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攻城のルキ  作者: いのしげ
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有岡城にて⑧


 10月15日。


 嬉し恥ずかし朝帰り……という訳ではないが朝方、陣に戻ると囃す奴もいれば嫌味言うヤツも出てくるのも覚悟していた。

 が、「いよっ、オトコになって戻ってきたね~、ヒューヒューだよ~」というルキの嫌味にはカチンときた。ヤロウ、『オレ』が女だって知っているくせに。二重の意味で嫌味を言ってやがる……この戦が終わったらドツイちゃる。

 虎がトットコ近づいてきて、クンクン鼻を鳴らした後「兄さんもえらならはりましたどすなあ」と、急に変な都言葉で貶して、イーッという顔をした。お前なぁ…そんなに鼻が良いなら、『オレ』が女だという事に気づけよ。


 昨日の月夜に続き、雲一つない晴天である。清々しいほど秋晴れだ。

 早くもそこかしこで飯炊きの煙が上がる。これだけの兵が飯を食うんだ、そりゃ、辺りの山が禿山になってしまうのも分かる気がする。同じくして城方からも賄いの煙がモウモウと上がっている。

 こちらでも信乃が握り飯と焼き味噌を拵えてくれていたらしく、甲冑を身に纏った母里太兵衛と井上九郎が握り飯を頬張りながら「お、大将。夜討ち朝駆けとは一番戦功ですな、フヒヒ」とか笑っている。

 「アレ、助郎次は?」

 飯炊きは終わったというのに、まだ火に薪をボンボンとくべている妻の信乃を見て、ふと訊いてみる。

 「いや、流石に帰ったよ。軍規に違反してしまうしな」

 とはいえ、信乃の顔はエヘヘとまんざらでもなさそうだ。それなりに良い邂逅だったのであろう、あんまり深く聞くのは野暮テンってものだ。

 

 大々衝弩『盤古練マンゴネル』はルキの荷車の上にもう完成していた。朝日を浴びて黒々と

輝いている。その大きさ約11尺(3m60cm)。かなり大きい。

 もう既に弩は引き絞られており、そこに人の背丈よりも大きい匙が弦に身を預けている。

 「悪七さんギは、この弦を引く役目を担っていただギますギ」

 見入ってると、おおづつが後ろから声をかけてきた。見ると何やら大仰なたくさんの目盛のついた円盤に、斜め45度に伸びた棒がくっついた代物を持っていた。更にその棒の先には糸が括られて、下に重りがぶら下がっている。 

 「ああ、碽おはよう……それ何?」

 「これは命中を精度を上げるための計測器ですギ。場所が場所だけに、そんなに何回も好機がある訳ではないですガら……」

 そのまま「理論上は大丈夫、理論上は大丈夫……」とブチブチ独りごちながら、別の方の点検に向かう碽。

 碽、だんだんその変な言葉使いが治ってきてるぞ、良かったな。

 ふうむ、と幸せのため息をついた瞬間、後ろから肩を叩かれる。

 「おい、悪七。お前の分だぞ」

 そう言った澪から手渡されたのは長い竹槍。

 「え、何これ?」

 「ナニって…引殺槍ひっそぎやりだ、見れば分かるだろう」

 一直線に斜めに切り割った、単なる竹槍とは違いこの槍の断面は朔に湾曲して切られている。つまり刺突点が一極に集中した、殺傷力の高い槍だ。が、その分耐久性は低い。

 そりゃ竹槍くらい見れば分かる。だが、これを使う事もあるのか…と思って背筋にブルリと震えが来る。

 昨日も阿古姫に言われた事じゃないか。ここは戦、なにがあっても覚悟はしなきゃなんない。


 「よっしゃ、全員集合した事だし、一丁盛大にぶちかましますかな!」

 ルキだけはいつもと変わらない調子で、飄々としながら盤古練マンゴネルの後ろに立った。どうやらルキは射手らしい。

 「あい、では陣幕下ろせ」

 碽の合図で四方を囲っていた陣幕が一斉に、バラリと地に伏した。途端に拓ける周囲の視界。

 滝川家の足軽共が呆気にとられて、朝飯を食っていた口をあんぐり開けている。

 「右、5度補正」

 計測器を地に刺した杖に安定させた碽が、虎に命じる。

 「宜う候え(ようそーらえ)!」

 この兵器は荷車に乗っているせいで安定性が低い。機動力や簡単な構造を目指した結果こうなったのかもしれないが、その分、射出時には荷車を固定しなければいけない。

 荷車を固定していた杭から荒縄を解いて、皆で少しづつ右に押し込む。ややあって見比べていた碽から「ヨシ」の声がかかって改めて杭に縛り直した。

 信乃と澪が真っ赤に焼けた、どでかい銅の「弾」を二本棒に通して、ウンウンいいながら匙へと乗せこんだ。その球の大きさはちょっとした童よりも大きく、空気に触れてカンカンと音を立てて早速匙の表面を焼きだした。途端にきな臭い臭いが立ち込める。

 ずっと信乃が火を燃やしていたのはこれのせいだったのか。

 計測器と盤古練を何度も見直していた碽が、いよいよと姿勢を正した。

 「目標、有岡城。発射宜し」

 「あいよ!」

 間髪入れずにルキが受け答え、匙のてっぺんの突起にかかっていた、荷車から伸びたヤットコみたいな金具を、大きな金槌でガッキと思いっきり叩く。 

 

 刹那、耳の鼓膜が破けるような、両の頬を思いっきり叩かれたかの様な衝撃が辺り一面を襲った。



 その一瞬。 


 城方も、寄せ方も、兵卒も、近侍も、大将も、第六天魔王も。


 治療を施す戦聖いくさひじりも、身支度を整えている女郎達も。富める者も、貧しき者も、悪人も、善人も。

 老若男女問わず、その時、その場所にいた全ての人が空を悠々と進む巨大な黒い点に同じ眼を傾けた。



 その黒い点は太陽の光を遮り、あたかも日食の如く。



 そして、時が止まったとも思える長い長い一瞬の後、遅れた時を取り戻そうとするかの様に、急に目にとまらぬ速さで、上臈塚砦の整然と固められた石垣に突き刺さった。


 

 腹に重い拳の一撃を喰らったかの様な衝撃が、ズシリと大地を通して伝わり、同時に石垣がたんぽぽの綿毛の如く飛び散って爆発四散した。そして大量の土煙が辺りを覆う。

 「どぉぉぉん!!」

 音が後から来た…気がする!


 「…む、右に寄りすぎたか。左3度補正」

 目を細くして状況を確認した碽が、冷静沈着に次の指令を出す。

 「その前に次弾装填用意!」

 ルキが言うが早いか、腰の後ろに回した海部刀を抜き払って、荷車を固定するため縛っていた縄を切り解く。

 ここが面倒なのだが微調整の必要な発射場所では、荷車が安定しないため弩が引き絞れないのだ。

 そこでわざわざ車止めを施した「引き絞り地点」にまで移動・固定し、人と牛馬一体となって、装填作業をしなければいけないのだ。

 「ふんぬぐぐぐぐ…!!」

 盤古練の弦はあまりに強く、侍二人と、牛と馬、それと碽を除いた『オレ』達五人でやっと引き絞る。一応、安全掛け金が何段階か脇についており、カチカチと音を立てて匙がまた後ろへと傾いて行く。

 秋とはいえ、重労働で汗が噴き出る。そういえば侍三人衆の筆頭・栗山善助殿の姿が見えない……


 最大まで曳いた後、ヤットコのような引き金で固定、そのまま荷車を押し出しで元の射出点に戻って、先ほどよりやや左に寄せて碽の微調整に合わせる。

 「宜う候え(よーそうらえ)」

 碽の言葉で荷車を固定。一連の流れは分かったが…なんか効率悪すぎるんじゃないのか、コレ。

 設計上は間違っていない、設計上は間違っていない…と、ブツブツ親指の爪を齧りながら碽が呟いていたが、覚悟を決めたのかキッと改めて前を見据える。

 「第二射、発射宜し」

 今度は無言で、ルキがニッカリ笑いつつ同様に金槌で引き金をガッキと振りぬいた。


 また心臓が飛び出るんじゃないかという衝撃波。耳鳴りが鳴りやまない。  

 今度は目が慣れたのか、玉の行く末がちゃんと捕捉出来た。

 ギュンギュン音を立てて灼けた銅の弾が今度は目標を過たず、上臈塚砦を守っていた堅固な木戸をあたかも障子紙を破る様に簡単に吹っ飛ばした。

 その衝撃の凄さに、残っていた城門も、連鎖してクシャリと潰れてしまった。やがて火が上がる。灼熱の弾が何かに付け火したんだろう。モクモクと煙が上がりだした。


 「見たか、滝川の衆!」

 不意にルキが大音声を張り上げる。

 「明智勢の坂本は女村衆が、有岡城に一番槍の戦功頂戴したあぁぁぁ!!」

 森閑と静まり返っていた滝川家の足軽達が、さざ波が大きくなるかの様にどよめき出し、やがて興奮と羨望と、賞賛の雄叫びを挙げ出した。

 「やった…やったぞルキ!」

 踊り出したい気分を一生懸命抑えながら、ルキに笑顔を向けた。だが、顔色一つ変えない碽に叱責された。

 「悪七殿、まだです。次弾装填準備」


 え?

 

マンゴネル自体は12世紀には確立された、普通の攻城兵器です。主に十字軍などが使っていましたが、ペルシャ軍などの資料も残っております。

ただし、日本で攻城兵器が使用されることは無かったのです。日本の城は山を要塞化した感じですので、あまり攻城兵器が必要となる城塞や城門というのが存在しなかったのです。

ただし、“総構え”と言われる形態を採る城にはある程度意味も出てくるのでは…と思いました。

石山本願寺、小田原城、そして有岡城等ですね。 

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