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攻城のルキ  作者: いのしげ
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有岡城にて⑦


 フバッと起きたら、場所が分からなかった。

 暗闇に目を慣らせつつ辺りを見渡すと、小屋の様だ。破れたすのこの隙間から月の明かりがもれている。

 「やあ、起きたかえ?」

 後ろで凛と張った声がした。見返すと年の頃は18の随分背の高い女だった。ソイツが菜種の灯明を燈す。

 「あ!」

 そのりりしい顔が見えてやっと思い出した。明智の陣に行く途中で声をかけてきた遊女だったのだ。

 しかし何で記憶が無いのか。そしてこの女の場所にいるのか。

 「こここ…ここは?」

 「見てのとおりさ、女郎小屋だよ」

 「え、じゃ、じゃあ…」

 慌てて襟を正す。しかし特に衣服が乱れている様子は無かった。

 「バァ~カ。アンタ、そんな格好なりしてるけど『女』じゃないか、スる事なんかしちゃいないよ。勝手にアンタがクダまいて勝手に寝ちまっただけさ」

 そ、そうだったのか……

 いや、心当たりはある。ヒナの事は気にしない様にしてはいたんだけど、やはり心のどこかでは後ろめたかったんだと思う。だからついつい酒に手を出して、酒に飲まれてしまった……という事か。

 しかし……こうもお酒に弱いとは思わなかった。もうこれからは飲むの止めておこう。うん、絶対に。

 「…そ、そんで『オレ』なんか言ってました?」

 「ああ、長々とな。『女村』出た時の事や、馬借の娘との出会い、大衝弩使って攻城するってまで全部な」

 うん、もう本当にお酒は止めようと決めた。ダメ、絶対。

 「あっちに湯ざましがあるから、それ飲んで落ち着けや」

 言われるまま水を飲んで人心地着いた。酔い越しの水は値千金と言うけれど、本当だなあ~。 

 「あ、『オレ』の名前は……」

 「悪七だろ? さっき自分で言ってたぜ。ワラワは阿古。阿古姫じゃ」

 姫? こういうところでは仮名けみょうでも使う習わしがあるんだろうか? 

 「で…本当なのかい?」

 不意に問いかけられて、何の事か分からず間抜けな返答をしてしまう。

 「え?」

 「大衝弩を使うって話さ」

 「ああ……本当だよ。でも、なんでそんな事を気になるのさ?」

 すると阿古は見下げ果てたような顔をして、鼻から長い溜息を出した。

 「馬鹿だなあ、ここの女郎衆は大概、城中の女達だぞ」

 え!?

 「いくら“惣構え”とはいえ、一年以上も籠城してれば食料だって尽きてくる。それをこうして城の女房衆が夜な夜な稼いでるんだよ。それに情報を得たりする者もいるよ」

 マ、マズイ…バレちゃったじゃないですかあ!

 「え、でもそれって……」

 イイイ、イヤラシイわあ、もう! 

 ちょっと顔が赤面してしまい、言い淀んだのを阿古が察した。

 「へっ貞操かい? だって明日にでも死んじゃうかもしれないんだよ、ちょっとでも良い思いしときたいのが人間てもんさ」

 『オレ』がまだオボコと言うか、まだそういった事に触れ合い慣れて無いせいかもしれないが、妙になんだか動物の如き浅ましい情念を感じてしまう。

 するとやはりすぐ顔に出てしまったのか、阿古がまた鼻を鳴らした。

 「ふ、浅ましいとでも思ったのかい? 逆だね。少しでも生きようとすれば何にでも縋り付くのが当たり前、生きてこそ話せることだってあるもんさ。お上品に生きてて、アンタなんか今まで損してなかったかい?」

 どうしてこんな世間知らずが戦場をうろついてるんだ、とでも言いたげな阿古の物言いに、自分の不明を恥じる。

 「う……た、確かに」

 今日まで、全てを諦めていたのは自分ではなかったか。ボンヤリ夢を語って、でも自ら動こうとせず、周りを嫉んでいた……今だってルキがいなければ、あの村で腐っていた事だろう。

 そんな人間が、今を必死で活きている人の事なんかにとやかく言う資格は無い。

 「今だってそうさ。明日になれば合戦の事だ。アンタとワラワで殺し合う事になるかもしれない。だけどこうして、一緒に月を眺める事だって出来た……だろ?」

 そう言われて見上げれば、秋深くなった透明な夜空を見事な満月が照らしていた。

 「嗚呼、本当だ。奇麗だなあ……」

 すると、声の調子が軟らかくなった阿古がポツリと呟く。

 「もう夏も終わりさ。じきに秋から冬になるよ……」

 「……それでも、また夏が来るさ」

 秋の虫の鳴き声がかしましい。暫らく二人黙って、月を眺めていた。

 ややあって阿古が告げる。

 「明日、ワラワは決死隊を率いて上臈塚砦より出陣、滝川勢に一揉み当てようと思っておる」

 「え、そんな権限持ってるの阿古さん?」

 「無論。ワラワは荒木村重の御付きゆえな……ていうか、そんな事心配するんじゃなくて、もっと他に心配する事あろうが!」

 “ワラワ”って、本当に姫だったんだなあ、この人…とかボンヤリ考えていたら怒られてしまった。慌てて、“あの事”を言わなければと口に出す。

 「ああ…城方の守将が何人かもう裏切ってるって知り合いから聞いているんだけど……」

 「中西に宮脇であろう。さもしい奴らじゃ…いや、誰も生き残るのにギリギリの選択をしておる。ワラワとて一揉みの後、そのまま駆け抜けて花隈成の殿に合流する腹じゃ……じゃなくて!」

 「何? ハッキリ言ってくれないと分からないよ」

 「お前の言う、大衝弩は滝川の目の前にあるんじゃろうが。ワラワは申し訳ないが真っ先に狙うぞ!?」

 月明かりの向こう、ジッとこっちを見る阿古姫。その顔は別に憎しみでも悲しみでも無い、滔々とした決意を感じさせた。

 ならばこっちも同じことだろう。戦は憎しみでやるもんじゃ無い。ただ大きな流れがあって、その中でいかに踏ん張れるかだ。

 「…同じだよ。そちらにも生き残るための大義はある。こっちにだって村の存続をかけた大義がある。どちらか引っ込める事が出来るんだったら初めから戦争なんてしないさ。…だけど、もし明日遭ったのなら…優しくしてね」

 やっぱり怖かったので、ちょっとひよってしまった。すると向こうで大爆笑が起こった。

 「ぷあっはははは! なんじゃソレ! 面白い、酒を奢ってやるからもうチョイ呑め!」

 「いや、あの…お酒はもう……」

 秋の虫がリンリンガチャガチャ鳴き、月がそれを照らしている。静かな、静かな夜だった。



阿古姫は実在の人物です。結構好きなんだけど、脇役にしてしまったのが悔やまれる…いつか彼女が主人公の話とか書きたいです。

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