職業選択の自由
死霊に支配されたイバンス王国は解放された。
死霊信仰教団により汚染された地下鉱脈も復活を果たしたゼロにより死霊の気脈を完全に遮断され、その後にセイラ達によって浄化された。
国民の大半を失い、一度は国を奪われながらも生き延びた女王シンシア・イバンスはその責任を取るために王位を返上することを表明したが、それを認めなかったのは他ならぬイバンスの国民だった。
小国であるイバンスを経済力で国力を高め、公平で安定した治世を布いてきた若き女王を慕う国民が多く、その国民の求めに応じて女王の座に再び座ることとなった。
それでも国として失ったものはあまりにも大きく、自国の力だけでの復興は不可能に近い。
そこでシンシアは未だ豊富な鉱物資源を対価として連合軍に参加した各国の支援の下で国の立て直しを進めることにした。
その復興支援の中心となるのが真っ先に軍や冒険者を派遣し、その功績も一番大きいアイラス王国だ。
アイラス国王からの信任を受けた貴族エルフォード家が介入して経済の盤石化を図り、復興が進められた。
それでも如何ともし難いのは人口の激減である。
国民の大半を失ったイバンス王国では幾つもの都市を立て直すことは敵わず、王都と鉱山の街、草原の都市を優先して復興し、他の都市は放置されたままだ。
国の治安を維持する兵力も破綻しているが、これは支援各国の治安維持連合部隊に頼ることになる。
アイラス王国が中心となり、軍事的緊張が発生しないように調整されながら部隊の配備が行われた。
しかし、深刻なのは国内の面倒事を請け負う冒険者の不足であった。
チェスターとカミーラを中心に鉱山の街の冒険者や他の都市の冒険者の生き残りもいるが、とてもではないが手が足りない。
そこで、各国の冒険者ギルドが協力し、冒険者の人材交流の名目で一時的に国の垣根を越えた冒険者の行き来が行われることになり、チェスターとカミーラが中心となって冒険者の増強が図られている。
その中にはアイラス王国冒険者ギルドから派遣されたリックスの姿もあり、新人冒険者の育成に当たっていた。
こうしてイバンス王国は再起の道を進み始めたのだが、この国を解放するために最大の功績を挙げた冒険者の名を知るイバンス国民は少ない。
それは例によってゼロが功績から逃れたわけではなく、イバンス王国解放のために力を尽くした全ての者が救国の英雄と称えられたらからである。
数多の英雄の名が語り継がれる中でゼロの名はひっそりと埋もれていった。
ゼロの仲間達もアイラス王国に戻ったが、イバンス王国解放の功績を認められ、重戦士オックス、弓士リリス、精霊騎士ライズはそれぞれ金等級へ昇格し、勇者として認められた。
今ではアイラス王国やイバンス王国だけでなく、他国からの依頼を受けて世界中を駆け回っている。
セイラは再びシーグル教の聖女としての信託を受け、アイリアも再び直近護衛士としての任に就くことになった。
ただ、2人は相変わらず風の都市の冒険者として活動しているが、銀等級になった今もパーティーには恵まれていないようだ。
サイノスとの戦いで片腕を失ったグレイだが、国に戻った彼は非常に厳しい立場に立たされることになった。
それは片腕を失ったことによる軍務への支障ではない。
現に片腕となっても槍や剣の腕に衰えは認められず、中隊の誰もが片腕のグレイに勝つことが出来ないほどで、グレイの希望もあり、聖監察兵団特務中隊の中隊長として変わらずに任務に就いている。
そんなグレイを追い詰めているのはイザベラとエミリアだ。
アイラス王国に帰還したグレイが同じく帰還したイザベラに対して言った一言がイザベラの逆鱗に触れたのである。
それはグレイにしてみれば、何気ない、他意のない言葉だったが、グレイにとっては致命傷となった。
「乙女の祈りリザレクション?イザベラさんも乙女だったんですね」
この言葉を聞いたイザベラは激怒すると共に敵の首級を挙げたとばかりの勢いで
「乙女の純情を踏みにじられました!責任を取りなさい」
とグレイに迫ったのである。
挙げ句、イザベラはグレイの承諾無しのまま実家のリングルンド家にグレイの婿入りを宣言しようとしたのだが、リングルンド家は孤児であり家名を持たぬグレイの婿入りを認めなかった。
しかし、その程度で引き下がるイザベラではない。
グレイの婿入りが叶わぬというならば、あっさりとリングルンドの名を捨て、出奔してしまったのである。
ここまではグレイの預かり知らぬ話しであったが、ここからが大変だった。
「グレイのせいでリングルンドの家名を捨てた責任を取りなさい!」
と無茶なことを言い出し、リングルンドの家名を正式に捨てる直前の間隙を突いて、貴族と聖騎士の権限を乱用し、半ば強引にグレイに「イフルード」の家名を負わせてしまったのである。
抵抗の余地なくグレイ・イフルードとされたグレイ。
最後のとどめとばかりにイフルード家に嫁入りしようとしたイザベラだったが、最後の最後でその計画をエミリアに阻止されてしまう。
「グレイ隊長は私の隊長です!」
と負けじと宣言したエミリアに対して
「私は愛人の1人や2人くらいは黙認する度量がありますの。だから貴女は愛人1号に収まりなさい!」
と言い放ち、何時かの宣言どおりエミリアに宣戦布告をしたのである。
「愛人というならば、その立場は貴女でもいい筈です!それにイザベラさんは強引なのですから、私が正妻、イザベラさんが愛人だとしてもグレイ隊長を振り回すでしょう?だったらその方が公平なのではありませんか?」
とエミリアも譲らない。
グレイの意見は全く聞き入れられない中で喧々囂々と続く2人の舌戦だったが、やがて2人ともに
「結局のところグレイと一緒にいられるのならば、正妻だろうが愛人だろうがどちらでもいいのでは?」
という雰囲気になりつつあり、当事者でありながら発言権の無いグレイはその様子を見て逃げ道が無くなりつつあることに気づいたのだった。
因みに、そんな3人の様子を窺っていたシルファは乙女の戦いに参戦することなく愛人2号の地位を確保すべく画策していたことをグレイは知る由もなかった。
神を信じない神官戦士グレイの苦労は尽きることはない。
そのような戦いが繰り広げられているとはいざ知らず、アイラス王国風の都市の外れの森の中の一軒家。
言わずと知れたゼロの家では家の外に出したテーブルで無事に生還したゼロがレナとシーナの3人でお茶を飲みながら優雅な午後の一時を過ごしていた。
傍らではイズとリズの兄妹がオメガ達アンデッドを相手に訓練を行っている。
無事に生還したとはいえ、ゼロが受けた身体のダメージは大きく、右足が不自由になり、歩くのに杖が必要になった。
それもこれも死霊と化した際に人間の範疇を越えた戦いをした結果だ。
冒険者としては致命的なのだが、それでもゼロは冒険者を辞めることはせず、今でも高位冒険者でありながら余りものの依頼を請け負う、のんびりとした冒険者生活を送っていた。
「たまにはこうして何もない日常もいいですね。私もこうなっては無理はできませんし、暫くはのんびりしますよ」
お茶を飲みながらしみじみと語るゼロ。
「イバンス王国も解放され、ゼロさんも無事だった。障害は残りましたが、私はゼロさんが無事ならばそれだけで十分です。ゼロさんの生活を支えて一緒に過ごせるだけで幸せです」
しみじみとシーナが話せば、レナも
「ホント、ゼロももう無理が出来る身体ではないから一安心だわ。それに、私の身体もゼロに傷ものにされたのだから責任を取ってもらわなくちゃいけないしね」
と話しながらローブをはだけてゼロに噛まれた肩口の傷を見せつければシーナも
「レナさん抜け駆けはズルいですよ。その傷だけでなく、ゼロさんには色々として貰ったのでしょう?」
と見てもいない事実を的確に突いてくる。
挙げ句に
「ゼロさんの挙動を見ればお見通しです。なんなら私にも傷をつけてもいいんですよ?むしろ大歓迎です」
と悪戯っぽく笑いながら肩を見せてくる始末だ。
そんな2人から目を逸らしてリズ達の訓練を指導しながらお茶を飲むゼロだが、レナとシーナの会話をリズも聞き逃しておらず、訓練をしながらゼロの様子を窺っている。
目のやり場に困って背後を振り向けば、そこには赤い瞳でありながらゼロを白い目で見下ろしているアルファが控えている。
何故だろう、ゼロは自宅でありながら居心地が悪い。
「主様!そろそろ誰を選ぶか決断してください。私は主様の娘として輪廻転生することを決めたのです。早く誰をお母様にしたら良いのか決めてください。お・と・う・さ・ま!」
アルファの破壊的発言にレナ、シーナ、リズの目の色が変わった。
ゼロとアルファを狙う捕食者の視線だ。
イズですら
「リズ、この機会を逃すな」
「はい、お兄様」
リズに耳打ちをしている。
レナが立ち上がってアルファを見た。
「アルファ、私ならば強力な魔力を継承出来るわよ」
「いえ、私の事務処理能力や家事能力も現実的でいいですよ。むしろ今のゼロさんに必要なのはそういうバックアップです」
「私には死霊術の能力もあります。きっとアルファやゼロ様との相性も抜群です」
ゼロにだけでなく、アルファにまでアピールを始める3人。
心身共に危険を感じたゼロが杖を手に立ち上がる。
「さて、明日も仕事・・」
「ゼロさんには暫く仕事はありませんよ!」
最早どこにも逃げ場の無いゼロ。
死霊術師の冒険者ゼロの気苦労もまた果てしない・・・・。
初めての投稿から約2年の長きに渡った死霊術師ゼロの物語もこれにて完全閉幕とさせていただきます。
これまで纏まりのない拙い文章にお付き合いくださり、読んでくださいました皆様に御礼申し上げます。
今後は、強さのインフレが発生してしまったゼロの物語をリセットし、「職業選択の自由」の完全新作の投稿を始めますので、気が向きましたら覗いてみてください。
ありがとうございました。