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攻城のルキ  作者: いのしげ
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攻城のルキ 終話


 「…で、ルキとヒナとやらは跡形も無く爆発四散してしまった……と申すか」

 「さいでございます」

 オカシイ。さっきからこの報告をしている男、何か様子が違う…と明智光秀は思った。

 かつて村で見たこの悪七という『少年』はもっとオドオドしていて、ともすれば一番逃げだしそうな感じであったのに。今、ここで堂々と報告をしているのは何者だ?

 大体、こんなにも髪の毛が赤かったか? 

 それになんだか腰つきとかが女っぽくないか?

 会わずにいた15日間くらいで、こうも人間は変わるモノなのか?

 自分に問う。本当にこれは『悪七』なのか? 

 少々不安になって隣に控える秀満に目をやった。

 「は、我々馬廻り衆は敵・大将格の阿古姫を追うのに夢中でございまして、この者達がどうなったかまでは確認できませなんだ……」

 「たわけ」

 冷汗を拭いもしない秀満を冷ややかに一喝する。

 「あれほど退き口での深追いは危険だと申しておるのに……伏兵が居ったらどうするのじゃ」

 「は……申し訳もござらん」

 「それで……」

 悪七が話に割り込む。

 「女村の方は屹度御役目を果たしたので、放免という事で宜しいでしょうか?」

 先ほどから気になっている事……それは仲間が死んだというのに、一百姓がこうも清々とした顔付きで平静に報告が出来るモノなんだろうかという事。

 それに話し方がなんだかアイツに似ている……そう、ルキに。

 今一度己に問う、コイツは『悪七』なのか?

 「殿、滝川勢からもこの者達が正門を破却した事、報告が参っております」

 長考していると思った斎藤利三が口添えをする。

 「うむ……」

 正直、あの『盤古練』という武器は欲しかった。これから先、石山本願寺を含めて使用する事も多くなる筈だろう。

 だが、肝心のルキが居なくなったのでは再度作り直すのは困難かもしれない。一応碽という雑賀の鍛冶工は居るとはいえ、運用までは期待できないだろう。

 …待てよ、そこを含めてルキが死んで、更に『盤古練』が破壊されたと報告しているのではないか、コイツ。

 疑い出したらもうキリが無い。というよりウソを付いているとすれば、それはそれで豪胆な話だ。

 「分かった。そち等の働き功一等につき、女村の兵役は免除、それに今年の年貢も不問とする」

 「ふひひ~、やったね太っ腹!」

 「コレ、殿の御前で失礼じゃぞ、それにまだ城が落ちた訳ではない!」

 利三が思わず怒鳴った。そう、有岡城の惣郭そうくるわは落ちたが、まだ二の郭や本丸は頑強に抵抗を続けている。が、それも時間の問題ではあるだろう。

 「イヒヒ、さーせん」

 …ルキと悪七…そういえば年格好も似ていたな……

 「お前の所望するこの癬丸もくれてやろう……で、その帯びている小烏丸はどうするのじゃ?」

 「アハハ、コイツですか?……さあて、伊勢に船旅しようと思っておりますので、その折にどこかの宮代へ奉納します。個人で持つには重すぎますからね」

 「ふむ、殊勝な心がけ。ではお主は海運業に勤しむのじゃな?」

 「いえいえ、見聞を広めようと思っておりまして」

 「ほう、見聞とな? 語り部になると申すか」

 「いえ。カタリベです」

 なんで言い直したのか、良く分からぬがそれもまあ良い。この者を手放すのはなにか…とても勿体ない気がする。

 「では十分見聞きして、それが終わったらワシの元で御伽衆として仕えぬか」

 「へへえ、そのうちに考えておきます」

 

 「いいんですかい?」

 悪七が退座すると同時に背後から声がした。

 「イスカか…御役目御苦労。それよりお主…報告に何か手抜かりは無いか?」

 「あやややや、そんな事は決して……!」

 忍びの者があいつ等に情に絆されたか?…まあ、それはそれで面白い。

 「殿、破格の褒美でございましたが、よろしいのですか? ワシの見立てでは吾奴、嘘を付いておりまするぞ」

 ジロリとイスカを睨みつつ、利三が文句をブチブチ言った。

 「良いのじゃ。仏の嘘をば方便といい、武士の嘘をば武略という。これをみれば、土地の百姓は可愛いことなり」

 可愛い子には何とやら……いつか役に立つ事もあるじゃろう。そう思って光秀はフッと笑った。

 「イスカ、お主はもう少しあいつ等を付けてワシに逐次報告するように」

 「あややや……殿も分かってらっしゃる。では失礼ちーっす!」

 イスカがだらしなく笑うと、するりと視界から消えた。ちょっと忍びの者を甘やかし過ぎかな? 


 ~この後、3年後に明智光秀が本能寺の変を起こすのは有名な話であるが、その後も生き続けて、天海僧正になった等という噂がずっと続くのは、何者かのカタリベが吹聴したせいかもしれない。

 同じく、三宅弥平次こと明智秀満も、琵琶湖を馬で渡っただの勇壮な武勇譚がまことしやかに聞こえてくるのは、有岡城での助太刀がお陰…かもしれない。~全ては推測の話ではある。

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


 「碽はこれからどうするんだい?」

 明智の陣から戻った『オレ』が声をかけると、今までにない自然な笑顔を浮かべて碽が答える。

 「私は必要な鉄の情報や弾道等の知識を得る事が出来たギ、堺の親父殿の所へ帰ろうと思うだギ」

 「そっか…また会えるよな?」

 「モチロン!」

 すると虎もはにかみながら語りだす。

 「悪七兄さん、アチシも自分の兄貴の事が心配なんで、ここらでサヨナラするニャ」

 「そっか…色々ありがとうな」

 「こちらこそ、とっても面白かったニャあ。兄さんが京都に来る時は是非声をかけてください。長老共々お待ちしてますニャン」

 二人とも実に淡白に、後ろを振り返ることも無く、片手を振ってそれぞれ別の道へと去って行った。

 ルキやヒナの事は聞こうともしなかった。生きているのが当然と言わんばかりな態度。

 「生きていれば、またいつか必ず出会えるもんな」

 二人の背中にそっと呟いた。


 ~芝辻碽はその後、榎並屋の誰かとでも夫婦になったのだろう。表舞台に名前は出なかったが、その息子の芝辻理右衛門が献上した大砲が大阪の陣で功績を果たす。その時、碽がどこで何をしていたのかは想像に任せるしかない。

 虎はどうしたのか全く分からない。兄の石川五右衛門はその後、太閤・豊臣秀吉によって釜茹でとされるのが分かっているばかり。きっと悪七の後を追っかけたか、それなりに楽しく生きたのだと思う。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


 「信乃も村に帰るか」

 「ええ、助郎次達も一緒に村に帰れる事になったしね…本当にありがとう。全て悪七のお陰だよ」

 「そんな事無いってば。全部、ルキのお陰さ。それに…運もあったよ」

 「そうかな…そうかも。それより悪七、アンタも一緒に村に帰ろうよ。きっと英雄扱いだよ?」

 「いいんだ。元々村八分だったし、良い思い出もあんまり無いしね……」

 「そっか……アンタはこれからどうするんだい?」

 「オレかい?…秘密。また会う事があれば教えてあげるよ、ウヒヒ」

 「ふうん? ま、いいさ。アンタがどう思うと、我が家はいつでもアンタを待っているよ」

 「…ありがとう」

 信乃はそう言うと、いそいそと助郎次が居る明智勢の陣の中に戻っていった。

 しかし自分にも帰れる場所が出来た。そういうのはなんだかチョット嬉しい。この不安定な時代だからこそ、細い縁にも縋りつきたくもある。だけど、まだその時じゃない。

 「…行ったか。では拙者も」

 後ろで隠れていた澪がやっと顔を出した。脇には大きな侍が控えている。新免迩助だ。

 「澪も行くのかい?」

 「ああ……」

 顔を真っ赤にしながら澪が頷く。

 一番びっくりしたのが澪だ。「吊り橋効果」…というのモノがこの時代あるのかどうかは知らない。だが迩助と澪はあの戦闘で何か感応するモノがあったらしい。 

 爆発をお互い庇い合って生き延びたあと、迩助が敗北を悟って「ワシの負けじゃ。この首どうとでもせい」と言った所、澪が「じゃあ、拙者の一生の面倒を見ろ!」と告白。

 それで新免迩助の故郷へと里帰り…という事らしい。ケッ、こっちが必死で戦っていたのに、勝手に二人して盛り上がってやがって…という雰囲気を読んだのか、二人とも皆からずっと隠れるようにしていたのだ。    

 「じゃあな。澪も色々ありがとう」

 「いや、拙者こそお恥ずかしく……」

 「いいじゃん、目出度い事何だからさ。落ち着いたら便りをくれよ」

 「ああ、必ず!」

 「では、失礼する」

 そうして二人して仲良く作州の方へと下っていく。まあアレも一つの女の幸せだと思う。


 ~信乃の家は太兵衛に代わって長者の家となり、漬物の売れ行きも良くてそれなりに繁盛した。そして子供がそれぞれ商家を起こして、江戸へと引っ越す事となるのは随分先の話。

 迩助は無二斎と名を変え、相変わらず諸国修行の旅に勤しみ、澪との間に男子一子を授かる。武蔵と名付けたその子がどう成長していくはこれからのお楽しみ。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


 「さあ…て。と」

 独り呟き、“騙り部”として最初に騙した明智日向の事を思い浮かべる。あの様子だと、こっちの腹は見透かされていたかもしれない。まだまだ前途多難、先が思いやられるモノだな。

 ぼんやり東へ流れる鱗雲を見上げながら、先程までの会見を振り返っていたせいだろうか、後ろから近づく、それに気づくのが遅れてしまった。

 後頭部に凄い衝撃、そして道の脇の土手まで吹っ飛ばされてしまった。

 「バッキャーロ、どこ見て歩いているんだ、このスットコドッコイ!」

 な、なんだか昔にも同じ事があった様な……

 起き上がると、大きな馬と荷車。鼻息荒く、馬がいななく。

 「いよーッすアタイだ! 死んだと思ってた? 生も死も埒外よ、もしかすっとオメエが死んで、これは走馬灯かもしれねえぞ?」

 赤い髪の少女が吠えているのだが、逆光でその人物が良く見えない。

 「何ボケっとしてるッス悪七! 早くしないと、おかしな奴が追っかけてくるッスよ?」

 もう一人も居たのか。

 逆光? 涙? 良く見えないまま差し出された手を握って起き上がる。

 確かに向こうから忍者みたいな恰好をして、だらしない走りをしながら手を振る奴が見えて来た。

 「おおっと急がなきゃ…じゃあ行くか」

 「嗚呼。どこまでッス?」

 「唐・天竺も越えていこうぜ」

 目にやっと移った二人を見て、声が思わず震えてしまう。

 「よっしゃ!」

 やや遅れて「あややや…あっしも乗せてくださいよ~、もう走るの疲れた~」という声。

 



 これが「騙り部」としてのオレの次の仕事。どこまでが本当でどこからが嘘だって?

 その答えはオレが言うんじゃない。皆で見つけるもんだぜ。

 


こんな大晦日に投稿するもんじゃないですが、仕事が忙しく、こんな日程になってしまいました。申し訳ございません。

「煙に巻いたような主人公が嘘を、見て来たかのように語る」というのがコンセプトにありました。万人受けしないのは重々承知の上ですが、書いてて面白かったです。

一応、某大賞の最終選考には残った作品でもあります。しかし、誤字脱字が多く、寧ろよく残ったな…と思います。今回再録に当たって、大幅に見直ししました。いちおう、辻褄は合わせたつもりではありますが、気になったら指摘ください。

もう一つ、ややバッドエンドバージョンもあります。気になる方が多々居りましたら、そちらも付けます…が、蛇足は蛇足ですよね。 

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