京師にて④
「なあ澪。どーしてこうなっちまったんだろ? 『オレ』にも分かるように教えてくれよ」
「私が逆に訊きたいわ!」
廃屋の壁に身を隠しながら怒鳴り合う「オレ」達。
何で怒鳴り合ってるのかというと、石礫がひっきりなしに飛んできて壁に当たる度に凄い音がするからだ。
落ち着いて状況を整理するために、今朝の出来事から思い起こしてみる事にする。
「ワシ等で話し合ったんじゃが、こういうのはどうじゃな?」
早朝、長老らに叩き起されて聞いた話は画期的だった。そもそも合戦の助っ人として必要とされるほど、礫合戦というのは危険なモノらしい。それは昨日、ウチ等の村で見た技術でもよく分かる。
手練れともなると鎧の隙間を縫うように当てる事すら出来るとか。
特に顔面に当たると命に関わるので、逆転の発想として共にドンブリ鉢を被ってそこだけを狙うという決め事にして、競技性を高めればどうかという提案だった。
確かにそれなら生還率も高まる。なにより、我々は有岡城を攻めて功を成すまで死ぬ訳にはいかないのだ。それにこういった競技性が高い遊戯だと、遊び好きな河原者は乗ってくる可能性が高い、と長老達は教えてくれた。
「それとこれは我等からの心づくしじゃ」
そう言って手渡されたのは人数分の菰。
「…?」
ポカーンとした顔でソレを見つめていると、虎が後ろから頭をはたいた。
「お前等はソレのありがたみが分からんのかニャ。手萎え足萎えの身で編んで下さったんニャぞ」
それについては本当に頭の下がる思いなのだが、そもそも何で菰なのだ?
でもそれを言い出すと又、虎に頭をはたかれそうなので黙って礼をした。
祇園社中の白河衆・宝来ダンザエモンは、顔や体躯はイカツイが礼儀を知る爽やかな人物であった。僧形に後方に差した赤い傘と、6尺棒がそう見せるのかもしれない。
そこでさきほどの“競技”を説明すると涼やかに頷いた。
「…むう、分かり申した。我等とて無用の流血を避けたい所。ではその決め事で正午より開始しましょうか」
話は最初、とても順調に進んだ。
が……
「ちょっと待ったぁ!」
甲高い声が会議を途切れさせる。
「ゲッ! そ、その声は……」
幔幕の後ろから現れた姿にギョッとする「オレ」達。何も知らない宝来がにこやかに紹介をしようとするが、こちらは充分、熟知の仲である。
「ああ、紹介します。昨晩より我が河原宿へ逗留しております―」
「知ってます、コイツ等知り合いッス」
変な語尾で遮ったのはそう、なんとヒナだ!
「…ヒナ…な、何でココに……つうか、一体何のつもりだ?」
「フッフッフ…アタイだけ差し置いてアンタだけが幸せになるのを認めないッス。よって、アンタ等の計画を潰させてもらうッスよ!」
大胆不敵に笑うヒナ。かつての下がり八の字眉毛は今や逆八の字で憎しみに吊り上がっている。
「うう…なんつう前向きに後ろ向きな!」
嘆息する信乃。
「でも、何でココが?」
「オレ」の問いを心底見下した顔でヒナが応じる。
「昨日の印字打ちを見れば、地の利を考えても白河衆ではないかとスグにアタリは付くもんスよ」
ポンと「オレ」の肩を叩きながら澪が心底残念そうにつぶやく。
「…悪七、アンタ釣り逃した魚は大きかったねぇ……」
「え、何の事?」
「こんだけの器量…ヒナの婿になっていれば今頃アンタ、侍くらいなれたのにねぇ」
「ぬぐぐ……」
「まあ、この様子じゃ尻に敷かれてるだろうけどね」
「ヌヒヒヒヒ!」
信乃の余計な一言に、無邪気に笑うルキ。まるで他人事だ…本当に腹が立つ。
こっちがルキに囚われている間に、ヒナが陰湿な笑みを浮かべながら宝来に余計な耳打ちをする。
「きっとこの連中の事だから狡い抜け道とか卑怯な手を考えてるッスよ。その小僧の腰廻りを調べてみるッス」
「ヒナ、なんつう……」
ヒナはちゃんと知っていたのだ、「オレ」が我が家の宝刀・小烏丸を肌身離さず持っている事を。
幼馴染であるからなのか、コチラに気付かれずに見張っていたのか……会見の席で刃物は厳禁なのはいくら無知な「オレ」でも知っている。しかし、大切な宝剣を他人に任す訳にはいかない。それにルキが「大丈夫、上手く隠しとけばバレやしないョ」と言ったので、半袴と腰帯で適当に見繕っていたのだ。
あっという間に顔を隠した白河衆が数人出てきて、『オレ』を取り押さえてしまい、腰の小烏丸を捥ぎ取ってしまった。
「…むう、懐剣を忍ばせての話し合いとは…油断ならん!」
「ヌホホホ…要らん浅知恵使うからそーなるのさ」
こんな時になっても他人事なルキの放言に、遂に堪忍袋の緒が切れた。
「う、うるさい! 元はと言えばお前が……」
それにコイツ等に小烏丸を奪われたら、お前の報酬は無くなるんだぞ?
―お前と「オレ」を繋ぐ物が無くなるんだぞ?
「だまらっしゃい! これで我等の提案はオシャカになったんだぞ!」
虎と澪の同時一喝で、場はシンと静寂を取り戻す。
宝来はシゲシゲと「オレ」から取り上げた小烏丸を見ながら、まんざらでもない様子で虎を見返す。
「その通り。しかし“鉢”の案はなかなか良かった。なので最終的には鉢を割ることで決着をつけるが、その他の場所を狙っても良い事としよう。よろしいな?」
「う…はい……」
このまま要件を呑む以外、無事に帰る事は出来なそうだ……だが、小烏丸はなし崩しにダンザエモンの収拾物になりそうな流れになってしまった。
と、その時、「いや、もう一つ要求がある!」と急に声を上げたものが居た。
「る、ルキ?」
「こちとら人数が少ないんでえ。だからお互い10人ずつ選抜して勝敗を決める、代表戦としよう」
制約が多ければ多い程、競技性は増す。そしてそれは遊び好きな河原者にとっても望む処……長老達が言っていた事は本当だった。興味を示しだすダンザエモン。
「ふむ、異存は無いが…条件の上乗せするならそれなりの旨味もこちらには必要だぞ」
こんな雰囲気で何の物怖じもせず駆け引きが出来るというのは、魑魅魍魎かルキくらいのモンだ。
「何がお望みで」
「お前等の家財一切没収と、それと人買いに売りさばこうかの」
「よっしゃ、ノッタ!」
「乗るなー!」
ルキが膝頭を打つ音と『オレ』達のツッコミが炸裂するのは同時だった。
「バッカ、よく考えろ! 家財一切と言ったじゃねえか。ということはダンザ……」
ニタリ…と音のする笑みを浮かべて、ルキがダンザエモンへと向き直る。
「その刀、この勝負が着くまでお預けだぜ?……さあ返しな!」
「ううう…!」
しぶしぶ小烏丸が戻ってきた。なんていう奴、ここまで駆け引きが上手いとは…最も敵にしたくない相手こそ、ルキなのかもしれない。