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攻城のルキ  作者: いのしげ
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有岡城にて⑤


 陣場は「盤古練マンゴネル」の射程20町の位置と聞いたので、有岡城西部に在る上臈塚砦の手前にある滝川勢の陣の後方へと移動したが、そこには影も形も無い。

 「ルキ姐さん、悪七兄さん、お待ちしてましたニャー!」

 辺りをきょろきょろする『オレ』達を、暇そうに石を掘っていた虎が目聡く見つけて、無邪気に手を振った。

 「あれ、虎。ここに陣を作るんじゃなかったっけ?」

 「ん~…ニャんかここではやっぱり届かないとかニャントカで、もっと前の方に移動することにニャったんですよ」

 「そんな…設計図ではここでも問題無かった筈だが……」

 訝しがるルキの背中を押す虎。

 「まーまー。とりあえず碽に聞いてみた方がいいですニャん」

 それもそうだ。とにかく虎の後を付いて行く事にした。が、どうにも釈然としない。

 「一体何でだろ……?」

 ルキに話しかける。と、ルキが暗い顔して呟いた。

 「さあな…あの播州の侍共が何か吹き込んだのかもな?」

 

 陣場はなんと、滝川家の陣の最前線、つまり敵の真正面にある小高い部分に築かれていた。

 「お待ち申しあギギました、御二方」

 「碽~!! おまっ、おまっ、お前アホかぁぁぁ! こんな危険な処に陣を作りやがって!」

 開口一番、怒鳴り散らすルキ。うんうん、ルキらしいな…なんて思ってしまった。

 ポコポコ頭をドツカれた碽が涙目で抗議する。

 「うぅぅ…ヂ、違うんだギ…一つだけ上手グ作れなかっダモノがあるんだギ……」

 「なぬぅ~? トンチキめ、今になって言いだしやがって…もっと早く言えよ。で、それは何なんだ?」

 「ゲ…弦だギ」

 「あ……弦か」

 鉄の大衝弩の張力を支えるだけの弦。確かに今まで誰も考えていなかった。盲点と言えばそれまでだが、なんだかんだで全員詰めが甘い。

 「初め、鉄線をと思っデ、作っデ来たんだギど……」

 細い鉄線を紙縒こよった、鉄の弦を差し出す碽。ていうか、こんなモンまで作っていた事に驚きだ。

 しかしコレ…一体どうやったら弾けるんだ?

 「そうだギ。さっギ、初めの地点で仮設して試してみたんだゲど……」

 「弾けなかったわけか……」

 フ~ッと長い溜息を吐くルキ。

 「では代わりのモノはどうするんだい?」

 ルキの問いに碽が微笑んで一本の木の方へ顎を振った。

 そこでは仲睦まじく夫・助郎次と何かを編む信乃の姿があった。

 「助郎次と会えたんだ…信乃、良かったなあ!」

 「そうか、鹿革か!」

 『オレ』とルキで見る部分が全然違って、感想がバラバラに出てきた。

 「そう、鹿革を編みゴみ、強度を持たせますギ」

 「…それで、射程は?」

 「余裕を持っデ12町(約120m)だギ」

 「何か企んでいるんじゃないのか…? ええ、播州の侍になんか言われたんじゃないのか?」

 グイッと顔を迫らせたルキの気迫に負けて、碽がポロリと漏らす。

 「そ、そうだギ…この『盤古練』で、侍を城の中に打ち込んでほしいという事だギ……」

 「バカな。そんな事したら自分が壁に当たってシミになるだけだぞ!」

 「仰角を高めて、勢いを殺し、軟らかな素材で身を固めればあるいは……だギ……」

 「ちっ、結局、テメエも乗り気だってことかい」

 掴んでいた胸倉をパッと離し、ムゥと一つ唸って敵の城を見やる。

 「どっちにしろ、一番槍というからにはうち等の誰かを打ち出さなきゃなんねえかもな……」

 しかしだ、とルキがこっちへと向き直り、

 「ギリギリ砦の弓矢が届かない距離か……しかし、向こうの反撃があれば一たまりもないぞ」

 「まあ…滝川家が守るはずも無いしニャ」

 虎の言葉をの後いつの間にかやってきた澪が、真面目な顔をして受け継ぐ。

 「いざとなれば、拙者が死んでもここは守る!」

 「あのね~。そーいうの無しだっつーの。皆で仲良く幸せになろうよ…フヒヒ」

 ルキの物言いで和やかになったものの、澪は危うい。なんとなく様子を見張ろうか。

 「しかし、よく直ぐに陣替えが出来たな。男手があの三人侍だけじゃ足りなかったろうに」

 「あいや、それは助郎次殿が明智様麾下の伍隊を連れてきてくださったでな、意外と早くなんとかなったのじゃ」

 なるほど。意外と出世してたんだなあ、助郎次。しかし澪や信乃は普通に話をしているけれど、村八分の『オレ』ではお互い気兼ねするし、村衆には近づかないのが吉かな。

 「なんだいなんだい、キンカ頭の兵共は人数が足りなくなって、とうとう女子供も戦に駆り出したか~」

 陣が近いせいか、滝川家の足軽共が暇を明かしてこっちにヤジを飛ばしてくる。

 「しかもそんなケッタイな玩具拵えてまあ、我らの戦の邪魔だけはしてくれるなよ~!」

 「なんだとこんちきしょーめ!」

 思わずカッとなった『オレ』 の首をガッと抑えて、ルキが雄叫ぶ。

 「そうともよ滝川の衆! 明日は我らが一番槍を果たすでな、我らの後ろから大人しく指をしゃぶってみておるがいいさ!」

 「何を~、このチビスケ共が息まきおって!」

 「出来もしねえ、ほらを吹きおってからに!」

 ギャアギャア喚く足軽を背にして、首をつかんだままルキがささやく。

 「アレが『口戦』ってヤツだよ。カッカしちゃあ負けってことさ」

 「…でも!」

 「ああ、分かった分かった。銭コちっとやっから、出店でも冷やかしてきなって!」

 そうして体よくルキに追い出されてしまった。

 ルキはと見れば、他の仲間に陣幕を張るように指示している。敵味方の無用な詮索を防ぐためだろう。

 なんだか仲間外れにされたようで面白くなく、「ちぇっ」と舌打ちしながら、滝川の足軽共に「ガルル」と吠えかけながら、あのさっき声を掛けてくれたオネーサンの所に出かけて行ってみようかと思い立ち、ぶらりと足を伸ばした。


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