有岡城にて⑩
「悪七、あと二回“曳く”ぞ!」
え、なんで? とルキに言いかけて、思わず噴き出す。
幔幕の向こうからゴロゴロと大きなくす玉が転がり出てきたのだ。
「ナニ……コレ?」
「ナニって……栗山善助が中に入ってるんだよ」
確かによく見ると微動しているし、呼吸音も聞こえる……コイツ…生きている!
「ななな……ナンデ!?」
驚く『オレ』の顔を馬鹿にして、ため息一つ吐きながらルキが当たり前の様に答えた。
「ナンデって……『盤古練』で打ち出して殿さま救出に行くために決まってんだろう」
その後ろで碽が頷く。確かにそう言った話があったのは覚えているが、まさかこんなアホな方法で行くとは思わなかった。
「衝撃に耐えられるよう、中に竹細工して撓る様にしてるだギ。理論上は大丈夫…きっと」
しかしなんだか言葉の歯切れが悪い。耳に手を当ててブツブツ言ってる碽の口元に近づくと、「ただ、飛距離が落ちてしまうので濠端に落ちやしないかが問題だギ」とかぬかしていた。
狂ってやがる……
あたらムザムザ死なせてしまうのも寝覚めが悪いので抗議しようとしたら、そのくす玉が声をかけてきた。コイツ…しゃべるだと?
「良いのです、悪七殿。並みの方法では我が殿を救い出す事は出来申さぬ。例えオカシイと思うやり方でもやってみるのが侍の生き方なのです」
くす玉の声は意外にも落ち着いていて穏やかだった。ヤケクソ…という感じではない、息を吸って吐くのが自然なように、コレがとても自然だと言わんばかりな口調だった。
「でも…それで死んじゃったら犬死じゃないか」
助けようと思った相手に諭されてちょっと不貞腐れた『オレ』が、下唇をつき出して軽く不満をぶつける。だがくす玉は歳の功、カラカラ笑って一笑に付した。
「不惜身命、死中にこそ活を求めるものですよ。それに例え死んでも仲間が居ます。仲間に託せるっていうのはなかなか良いもんですよ」
仲間…聞きなれない言葉だけど、なんだかキラキラ感じる。
「それが侍…なのか。『オレ』もそんな存在になれるのかな?」
くす玉、穏やかに答える。
「なれます。侍は資格じゃない、心に飼うモノです。己を律し、そして使命を共有出来る仲間がいる事…それを満たせば誰でも侍なんですよ。刀槍を振り回すだけが道ではないのです」
やり取りしている内にいつの間にか、くす玉は『盤古練』の匙の部分に載せられていた。
壁や門に当てる訳ではないので、仰角一杯に上を雄々しく向いている。
「お、おい…これで大丈夫なのか?」
「兄さんは黙るニャー、アタイらが丹精込めて作ったくす玉だよ。中には竹細工の骨組みを入れて衝撃を和らげる様にしてるし、綿も詰めてあるもんにゃ!」
虎がプリプリ憤慨してるが、そうじゃなくて、角度的にあんまり仰角にすると飛距離が足らなくなるし、危険じゃないのかな。でも肝心の碽は暗い顔してブチブチ言ってるだけだし……
「悪七殿、さらば! お互い生きていたら、また相見まえようぞ!」
「発射よろし!」
くす玉と碽の掛け声は同時でどっちが先かは分からなかった。
先ほどの弾とは違い、やや滑稽にボヨーンと宙を浮遊するくす玉。それでもなんとか城壁の彼方へと消えて、ボフンと空気の抜ける音が聞こえた。無事、辿りつけたのかなあ。
と同時に空気を切り裂く音がして、鹿革で編みこんだ弦が一部、千切れ始めた。
「むぅ……やはり急ごしらえの弊害か。限界が来ているようだギ」
「それは困る、ワシも打ち出してもらいたいんじゃが」
声をした方を見ると、これまた珍妙な格好をした鎧(?)武者が居た。
「母里太兵衛殿……」
『オレ』が何を言ってるか分からねえとは思うが、言ってる『オレ』にも説明が難しい。が、なんとか見たまんま説明してみる。
太兵衛は鎧を着けてはいるのだが、幟旗を指す為の土台『 合当理』が上下逆に付いており、尻に向けて6尺ほどの棒が伸びている。だから背筋が真っすぐになれず、猫背で屈んだままだ。
背中と腹に大きな『母衣』を装着しており、まあ、きっとこれが緩衝材になるんだろう。
「旧き文献に唐土の『火箭』は長い棒で方向を制御したとあるギ。理論上は間違ってないだギ」
『オレ』が何か言おうとするよりも早く、碽が早口で制した。
「ま、まさか……」
「応よ、飛ばすんよ。誰かが夜遊びしたからくす玉を二つも作れなかったからな~、フヒヒ」
ルキが嫌みたっぷりにニヤリと笑った。
「おい、急げ! 城門で小競り合いがあるぞ。城方が反撃に出るのかもしれん!」
なおも何か言いかける様としたが、井上九郎の叫ぶ声でかき消された。
「九郎さん。アンタ、仲間がこんな仕打ちされて平気なんか?」
「構わん。もし太兵衛も善助殿もダメなら拙者がこのまま城門から侵入して、殿を助け出すだけの事よ。任務の為には犠牲は厭わぬ。それが拙者の思う武士道よ」
三者三様に。三人居れば三つの方策でそれぞれ試す。
確かに合理的だが、それではあまりに冷たすぎる。脳裏に明智日向守がよぎった。
『オレ』の顔を見た井上九郎がフフンと鼻を鳴らす。
「…気に入らぬか。ならばお主なりの答えを見出せよ」
そして付け加える。
「責任を負う事。それが侍じゃ」
「ええい、ままよ!」
考えていても先には進まないので、流れる汗もそのまま、全員でギチギチ音を立てている弦を今一度引き絞る。
ガチリと上手く納まった太兵衛が満足そうに頷いて、こっちを見た。
「そうじゃ、悪七。お主も侍よ」
「え……?」
「侍なんて“なる”もんじゃない。気づいたら“なって”いるんだ、ガハハハ!」
「いいから口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
井上九郎の忠告も空しく、母里太兵衛は大声で笑いながら、文字通りビョ~ンといった風情で城の中に飛び去っていった。
「…うむ。拙者もそろそろお暇しよう」
笑い声が聞こえなくなるのを待って、井上九郎が立ち上がった。そして城門へと視線を向けてこっちを見向きもせず背中で告げた。
「拙者は彼らとは違う。お主は侍とは思わんし、なれとも言わん」
そして二の句を継ぐ。
「…だが信念は持て。それが己を強くする」
それだけ言い捨てると、城門へと駆け去っていく。彼らの言葉がそれぞれ頭の中で木霊する。
自分がなろうと思っていたのは、環境への反発、ひねくれた心、そうした中での凝り固まっているつまらない自尊心を満足させて、感情を発散させるだけの「身分」だったのかもしれない。
「ありがとう、三人侍……」
なんという家中の者だったか忘れてしまったが、短期間ながら得難い出会いだったと思う。これが終わったらまた会えるかな?
パーンと破裂音が聞こえた方に振り返ると、弦が完全に千切れていた。
「やる事はやったし……丁度良い、撤収すっか」
ルキが肩を竦めて動き出した時、門から法螺貝の音がけたたましく聞こえた。
「荒木家の与力衆だ!」
城門でゴチャゴチャ争っている敵味方を構わず蹴散らし、怒涛の勢いで駆け寄ってくる100騎足らずの騎馬隊が見えた。全員、青備えの具足を纏っている。
ルキが叫んだ。
「やっべぇ~……荷物まとめて逃げるんだよ!」




