有岡城にて⑨
寄せ法螺貝と打ち鐘が同時に鳴り響く。
寄せ貝の方は滝川家の陣中から、打ち鐘のジャンジャンは城方から。
そりゃそうか。一年以上閉じられた城門が突然ポッと空いたのだ。城方にしたら晴天の霹靂、攻め手にしたら絶好の好機である。
ボンヤリしていた滝川家の雑兵達が慌てて、戦仕度に奔走し出した。
「気をつけろ、ここからなし崩しの戦いが始まるぜ!」
ルキの呼びかけもそこそこに、またもや荷車を装填地点に固定し、牛の次郎丸の手綱を引っ張る。
「ふもも~う」と次郎丸もやる気満々だ。とはいえ、やはり一大事。なかなか引き絞るのに手間がかかる。
「城方、推して来たぞ」
碽の掛け声を聞き、思わず城の方を見た。
すると籠城していたとは思えない、何やら珍妙な鎧や兜を装着した者がワラワラと、崩れた城門から這い出てきたではないか。中にはおかしな幡や、馬鹿としか言いようないが褌一丁に兜だけで刀を背負っている奴までいる。
そんなのが約50騎ほど。それぞれ名乗りを上げる者、奇声を上げる者、とにかくなんか分からんがむやみに嫌悪感だけが募る。
「ルキ、アレは何?」
「陣場お借りのカブキ者達っていうか…浪人だよ。だが、功名餓鬼だからやっかいだ……近づけるな!」
近づけるなって、一体どうやって?
脇に置いてある引殺槍をソッと見る……こんなんであんな狂戦士みたいなのと戦えるんかな?
すると虎が何やら紙と糊で細工した大きな玉を持ってきて、荷車に乗っているルキに差し出した。
「ルキ姐、“コレ”を使おうニャ!」
碽に目配せしたルキが頷いて、その紙細工を匙部分に設置する。
何せ城門からたった12町しかない距離だ。奇声を上げながら変態カブキ共が早くも迫ってきた。
「盤古練はそのまま固定するな。水平にして敵方に向け…発射宜し」
碽の手が振り下ろされる。と、衝撃音と共に盤古練が竜のように暴れ奮う、固定していなかったからだ。
そしてほぼ同時に紙細工の玉が破裂し、中から大小それぞれの礫が無数に飛び出して、変態共の身体を、いとも容易く鎧ごと貫いて更に、後ろの狂戦士にさえ襲いかかる。
「ううっ……!」
凄惨な死体があっという間に何十と生産された事へのおぞましさが、喉を突いて吐き気となって現れる。涙目でグッと堪えたが、信乃は耐えられず胃の中のモノを吐いている。
虎が昨日、せっせと石を集めていたのはこれに使うためだったのか。えげつねえ事半端ないな!
「信乃、澪、うろたえんじゃねえやい。まだ何人か生き残っているぞ、盤古練を守れ!」
慌てて眼前を見れば、確かに運よく生き残った5~6人ほどのバサラ武者達が、ジリジリ攻めてくる。
その時、勇躍して井上九郎が槍を扱いて前に躍り出ると、いきなり一人の槍を捌いて突き倒した。
「おお、御見事なり! 悪七、ここは拙者に任せよ、お主は早く再装填させるのじゃ」
気勢を取り戻した澪が、刀を左手に握って井上九郎の後へと続いた。…ていうか、オイオイ…本当に大丈夫なのかよ。緊張して刀を反対に持ってるじゃないか。
こうしちゃいられんと追いかけかけた『オレ』を、何やら自信ありそげな顔で碽が「大丈夫」と押し留める。
「江州浪人、朽木谷の澪である。いざ尋常に」
「む、澪殿か…異なものよ、こんな処で出会うとは」
聞きなれた声に澪が振り返ると、熊の様な容姿に円なお目々の浪人が立っていた。カブキ者の中に地味な旅装なので逆に目立つその者……
「作州浪人、新免迩助である。争っても勝ち目は無いぞ」
「フフン、それはどうかな?」
含み笑いの下、澪が右手を無造作にぶるんと振りまわす。
途端に迩助の周りにいた数人が血を噴き上げて倒れた。
「!?」
迩助は本能的のなせる業か、咄嗟に伏せたためなんとか攻撃をかわせたが、澪の持つソレが一体何だったのか分からない。
「こらー危ないじゃないか! 同志討ちになるから向こうでやれ!」
遠くから井上九郎が怒鳴っている。
「澪殿…これは一体……」
「フッフッフ。これぞ貴殿への秘密兵器…天竺の漆間よ!」
澪が右手に持つソレは、二枚の軟らかくて薄い薄い鋼が2間(3.6m)もある代物だった。それを鞭の様に振り回すと、ピュンピュン音がして近寄る事すら出来ない。剣で受け止めると剣に巻き付いて人の身体を刻む。使い方も自在で縦に振れば蛇の様に地を這って波打ちながら足や股間を狙ってくる。
あっという間に城方から出てきたカブキ者は新免迩助だけになってしまった。その迩助も流石に漆間の間合いが掴めず、攻めあぐねている。一方の澪は殆ど力を使わず、手首の捻りだけで操作出来るもんだから余裕綽々である。これは安心して迩助の事は澪に任せていられる。
「うぐぐ…ひ、卑怯じゃ!」
「何言っておる、創意工夫しろと言ったのはお主ではないか。それに漆間は元々、非力な女性の為の武器である。文句を言われる筋合い無いわ!」
とか言ってるけど、澪は全然歯が立たなかった迩助をやりこめる事が出来て、嬉しそうである。
「もうやっとられんわ!」と井上九郎も早々に退散して、こちらの弦を張る作業に加わってきた。
「よし、今一度引き絞るぞ。奮迅せよ」
とはいえ、今度は何の為に引き絞るのか分からない。が、まあとにかく言われた通り、次郎丸と共に力こぶを振り絞った。
「ふんぬぐぐぐぐ!」
滝川家の軍勢が散々バラバラながら、しかし波濤の如く、大きなうねりとなって城門に殺到するのが見えた。
ウルマー…もしくはウールミとも言います。インドですと普段ベルトの様に腰に巻いており、戦いの時にシュラリと出てくる、あの刀です。インドのバーラタには、ウルマー遣いの美女の話が出てきます。




