夢怖
昨晩、私を悩ませた夢の話をしようと思う。
本当に怖かったのか…と聞かれれば曖昧であるが、酷く不気味な体験だったことは確かだ。
いつも通り、そして夏休みの大学生然としてボーッと日中を過ごし、家族にご飯を振る舞いゲームをして、寝る前には動画を見て気付けば寝落ちする。
何の事はない、いつも通りを満喫した夜半、夢を見た。
ふと気が付くと緑の上に立っていた。
一面に足首より少し高い位の草が生い茂っている。
私は常々、夢を夢だと認識する方だ。
私の家の周りにはそんな自然豊かな所は無い。
だのに、何故か昨日は夢とは思わなかった、認識しなかった。
一面に広がる緑は、朝焼けか夕焼けかも分からないが、柔らかい陽の光と青い空の混ざった紫の光を反射して、どことなく普通の世界とは違う雰囲気を纏っていた。
ふと視線を飛ばせば、屋根のある木造の渡り廊下とそれに結ばれた大小二つの建物が見える。
また、渡り廊下の先には薄紫の地平線も広がっていた。
一つは某メイちゃんとサツキちゃんの家のような造りで私の正面に、もう一つは小さなドーム型の建物で私の視線の左側に。
どちらも深い木の色がその高齢を物語るような静かな建物だった。
さて、何故視線の左側なんて表現をしたかと言うと、確かにその緑に自分が立っているのに、そう認識しているのに何故か、この時私にはこの空間が絵画の一ページのように見えていたのだ。
その時ふと、家の方から「お風呂に入ったらどう?」と勧められた気がした。
ふと顔を上げると何か人のようなぼんやり白い塊が廊下の先を指差すのが見えた。
何を考えていたのか、私にはその時それが家族のように感じられた。
言われるがままに視線を左側へ動かす。
しかし[風呂]の位置が分からないから、指差す先にある小さなドームを目指そうとする。
パチパチと視界が切り替わる。
渡り廊下の前、渡り廊下の中、ドームの入り口の木のドアの前、ドームの中の小さな小さな舞台の前の客席の列の間。
コマ送りに進む自分を不思議にも思わず、一人ドームの中でふと思う。
「ここじゃない」
その時脳裏に残った最初の風景に、ふっと物が浮かぶ。
ドームの手前、渡り廊下の横に[風呂]があった。
今思えばそれが風呂かどうかは実に疑わしい、黒く艶々した陶器を思わせる光沢を持った円形の何か。
その直径はおよそ1㍍50㌢と言ったところか。
それに底があったのかどうかも定かじゃない。
しかしその時私はそれを[風呂]として認識していたことは間違いない。
次の瞬間に視界は最初の景色に戻る。
さっきまでは認識していなかった[風呂]をしっかりとこの目に捉える。
コマ送りにそこへ近付くと、遠くからでははっきり分からなかったが、そこによく見た、うちにあるのと同じような脱衣かごが見える。
やっぱりこれが[風呂]かと認識する。
服を脱ごうかと思ったその時、頭に疑問が沸く。
なぜこんなところに[風呂]が?
なぜこんなところで[風呂]を?
これにはいるのか?どうして?
服にかけた手をそっと離しかけて気付く。
「虫だ」
脇腹の辺りに陸棲のフナムシの仲間のような虫が付いていることに気付く。
慌てて手で払い除けるが、一匹では無かったらしい。
シャツの隙間から上半身へ、次いでうぞうぞと下半身へも移り這いずり回る。
あまりの不快感に大慌てで服を脱ごうとする。
Tシャツに短パン、ただの寝間着が一向に脱げず不快感のみが募り焦る。
脱ごうとすればするほど、不思議と服は脱げなかった。
叫び声を上げたいほどに取り乱したその時、目が覚めた。
目が覚めて直ぐは夢だと分かった安堵感と、何故服がすぐ脱げないのかと理不尽を呪い気色の悪い[虫]の夢だと思っていた。
しかし本当にこの夢の本質はそこなのだろうか。
私が[風呂]に入るのを躊躇ったとき、まるで私を急かすように、無理矢理にでも服を脱がせるかのように、虫は現れた。
きっと服が脱げていたなら私は迷わず、その虫を払うために[風呂]に飛び込んだだろう。無防備に無計画に無頓着に、その[風呂]に飛び込んだだろう。
底も知れず何とも知れない[風呂]とされる何かに、迷わず吸い込まれた事だろう。
初めは見えても居なかった何かに、その身を預けたことだろう。
あれが何であそこが何処なのか、二つの建物は何だったのか。
私を促した人型は何だったのか。
皆目検討も付かないが、一先ず、あれに入らなかった事に今安堵しているのは確かだ。
もしあそこに入ったらどうなったのだろうか、私には分からない。
もし、あなたがあそこへ行くことがあったなら、是非あの穴を覗いて欲しい、是非あの家へ入ってみて欲しい。
何故こんなお願いをするのかって?
もう一度あそこへ行くなんて、私はごめん被りたいからだ。
こうやってしっかりと纏めてみると、本当になんだったのかさっぱりわからんちんでゾッとする。
本当の所、気になるけどやっぱもう一回みたい夢ではないw