有岡城にて②
浦から歩き出してオカシナ事に気づいた。
例の三人侍が何か重そうなものを背負っているのだ。初めは鎧櫃かなと思ったが、良く見たら彼等の鎧櫃は馬車に乗っかっている。
一番穏やかそうな栗山善助殿に声をかけて訊いてみる。
「ん?…ああ、コレか。なんだかはよくは知らぬ。鍛冶屋の娘ごに持つよう言われたから持っておるだけじゃ」
善助殿も訊かれるまで特に気にもしていなかったららしい。少し後ろで井上九郎がブチブチ文句を言っているのが聞こえる。
「しかし、何とも重たい代物じゃ! 確かに何が入っているのかは気になるノウ」
「グギギ……それは着いてからのお楽しみだギ」
目ざとく聞きつけた碽が釘をさす。きっと彼女の事だ、メンドクセー物なんだろう、と思った『オレ』は、意識的に興味の外にソレを放り出した。
「ホラ、左に見えるは花隈城だぜ~」
ルキの声に反応すると、木々を切り込んだ小高い丘に何重にも堀や畝をめぐらせた城が見えた。話に聞くとここは荒木家の後備えの城なのでそんなに緊張感は無いらしい。辺りを見ても物見の織田家の簡素な小屋が点在するだけだった。
一方の城方からは行く筋もの煙が立ち上っている。
「すわ、落城したのか?」
色めきたつ澪を、鷹揚に笑って母里太兵衛が応じる。
「いやいや…城中でも飯時なのでござろう。いかな篭城とて、腹は減り申す。…いや篭城ならではこそかな?」
語尾にやや影が落ちたのは、太兵衛も兵糧攻めに遭ったりしたんだろうか? でもそれは流石に訊くのは憚られた。
「ルキねえさん、アタイ等もそろそろメシでも食おうよ。碽が侍共に変なモン運ばせるから、みんな歩く速さが落ちてきてるんだよ」
それを聞いた太兵衛が豪快に喝破した。
「ムハハ、虎チャン! 九郎とは違ってワシはまだまだ元気じゃああああ!」
分かりやすくカチーンと音がして、井上九郎がこれに応ずる。
「なんだと、このケツ顎野郎! 上等じゃい、どっちが早いかあの峠の御膳屋まで勝負じゃあ!」
「アイヤ待たれい!…仕方の無い弟分たちじゃ。しかし、丁度一息入れるには頃良いかな?」
ニッコリとルキの方へ微笑む栗山善助殿。だが物腰の柔らかさとは裏腹に妙に威圧感がある。
「チェッ、しゃーねーな~。さっさと伊丹に着いておきたい所だけど、善助のアニィが言うんじゃ是非もね~な~。よっしゃ、あそこで飯食おうぜ!」
一応善助殿を立てている様ではあるルキの物言いだけど、彼女、馬車で寝転んでますからね。
寧ろコレで怒らない善助殿こそ人格者な気がする。
膳所は持ち込みの米を煮炊きしてもらうのが慣わし。侍三人衆は糒を持ち運んでいたので、直ぐに炊き上がり、味噌を塗りつけて食べている…いつもはあんまり美味しそうに見えないソレでも、空腹時となっては埒の外。グ~とお腹が止めどもなく鳴ってしまう。
『オレ』等はルキが海部から貰ってきた搗き米なので、甑に蒸してもらっているのを待っている身だ。つまり、飯屋に払うのは燃料代という寸法だ。
いつまでも見てると三人衆が食べ辛そうなので、木陰に腰掛けて出来上がるのを待つ事にする。
花隈城は夏の名残の蜃気楼で、ルラルラ儚げに見える。それでも木陰を流れる風は随分ヒンヤリとする様になった。
ボンヤリ遠くを見渡してると、不意に隣に若い連雀がどっかり座る。
座ってから「ちょいとしーやせん、ウヒヒ」と下卑た笑い方をして一声かけてきたので一寸ムッとする。
……いや、待て。
『オレ』はこの下卑た笑いをする人物を一人知っているぞ。
改めてその連雀を見ると、汚いながらも、男装して一見オッサンにしか見えないけど、残念な美貌がチョロリと覗かせる……そうだ。間違いない。
「もしかして…イスカ!?」
「あややや、悪七サンにはお見通しか~。いやこりゃ流石流石、フヒヒヒヒ~」
「どうしたんだい、こんなところで」
「あややや…あの侍達には見付かりたくないんで、どうぞこのまま……」
「…分かった。で、何しに来たんだい? アンタの事だから何の用もなく来たんじゃないんだろ」
「ヒヒヒ、慧眼っすね。今日は悪七さんに情報を持って来たンスよ」
「?」
「滝川左近将監を知ってます?」
黙って頷きながら思い浮かべる。
滝川左近将監一益。織田家家中でも随一の戦上手と聞いた事がある。退きの左近とも言われ、戦を片付けるのが得意とか…しかし、一体なんで今ソレを訊くんだろう。
「滝川の家中には甲賀の忍びが飼われてますぜ。それが有岡城の調略に成功しました」
な、なんだって!? じゃ、じゃあ、滝川家が先に有岡城を落としてしまうと………
「そう。あなた方の意義も意味も失われちゃウンすよ。カワイソ~!」
「そ、それは……じゃ、じゃあ、総攻撃は何時なんだい?」
「ズバリ、5日後! とにかく急いで着参の報告しないと、今までの苦労が水泡に消えますぜ~」
冷や汗がダラダラ止まらない。なんてこったい、こんなところでノンビリしている余裕なんて無いじゃないか!
だけど、最後に確認しておかないといけない事がある。
「イスカ。君はどうしてその情報を『オレ』に教えてくれるんだい?」
すると、下卑た笑みをやめたイスカが初めて、まっすぐコッチを見た。凄惨な美女が眼前に迫る。
「アンタの覗いてきた世界、ソレがどう結論付けられるのかもう少し見てみたいんだ」
「どいう言う事?」
「アンタは貴賎を問わず平等な目線で物事を見ていた。だからもしかしたら他のヤツが気づかない、この世界のオカシサが分かるのかも……ってね」
スルリと間合いがずらされ、気が付けばもうイスカは1間の向こうに移動していた。
「イスカ……君は『オレ』を語り部にしようとしているのか?」
「さあてね。甲賀の忍びの言う事を信じるんじゃないよ、フヒヒ…サーセンした~」
どういう原理なのかさっぱりワヤだが、声を裏腹にイスカの姿は見えなくなっていた。
イスカの言った意味はまた今度考えよう。それよりもアッチで『オレ』の飯まで食おうとしている不埒者共のケツを蹴り上げて、直ぐに出立しなければ!




