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攻城のルキ  作者: いのしげ
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京師にて③


 満天の星空の元、河原であちこち談笑や歌が聞こえる。そして焚火と煙がもうもうと立ち、辺りくまなく肉の焼ける臭いが充満する。これが河原者たちの生活らしい。随分と野趣あふれる……が、何となく楽しい。

 「スミマセン、お客人ニャのに肉ではなく魚で……」

 「いやいや、こっちの方が正直ありがたいっす」

 そう言いつつ美味しそうに焼けた魚を頬張りながら、虎もこちらの円座にと加わっている。肉なんて喰った事無いし、何より澪の拒否反応が凄かったので魚をお願いしたのだけれど…本当の所は、少し食べてみたかった……

 そう思った時、片手に骨付き肉を持ちながら口の中をモチュモチュさせながら、雑に焚火の前へ座った人物、そうルキだ。

 「なーに? 屠畜とちくはしてないのかい?」

 肉に関する需要は実際高まっているらしい。戦時いくさどきの兵糧食に干し肉は重宝がられるし、耶蘇教文化も広まって、肉を焼いて食べる風習も京師を中心に広まりつつあるらしい。

 「イエイエ。してはいますが、やはりなんだかんだ言っても白河衆の方が本場ニャので……」

 「よく分からないんだけど、白河衆は“非人宿”だろう。で、こっちは“エタ”と。何がどう違うの?」

 ここぞとばかりに信乃が質問してくれた。そう、『オレ』もそれがよく分からなかったんだ。

 それに対し、虎がコホンと場を一旦区切ってから厳かに語りだした。

 「職業的な差とか区別ではなく、古の種の違いという話を聞いたことがありミャすニャ。彼等『非人』はハヤトや出雲からの流れで、我等は東国『蝦夷』からの流れだとか聞いた事があります。あ、あと葛城の土蜘蛛ですニャ。…ホントの所はどうだか判りませんがニャ……」

 フウム…でもそれって随分昔の話で、全然関係無い子孫の代まで引きずらなきゃいけないモノなんだろうか? 

 「ま、いつでもそうさ。人間ってえのは弱い奴が更に弱い奴を探し出して、悦に入りたいんだ。じゃないと不安でしょうがなくなっちまうんだろうからな」

  『オレ』なりに一生懸命考えた末、答えを出すと隣でチャプンと音がする。ルキがいつの間にか酒瓶片手に一杯呑み始めていた…アレ、チョット待って…アンタ子供だよねえ? しかも女だよねえ。

 い、良いのか? 

 もう酔っているのか、少々趣旨の違う事をルキが言い出し始めた。

 「フヒヒヒ、たまには良い事言うじゃん悪七ぃ…それに上の人間てえのは、税を効率よくカッパゲルよう、人間を土地に縛り付けたいのさ。そうした視点で見りゃ、オレッチやカワラモンみたいな無宿人は厄介者扱いなのさ」

 途中で流石にルキも単なる自分の愚痴にすり替わっている事に気づき、ちょっと顔を赤らめつつ咳払いをして誤魔化そうとした。

 「…まあ、そういう話は良いやな。それより明日、勝機はあるのかい?」

 折角のごまかしも、顔は笑っているのに怒る虎の一喝で微塵に吹き飛んでしまった。

 「…だから貴女に、それをお願いしてるんじゃニャいですかあ!」

 「なんだかルキの周りってややこしい話ばっかり集まるなあ……」と、密かに呟いたつもりだったが、こういう事だけは耳聡いルキにしっかり聞かれてしまった。 

 「お前がそれを言うかあ!」

 途端に頭をグリグリといたぶる赤髪の少女。

 「ううう、それを言われるとツライ……」

 

 「まーまー、今日は疲れたし、チャッチャと喰ってチャッチャと寝ちまおうよ」

 早くも“嫁”能力を発揮して、後片付けを始めながら信乃が仕切る。

 しかしルキは顔を真っ赤にしつつも呑むのを止めない。コイツ…メンドクセエ!

 「信乃のいう事も尤も。…しかしあちらに居る御仁等は一体?」

 いつの間にか酒をルキに注がれてお相伴している澪が、すぐ隣の焚火に集う人達を顎で示した。見ると確かに、全身を包帯やら白い布で覆い隠している。

 虎が何事も無いように軽く答える。

 「ああ、彼等はらいの連中ニャ」

 「ウッ、…ご、業病の者共か!」

 反射的に退けぞって無意識に腰の刀に手を掛ける澪。場の空気に緊張が走る。

 こちらも穏やかな顔ではない虎がヌッと立ち上がる。長身の彼女が立ちはだかると、中々に威圧感がある。

 「…あのね、“業”なんて言葉使ってるけど、実際やってる事は厄介払いじゃニャいか。貴賤問わず、普段『家族の絆』とか『ずっと友達でいましょうね』とか言ってる奴に限って、病に罹ったと分かった瞬間、ココに捨てに来るニャ。人の心ってああも見事にひっくり返るのかニャ?」

 流石に気不味くなったのか、澪が刀から手を放し、元の席に戻った。

 信乃や『オレ』は自分の村から出た事の無い世間知らずだし、ルキは別格としても、もしかしたら澪の反応が一番京都の人々のマトモな反応なのかもしれない。そういった意味で澪は知識とか常識に溺れてしまったのかもしれない。でも、それならばそういった知識とか、常識ってなんなのだろう?

 「フフフ、ここ『公界』に居る者達は大なり小なりそういう経験を持っているが、それを客人に当たっても仕方あるまいて、虎さんや」

 白けてしまった場の空気を和ませる為か、癩の連中が2人、こちらへと席を移してきた。確かに杖をついたり、包帯づくめで、よく見ると手の指が無かったりして息を飲んで構えてしまう。

 虎も大人気ないと思ったか、白づくめの老人に促されて大人しく座り、ついでにルキの差し出す酒をほぼ無意識で呑んでしまった。

 「ワシ等だって、なってみるまでは関心すら持たなかったんじゃから」

 ひときわ小さな白づくめの一人が自嘲しながら、器を差し出した。さも当たり前の様にルキが酒を注ぐ。

 「長老はニャ、病になる前はやんごとなき殿上人だったのニャ。そんでも病と分かった途端、家族が河原にポイって訳ニャ。薄情なもんだろ?」

 生・病・老・死は貴賤問わず誰もが避けられない摂理という事か。身分社会って思った以上に薄っぺらい存在なんだろう。

 だからこそ、ルキは権威を一切意に介さないのか。

 思い切って“愚者”の役割だからこそ出来る質問を問いかけてみた。

 「何故、石川党や白河衆達、河原の皆さんは看病するんですか?」

 フフフ…と、ルキが鼻で嗤う。

 こっちの意図を見透かされてたか。だが虎は至って自然に答えてくれた。気付かなかったのか、それともルキだけが敏感なのか。

 「我等は伝統的にこの病が罹り難いものだと知っているんだニャ。なにより、ずっと迫害を受けた我々だからこそ、“人としての最後の尊厳”であり続けたいんだニャ」

 虎の言葉をルキが継ぐ。

 「コイツ等は他の誰よりも縁とか絆を信じていないのさヒヒヒ。だからこそソレを大切にする…ややこしいだろう、フヒヒヒヒ!」

 そんなルキの気味悪い笑いの後、再び虎が締めた。

 「“公界”とは忌み言葉で、本当は“苦界”なんですニャ。ココの実情をよく表してるニャ」

 「ふうん…じゃあ、ルキもそうなの?」


 やはり、ルキに“ぶりっ子”は通じない。月を見上げたまま立ち上がり、瓶に残った酒を直接口伝手で呑みほしてから、ニヤリとこっちを向いて答えるのだった。


 「悪七はまだ子供だから教えてあげない~、フヒヒ」

 

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