森の魔女
「職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~」の続編です。
前作で消化不良だったものを回収しに来ました。
よろしくお願いします。
その魔導師は森の魔女と呼ばれていた。
しかし、それは畏怖の感情が込められたものではなく、むしろ人々の尊敬の念が込められた呼び名だ。
若くして数々の魔法を操り、その知識も深い彼女は宮廷魔術師にすらなれる程の実力と人望を兼ね備えていたが、政治の中枢の堅苦しい肩書きなどに興味は無く、国の外れの小さな村の更に外れの森の中にある小さな家に籠もって悠々自適な研究の日々を送っていた。
とはいえ、彼女は孤独を欲していたわけではなく、ただ、静かな環境を望んだだけであり、村人との関係も良好である。
病人や怪我人が出たとあれば薬師としても村人のために尽力し、子供達には読み書きを教え、将来の選択肢を広げる手伝いをした。
時には村人と共に土にまみれながら畑仕事に勤しみ、子供達を連れて四季の野山を巡り共に笑う。
特に心に決めた伴侶などは居なかったが、静かな森の中の家で魔導研究に没頭できる環境、勤勉で穏やかな隣人達、そして可愛い教え子達に囲まれて幸せな日々を送っていた。
しかしながら、そんな幸せな生活は長くは続かなかった。
ほんの数日、研究に必要な薬草を採取するために家を、村を離れたことを彼女は絶望の中で後悔することになる。
目当ての薬草を得て山を降りてきた彼女はその中ほどで村の方向に幾つもの煙が上がっていることに気付いた。
魔導師だからこそ分かる尋常ではない真っ黒な煙の量。
彼女は荷物を投げ捨てて山を駆け下りた。
村に近付けば近付くほど臭ってくる異様な臭いは人の焼かれる臭い。
彼女の不安は凄まじい速さで大きくなってゆく。
少しでも、1人でも無事でいて欲しい。
彼女のささやかな願いは脆くも打ち崩された。
村に駆け込んだ彼女が目の当たりにしたのは慣れ親しんだ村の姿ではなく、大規模な野盗の集団に襲われた村のなれの果て。
略奪の限りを尽くされ、家や畑は焼かれ、女達は陵辱され、年寄りから子供までが根絶やしにされていた。
働き者の村人達、可愛い子供達の全てが物言わぬ骸と化しているその様、そして、新たに現れた獲物に下卑た視線を向ける野盗共の姿に彼女の心の中の何かが壊れた。
怒りと悲しみに駆られて魔力を制御できない。
なぜ、同じ人間がこのような所業を行えるのか、村人を殺した野盗が憎い、子供達を殺めた人間が憎い・・・。
人間が憎い!
内から溢れる魔力が渦となり、周囲を焼き尽くす業火となる。
彼女の視界が真っ赤に染まり、野盗だけでなく、村人達の骸や焼け落ちた家や畑までもを炎で包み、全てを焼き尽くしていく。
自分の身体に炎を纏い、森の魔女は炎の中に消えていった。
闇に落ちた魔女は人間を憎みながらただ虚ろな時の中を漂っていた。
そんな彼女を闇の中から呼び戻した者がいる。
差し伸べられたのが救いの手なのか、破滅へと導く手なのか分からないが、彼女はその手に縋った。
ただ、永遠の闇の中からの救いを求めて。
「さて、あらかた片付いたようですね。そろそろ仕上げといきますか」
ゼロの言葉にバンシーのアルファは真っ赤な瞳を開いて静かに前に歩み出た。
「畏まりました、主様」
目の前にはスケルトンロードやジャック・オー・ランタンに追い立てられた魔物達の集団。
その集団に向けてアルファは広範囲の凍結魔法を放った。
全てを凍りつかせるアルファの魔法に数十体の魔物達が纏めて凍りついた。
「上出来です。今回の依頼は穀倉地帯での大規模な魔物の群れの駆除。炎の使用が制限されていましたからね」
アルファに労いの声を掛けるゼロ。
アルファはカーテシーの後にゼロの背後に戻る。
憎しみに支配されて闇の中を漂っていた彼女が縋ったのはネクロマンサーのゼロの手。
アンデッドとして死霊術師に使役されることになり、レイスからバンシーへと異例の進化を遂げ、主であるゼロからアルファの名を授けられた。
アンデッドとなり、感情を失ったアルファだが、ゼロに付き従う今の状況を失いたくないという欲求を覚えている。
アルファが望むならば輪廻の門を潜り、星となって輪廻の渦に入ることもできるが、アルファはゼロの下を離れたくなかった。
これが何らかの感情なのか、今のアルファには理解出来ずにいる。