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攻城のルキ  作者: いのしげ
43/52

有岡城にて③


 伊丹の農民、善郎(よしろう)さん(41)はそのときの様子をこう語る。

 「ええ、そりゃあ、信じられねえ速さで牛と馬の二頭立ての馬車が通り過ぎて行ったダヨ」

 「ああそう…走りながら口にムスビ飯頬張って、『遅刻遅刻~!』って喚いてたダヨ」

 「そんで後ろをまた、鬼の様な顔をしたおさぶれえが三人、追っ駆けて行くのが見えたダヨ。あらぁきっと、百鬼夜行の類なんじゃねえかと思うダデヨ~!」

 ……この後は、善郎さんの今年の天候は良かっただとか、祭りが楽しみだとかの話となるので、ここらで割愛させて頂く。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


 「くっそ~イスカこんちきしょうめ! 飯を食ってる暇も無くしやがって~!」

 今度あったら見てろよ、とブチブチ呟きながらルキが馬車にハッパをかける。

 「そ、そんな事言うなよ。なんだかんだで教えてくれたんだしさ」

 『オレ』が擁護すると、隣で馬車から落ちない様、荷駄に掴まりながら澪が口を挟んできた。

 「そこじゃ、納得いかないのは。そもそもなんで、あの間者は悪七だけに秘密を打ち明けたのじゃ。我々を攪乱させようとしておるのではないか?」

 「そ、そんな事無いと…お、思うケドナ~……」

 ニュッと横から顔を出した虎も不審そうながらニヤニヤ笑いをこっちに向ける。

 「怪しいニャ~。悪七兄さん怪しいニャ~。なんかイスカさんの色気に惑わされてませんか~?」

 「そっそんなわけあるかい! ソレに『オレ』はおん……」

 「何だっていいじゃないか。どっちにせよ元々少し遅かったんだ、ここらで急ぐのも手だってばよ」

 信乃だけが庇ってくれる…と思ったら、どうもそうではないらしい。このニコニコ顔から察するに、きっとダンナのスクルージに久々に会えるのが嬉しいんだろう。

 「見えた、有岡城だ!」

 ルキが叫んだ先、木々が後ろに走り流れていく合間から、右に川が沿う縦長の長大な城が見えた。

 しかしそれ以上に目に付いた物……十重二十重に整然と立ち並んだ陣立て、五色に色分けされた煌く万旗。

 何万もの将兵達が号令一下の元、城を周りを何倍もの規模で取り囲んでいる様子だった。

 「…これが天下人の戦か……」

 知らず知らずのうちに声が漏れていた。

 他の皆も息を呑んで声も出ない。今まで見た事のない布陣、理路整然と分けられた命令系統。規律のとれた戦……今まで見た事のない美しさと新しさに、畏敬の念を抱いたのだ。

 「あれだ、アソコに明智の陣がある。とにかく着参の挨拶を済まさねば!」

 『オレ』が城の南端に配置された、浅黄色に紋白の桔梗の幟旗を見つけて、指差し叫んだ。

 だが、ジッと城を俯瞰で眺めていた碽が押し留める。そしてナニやら片山善助殿と話し込みだした。

 ややあって、こっちをぎこちなく振り返る。

 「グギギ…報告には悪七とルキ、それと澪殿だげで行ってほしいだギ。ワレワレはマンゴネルを組み立てる縄張りを先にしておきたいだギ」

 技術屋の碽に言われてしまうと従わざるを得ない。それにそっちの方が効率が良いかもしれないと思い直し、「分かった」と告げた。

 「では、久々に明智殿のご尊貌を拝顔すると参ろうか…の」

 澪がフフンと鼻で笑って、『オレ』とルキを促す。ルキは嫌そうに「ホェ~イ」とだけ答えて屁をこいた。

 因みに牛や馬車は荷駄を降ろさなければならないので、虎が引き取って組み立てに向かう事になった。牛だてらにルキの馬と張り合ってここまで走ってくれた、次郎丸の鼻先を撫でて謝意を伝える。汗ばんだ鼻先をこすり付けてベロリと顔を舐めた。次郎丸はホントに好いヤツだ。


 遠目には整然としていた陣場も、近くに寄って見るとさすがに雑然としていた。具体的に言うと、あちこちに女郎の掘っ立て小屋がポコポコ建っている。そこには気だるげに外を眺めたり、まだ寝ている女郎達の足が飛び出している光景が見えた。

 「アラ坊や、お姐さんが筆下しの相手して上げようか?」

 時々、暇そうにしている婀娜な女郎がからかい半分で声をかけてくる。

 …男の格好してるから仕方が無いんだろうけど、一応『オレ』も女の子なんですけど。 

 「うるせえ売女ばいた! 早く村に帰らねえと追い剥ぎに遭っちまうぞ!」

 ルキが一喝すると、途端に周りの女郎が騒ぎ出した。

 「そっちこそ汚ぇ馬借の小娘のくせに、しゃしゃり出やがって!」

 「餓鬼がこんな所来るもんじゃねえぞ、オッカアのオッパイでもちゅうちゅう吸ってな!」

 「うるへ~!」

 なんか……ルキの口が悪くなった原因が分かった気がする。

 とか思っている間に、杯やら歯の抜けた櫛やら小物がチャカポコと、コッチに投げ込まれだした。こりゃ敵わんと逃げ出すと、背後でよく通る声がした。

 「はははは、手荒な真似して済まなかったな! 侘びに一杯奢ってやるから、また暇な時にでも立ち寄ってくれ」

 振り向くと、周りの女郎よりかはやや小ざっぱりとした背の高い女郎が手を振っていた。妙に目力がある。 

 「悪七…行くんじゃねーぞ」

 ルキが心を透かす様にジロリと睨んだので、慌てて「いや、ハハ…ま、まさか」とだけ答えておいた。うん、大丈夫。巧く誤魔化せたと思う。


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