死霊の地下迷宮1
早速ゼロはアンデッドの守備隊を編成した。
チェスターとギルド長が説明を引き受けて街の警備に当たっていた衛士達や他の冒険者の理解を得ることができた。
ゼロは街の外で冒険者達が見守る中でスケルトンナイト5体、スケルトンウォリアー25体にジャック・オー・ランタン2体を召喚した。
その有り様を見た冒険者達は畏怖とも感嘆ともどちらとも言えないような声を上げる。
アンデッドに対する恐怖心、それでいて彼等が編入されることによる負担軽減と不思議な安心感。
一様に微妙な表情を浮かべている。
「彼等が貴方達に刃を向けることは絶対にありません。この街に向かう魔物やアンデッドに対してのみ敵対行動をします。ただ、見た目がこれですから、事情を知らない冒険者等に攻撃されてしまうかもしれませんので留意してください。必ず皆さんの指揮下においてください」
ゼロの説明を真剣な表情で聞く冒険者達。
兎にも角にもこれで不眠不休の警戒から解放されるのだ。
アンデッドの編成を終えたゼロ達は目的の鉱山へとやってきた。
封鎖された鉱山の入口は軍と冒険者達によって封鎖されている。
彼等はチェスターとカミーラが連れてきたネクロマンサーを遠巻きに見ている。
どこに行っても同じような反応だ。
ゼロは鉱山の入口に立ち、中の様子を窺う。
「どう?何か感じる?」
横に立つレナがゼロの顔を覗き込む。
「死霊の気配は僅かですね」
試しにスペクターを2体、鉱山内の偵察に向かわせると共に振り返る。
「この鉱山の構造は?地下遺跡はどの辺りに?」
ゼロの問いに警備隊の隊長が答えた。
鉱山は入口から奥深く掘り進められ、地下は2階までの構造になっている。
そして、地下2階の奥に地下遺跡が掘り当てられたが、地下遺跡の調査に向かった冒険者達は誰一人として戻らなかったため、遺跡の構造は不明とのことだ。
「なるほど。確かに地下2階までは問題なさそうですね。スケルトンや人に影響を与える力もないゴーストが数体彷徨っているだけです。とりあえず遺跡の入口まで潜りましょう」
警備隊長の説明とスペクターの偵察の結果からゼロは直ちに地下に潜ることを決断した。
鉱山内に潜るのは風の都市から来たゼロ達にチェスターとカミーラの6人。
途中で何度かスケルトン等の下位アンデッドと遭遇するも、イズとリズによって難なく排除され、ゼロの言うとおり地下2階の最深部までは何事もなく進むことができた。
そして、最深部に到達したゼロ達の前に地下遺跡へと続く入口が姿を現した。
「門・・・ですか?」
ゼロ達の行く手を阻むようにあるのは正に門そのものだった。
「ああ、岩盤の中から出てきたのがこの門だ。門の向こうには死霊が群をなしている。この奥に調査に向かった奴等は誰も戻らなかった」
門を調べながらチェスターの説明を聞くゼロ。
「そこで門を固く閉ざしたと?」
「ああ。神官達の浄化の祈りも追いつかない程の数だ。門を閉ざすしかなかったが、それでも死霊共は鉱山のそこかしこから出てきやがる」
門の表面には太陽を遮る月の紋章が描かれている。
門の向こう側の気配を読んでみれば確かに多数のアンデッドの気配。
下位だけでなく中位アンデッドの気配も感じられる。
「やはり、この先に進んでみないと何も解決しなさそうですね」
ゼロが振り返って皆を見渡せば、全員が頷く。
「とりあえず門を開けて先に進みましょう。先にいるアンデッド達はさほど問題になりませんが、何が起きるか分かりません。慎重に進みましょう」
言いながらゼロはオメガ、アルファ、サーベル、シールドを召喚した。
「この先はかなり入り組んでいますから少数精鋭で行きましょう。シールド、サーベル、オメガを先頭に進みます」
ゼロが召喚したアンデッドを見て言葉を失っていたチェスターだが、我に返ったように口を開いた。
「ちょっと待ってくれ。とりあえずは俺達にも先鋒を任せてくれないか?あんたの力が凄いのはよく分かった。ただ、俺達もアンデッドとの共闘は初めてだ。今の内に慣れておく必要がありそうだ」
「・・・・」
「カミーラも自分の術に影響が無いか確認したいと言っている」
チェスターとカミーラの2人がどのようにコミュニケーションを取っているのかは分からないが2人の言うことも尤もだ。
ゼロは2人を見て頷いた。
「分かりました。それではチェスターさんは前衛に、カミーラさんは中衛に入ってもらいます。加えてリズさんも中衛に入って下さい」
そう言ったゼロはオメガをカミーラとリズの背後に下げた。
アルファは最後尾に立つ。
「それでは行きましょう」
ゼロの合図でサーベルとシールドが門を開いた。
門の向こう側からは冷気とも霊気とも分からない冷たい空気が流れ出てくる。
スペクター2体を偵察のために先行させたゼロ達は大盾を構えたシールドを先頭に地下遺跡へと足を踏み入れた。
遺跡の中は迷宮だった。
暗く入り組んだ通路、目印となる構造物もなく、気を緩めると直ぐに方向を見失ってしまうだろう。
ただ、ゼロ達はその点については問題ない。
スペクターを偵察に出している上、アルファが最後尾で常に現在地と退路を把握している。
それだけでも十分なのだが、加えてイズが常に周囲の状況を記憶して脳内に地図を作り上げているのだ。
パーティーの中でも卓越した記憶力と空間把握能力を有しているイズはマッパーとしての役割も引き受けているのだ。
ふと見ると、カミーラが何やら細い鎖の先に青い宝石を取り付けたものを指先からぶら下げている。
「カミーラさん、それは?」
興味を持ったゼロがカミーラに質問するが
「・・・・・」
カミーラの答えがまるで聞き取れない。
前衛に立っていたチェスターが苦笑いしながら振り向いた。
「カミーラはいろんな物を触媒にして術を操るんだ。今やっているのは空間把握と脅威予測だ。普段はカミーラのこの術で俺達は自分達の状況を把握している。まあ、今回はあんた等の力があるから必要ないかもしれないが、俺達も普段のペースを崩したくないんでな」
チェスターの言うことはよく分かる。
命がけで仕事をする冒険者は自分のペースというか約束事を崩すことを嫌う者が多いのだ。
例えそれが単なる験担ぎでも、それで命が拾えるならば安いものだ。
一行が地下遺跡を調べながら進んでいたその時、ゼロがスペクターからの報告を受けると同時にカミーラが反応した。
「・・・・来る!」
はっきりと聞こえたカミーラの声。
通路の先から複数のアンデッドが近づいて来る。
スペクターの偵察によれば接敵までまだ余裕があるが、カミーラの索敵能力も大したものだ。
「アンデッドが6、ゾンビ・・・いや、グールが2体にスケルトンが4。まだ距離がありますが、こちらに向かって来ます」
ゼロが皆に伝え、戦闘態勢を整える。
シールドが前に出て盾を構え、サーベルがその背後に控える。
グールとスケルトン程度ならばこの2体に任せておいて問題はないのだが、チェスターとカミーラが何やら頷き合って前に出た。
シールド達に任せるつもりはなさそうで、チェスターが振り返ってゼロを見た。
「ご自由にどうぞ」
ゼロも頷いた。
2人とも上位冒険者だ何の心配も無いだろう。
やがて通路の奥からグールの唸り声とスケルトンの乾いた足音が聞こえてくる。
チェスターが剣を構え、その後ろでカミーラが何やら札のような紙の束を取り出した。
「・・・魔力?」
カミーラの物ではない魔力の流れを感じる。
横に立つレナを見るとゼロの方を見て無言で頷いた。
「魔法剣士でしたか・・・」
剣を構えた途端にチェスターの周囲に魔力の流れが発生した。
ただの剣士でなく魔法剣士だったようだ。
その間にもアンデッドは接近してきており、その姿が見えた。
剣を持つスケルトンが3、槍が1、グールは武器を持っていないが身体能力が高く、多少は知能があるためスケルトンより手強い相手だ。
先に動いたのはカミーラだった。
紙の札に何やら念を込めると先頭を歩くスケルトン2体に向けて投げつけた。
2枚の札はまるで意思があるかのように飛ぶと、それぞれがスケルトンの頭部に張り付いた。
その瞬間、2枚の札は光を放ちスケルトンの頭ごと吹き飛んだ。
「符術・・・」
レナが呟いた。
「私も見るのは初めてだわ。札に念を込めて様々な効果を得る。遥か東方の魔術よ」
その間にもカミーラは次の札に念を込めて放っている。
グールに向けて放たれた札はグールに張り付いた途端にその部分から白い煙が発生し、全身を瞬く間に溶かしてしまう。
「強酸でしょうか?なかなかえげつないですね」
ゼロが感心している間に今度はチェスターが残りのアンデッドの中に斬り込んだ。
チェスターが魔力を発した途端にうっすらと光を帯びた剣、魔剣のようだ。
瞬く間にグールとスケルトン、2体のアンデッドを両断する。
その破断面からチリチリと僅かな火花が散っているところを見ると相当な熱で溶断しているようだ。
そして、最後に残ったスケルトンの頭を刺す。
チェスターの剣はまるで熱した串をチーズに差し込んだかのように固い頭蓋骨を貫いた。
「見事です」
2人の戦いをしっかりと観察していたゼロは頷いた。
たかだか下位から中位アンデッドを倒しただけだが、2人の実力の一端を見極めるには十分だった。




