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攻城のルキ  作者: いのしげ
44/52

有岡城にて④


 「『女村』の徴用に応じ、在郷の者、悪七以下総勢6名まかりこした! 明智日向守に参着の旨を取次ぎ願いたい!」

 ルキが朗々と高い声を出し、明智日向守の陣前で唱え上げる。別に本人に聞こえるように大きな声を張り上げてるのではない。衆目の注目を集めるためだ。

 第一に他の陣の武将にも我々が到着したという事実を認知させるため。

 第二にこの恥ずかしい茶番を早く終わらせないと、明智日向守の沽券に関わる…つまり、受付が迅速になるためだ。

 ルキとの付き合いが長くもなれば、それくらいは説明されなくとも分かるようになってきたのが何より誇らしい。

 案の定、慌てた様子で先案内の侍が不機嫌を払うかのように、荒々しく陣幕を捲って現れた。 

 「おうっ!?」

 「なんじゃ、人の顔を驚いたように見おってからに。厚かましい餓鬼共じゃ!」

 なんと、三宅弥平次本人だ。それなりな身分の筈なのに、明智の本陣に先に参着して尚且つ、『オレ』達の先案内を務めるというのだ。そりゃビックリもする。

 「何のこたぁない、お前らが遅いんじゃ、ボケカス!」

 むむ…こちらの表情を察して先に答を言うとは…弥平次もそこそこやるようになったのぅ…… 

 「馬鹿ッ」とルキが小声ながらも鋭くツッコミを入れてきた。おっと、つい声が漏れてしまっていたか。恐る恐る弥平次の顔を窺うと、引きつった笑顔を浮かべている。

 「お前等みたいなクソガキを相手させられて、ワシもだいぶ胆が練れたわい。それとな……」

 そうして案内していた踵を急に返して、『オレ』に顔をグッと近づけ凄んだ。

 「ワシは此度より三宅弥平次ではなく“明智左馬助秀満”様じゃ。覚えとけ、クソガキ!」

 ほ…! 婿養子になるというのはホントだったみたいだ、とりあえずはこいつの上機嫌に救われたようだ、少し自分の軽口を控えるようにしないといけないと思いつつ、明智本陣の前に到着した。

 平伏しつつぐるっと見れば、陣中には中央に好々爺とした明智日向守惟任をはじめとして、斎藤内蔵助利三、溝尾庄兵衛茂朝、明智次郎左衛門光忠、藤田伝五郎行政と、錚々たる明智軍団の中核が鎮座ましましている。

 「参着の由、まずは重畳。しかし遅かったな、てっきり逃げたかと思ったぞ」

 フフフ…と笑う斎藤内蔵助。

 「少ない人数でアンタ等、侍より先に攻め落とさなきゃならんのでね、苦労させてもらったさ。まあ、細工はリュウリュウ、後は仕上げをごろうじろってね」

 ルキの言葉に気色ばむ、お歴々達。

 そりゃそうだ、ルキの言う通り。アンタ等の戦が下手だからこっちが苦労してるんじゃねえか。

 「ともあれ、なによりじゃ。急いで来たのであろう、誰かこの者等に酒粕汁を持て」

 さすが大将格は気配りというものが違う。清水で溶いた酒粕汁は冷たく甘くて、ここまでの疲労を流してくれた。

 「さて、村での約定は憶えておろうな」

 さすが明智日向守、単なる好々爺ではない。キラリと目を光らせるそのさまは猛禽類の様だ。

 「あたぼうよコンコンチキめ。何より我ら全軍のうちで真っ先に一番槍を上げてやらあ!」

 「しかしルキよ。早くせねば、なんでも滝川殿の陣が先に功労を上げかねぬぞ?」

 こいつ…まあ、友軍という事もあるんだと思うが、滝川家の先駆の噂をもう知っている。その上でルキ…というか、『オレ』達を煽っているんだ。

 「ケッ、釈迦の手の平気取りかい? 見苦しいぜ、じゃあ何でアンタら、その先を行かなかったのさ」

 大胆にルキが明智日向守の言葉を吐き捨てる。ニヤリと笑い返す日向守。

 「ワシ等のとっておきの一手は、お主等じゃからな。期待しておるぞ」

 フフフと笑う明智日向守と同じく笑うルキ。魍魎の腹の探り合いと化かし合いだ、お、恐ろしい……!

 「では陣張りはどこにする? 我らの陣の先で鵯塚砦を攻めるか?」

 明智次郎左衛門が話に割って入る。それを聞いたルキが素早く頭を振った。

 「いや、滝川家の陣の遥か後ろ、20町の後方より上臈塚砦を落とす!」


 この言葉に一同からどよめきが起こる。無理もない、何もかもが破格の話だ。

 かつて織田本隊をはじめとする軍が有岡城の東に位置する本丸を攻めた時、猪名川に阻まれ小高い本丸で射られ、散々な羽目になって撤退したのが5月。その後、全方位を囲むように有岡城を籠城戦に持ち込んだのだが、有岡城は有り体にいえば“菱形”だ。

 北を守る野宮砦(岸の砦とも)、東を固める有岡城本丸、南端を守る鵯塚砦、そして西を守る上臈塚砦があり、明智軍はこのうち南端の鵯塚砦攻略を受け持っていた。

 鵯塚砦は一の郭ながら高い堀と絶壁に阻まれ、落とすのは容易ではない。

 それに対して滝川家が陣取った西の上臈塚砦は、荒木家の花隈城や毛利家の援軍を待ち受けるために、少しだけだが、なだらかな造りをしている。もっとも城方もそれは熟知しており、重厚な城門と高い塀で防御を固めているのだ。

 他にもこれは秘密なのだが、黒田家の殿を救うには、どうやら上臈塚砦から潜入するのが一番の近道だという。栗山殿や井上、母里さん達に積極的に手伝ってもらう以上、ある程度向こうの要求も聞き入れなければならない。

 ここを落とすというルキの案は、当然反発を呼び起こす。

 お歴々の罵詈雑言をまとめると、「なんで明智軍なのに滝川家の手助けするのか」とか「あそこは守りが堅いから攻めるだけ無駄であり、我が軍のいい恥さらしだ」とか、まあ…そんな感じだ。

 「だまらっしゃい! 我々とて何もせず手をこまねいて一年近くも浪費していた事実をお忘れですか!」

 突然の明智日向守の一喝に幕内が静粛となる。続けて冷淡な下知が下る。

 「その方らの申し分、あい分かった。しかし時間がもうないのも事実。明後日、9月15日の早朝までに城の息の根を止めよ」

 明後日。それで全ての決着が決まる……ゾクッと身震いが起きた。   

 なんだかんだでこれは軍だ。「命令」とあれば否応なしに従わざるを得ない。

 というか、初めから頭ごなしに言えばいいモノを、ある程度ウチ等も仲間も泳がせる、明智日向守の深謀が恐ろしい。


 黙って退席しようとする『オレ』に、朗らかな口調に変えて日向守が問いをかけてきた。  

 「どうじゃ、悪七兵衛の子孫よ。“外”を知って何か思う事があったかの?」

 …いま、恐ろしさを知った上でそれでも答えるほど馬鹿じゃない。だから曖昧に笑ってさっさと退出しようとした。が、向こうもたたみかけて質問してくる。 

 「己が曇りなき眼で、是非を問うてみよ」

 これは罠だ。適当に答えれば凌げる。

 …それでも。それでも反骨の精神がムックリ頭をもたげてしまった。コイツにひと泡吹かせたい、そんな気持ちもあったかもしれない。

 「どうかな…どこを軸にするかで是非なんか簡単に覆るぞ? 『オレ』か『お前』か? 『お前』か『第六天魔王』か? それとも城の中にいる連中か? 立ち位置の定まらぬ問いなど、児戯に等しいわい」

 「うぬ…黙っておれば牛童のくせに増長しおって!」

 案の定、三宅弥平次が刀に手をかけて凄んできた。ここまでは想定内。だが、明智がどう出るのかが分からず、心の中で身構える。

 しかし、明智日向守はフッと一安堵したかのように、息を漏らして感嘆する。

 「良い。……どうやらそれなりに成長したようだな。時が経ったのもあながち無駄ではなかったということか。良い良い、忌憚なく己が基準でこの戦を仕分けてみよ」

 どうしよう…言うべきか言わない方がいいのか。確かに『オレ』はこの世界の矛盾を見てきた。だけど、それを権力者に言うのは命とりな気もする。

 ええい、ままよ!  

 「この旅で多くの人に会った。だが、誰もが不条理に喘いでいる。それでも前向きに生きる人々は美しい…が、明智日向守…アンタならこの糸がもつれあった様な世界をちょっとは糺せるんじゃないのか? もっと多くの人が笑い合えるような世界に…さ」 

 するとカッと鬼の様になった明智日向守が大音声で雷を落とした。

 「この世はどこまで行っても不条理よ。お前は牛童だから判ろうが、牛は産まれてすぐ立たねば狼の餌食になろう。判ろうが判るまいがそうしなければ死んでしまう。しかしそれこそが楽になる唯一の方法だというに。だが仔牛は立つ。お前もワシもそうだ。今ここでさっさと死ねば苦労もない。生きていればこれからも数々の艱難辛苦が待ち受けておろう。牛も大きくなれば、己が重さにままならぬことになろう。だが死なぬ。何故だと思う?……それは生命の甘美を知っているからだ。聞け、牛飼いのワラシよ。我々もお前らも草木も、牛も馬も全てのものは無駄と知りつつ、己が天命を全うせんとする。それに比べお前の屁理屈はなんだ? その言い様ではワシに天下を……この馬鹿太者目、もっと必死に生きて見せよ!!」

 それに圧倒されてその場の者、全員微動だに出来ず。

 ややあって、「もうよい、去れ」と明智日向守が言ったのですごすごと退出したが、気がつけば背中にびっしょっり汗をかいている。 

 「悪七、明智の言葉の裏を読めよ」

 ルキがまだ混乱している『オレ』の耳に囁く。

 「え?」

 「明智は本心がバレルのが怖かったんだ。だから呶鳴って誤魔化した。だから…この戦の成績次第では、お前の言い分も聞いてくれるやもしれん……という事だよ」

 それでもまだピンとこない『オレ』の頭を、一発叩いたルキがニッカリと笑う。

 「喜べ、明智はお前の言葉に揺れ動いているぞ。この戦、負けではなかったぞ」

 …本当かな? 

 ルキはああ言ってるけど、さっきの明智日向守の言葉が引っかかる。

 「『必死で生きてみせろ』……か」

 独り呟く。そうさ、全てはこの戦の後にって事なのかもしれない。じゃあ、頑張るまでだ。

 先を行くルキに追いつくため、『オレ』は走り出した。


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