの前に出る。
「主様、そろそろ賢者様達の方を・・・」
ふと祭壇下を見てみればレナ達が更に増え続けているアンデッドの猛攻を受けている。
「ゼロッ!そっちが終わったならこっちをどうにかして!キリがないったらありゃしないわ!」
魔法を乱射しながらうんざりしたようにレナが叫ぶ。
「俺もそろそろ疲れてきたぜ!」
「私も・・・札が足りなくなる・・」
チェスターとカミーラ
「ゼロ様、そろそろ手を貸してください」
「私も・・魔力切れです」
イズ、リズも同様だ。
皆、まだまだ余裕がありそうだが、無限に湧き出すアンデッド相手にはお手上げなのだろう。
「ああ、すみません。お待たせしました」
ゼロが周囲に死霊術師の気を振りまく。
瞬く間にアンデッドから敵意が消えて動きが止まった。
「なんだこれ・・・」
「・・・・」
突如として動きを止めたアンデッドを前にチェスターとカミーラが呆気に取られる。
「使役者の居なくなったアンデッドです。こうなれば支配するのは造作もありません」
祭壇の上に立つゼロに跪くアンデッド達。
「リッチを倒したから棺の装置も停止した筈ですので、これ以上溢れ出てくることもありません。そして、この階層にいるアンデッドは全て私に降りました」
ゼロの言葉に周囲を見渡せばこの広い室内だけでも数百から或いは千を超えるアンデッドがいる。
階層全体となるとどれほどの数になるか分からない。
「すげえ・・・」
「・・・死霊の王・・・」
チェスターとカミーラは自分の身体が小刻みに震えていることにも気付いていなかった。
そんなゼロにレナとイズ、リズが歩み寄る。
「で、どうするのこれ?」
レナが跪いているアンデッド達を指差す。
「これほどの数です。私の力で冥界の狭間に戻してもいいのですが・・・。あの装置の正体を突き止めたいところですね。でないと、彼等を戻しても、また何者かが装置を起動しては元も子もありません」
ゼロは祭壇の上を調べ始めた。
「棺、というか装置を破壊してしまっては駄目なのですか?」
イズが質問するが、ゼロは首を振る。
「私自身、あの棺のことが理解できていません。何となく、死霊術の狭間の門と同じように見えるのですが、他にも何か隠されているかもしれませんので、無闇に破壊するのは止めておいたほうがいいでしょう」
言いながら周囲を調べていたゼロは祭壇に祀られた月と太陽の紋章を持つ女神像の下に隠された一冊の本を見つけた。
「見たこともない文字だな、カミーラは分かるか?」
「・・・・」
ゼロの持つ本を覗き込むチェスターとカミーラ。
チェスターの言葉にカミーラは首を振った。
レナもゼロの手元の本を見る。
「随分と古い書物ね。魔法言語に似ているけど、違うわね」
「これは古代死霊術語です」
「古代死霊術語?そういえばゼロ、さっき貴方は聞き慣れない言葉でリッチに語りかけていたわね?」
「はい。古代死霊術語です。今では死霊術の起動式に使われているだけで、死霊術師でも言葉として操れる者は殆どいないでしょうね」
「そんな言語を貴方は操れるの?」
「はい、師匠が操っていましたから、必然的に学びました。ただ、口伝で教え込まれたので読み書きについては殆どできません」
語りながら手元の書を開く。
「あの棺のこともあるようですが、よく分かりませんね。ただ、術者がいなければ害はなさそうです。とりあえず、今のところはこの遺跡ごと封鎖した方がいいでしょう」
チェスターがゼロを見る。
「そんなことで大丈夫か?」
「とりあえずの処置です。この本は私が預かります。内容を解読すれば対処法が分かるかもしれません。少し時間をもらいますが、その程度の時間ならば問題ありません」
そう言って古い本を雑嚢にしまい込んだゼロは女神像の土台に埋め込まれた赤い石を見つけた。
その石を取り外すゼロ。
ゼロの手の中で鈍く光りだす石。
「何?その石、魔石かしら?殆ど力を感じないわ」
レナは赤い魔石を持つゼロを見上げた。
「ゼロ?」
ゼロは石に魅入られたような虚ろな目をしていたが、我に返ったように顔を上げる。
「・・・そうですね。大した魔力も価値もない石です。ただ、これはちょっとだけ危険な魔石です。これも私が調べてみましょう」
レナは違和感を見逃さない。
「ゼロ、その魔石、ちょっとではなく、とても危険なものではないの?一体、その石は何?」
レナに詰め寄られたゼロは首を振る。
「大丈夫です。本当に危険は少ないですよ。呪いの類もありません。仮にレナさん達が持っても何の効果もありませんよ。試しにカミーラさんに見てもらいますか?」
ゼロはカミーラに魔石を見せる。
呪術師として呪いの類を見抜く鑑定士の能力も有しているカミーラは魔石を手に取って調べ、更に首から下げた小さな水晶を通して魔石を覗き込んだ。
「・・・魔力はあるけど、通常の魔法行使とは波長が違うからなんの効果もない。呪いも無いし美術的価値もない・・・」
鑑定を終えたカミーラはゼロに魔石を返す。
「この魔石は死霊に反応する魔石です。このままでは死霊を少しだけ活性化する程度で大した影響はありません。ただ、このまま放置するわけにはいきませんし、私ならば制御することができますので回収しておきます」
ゼロは赤い魔石を懐に入れた。




