堺にて③
「デキた!」
グギギギ…と不器用に笑う声が、熱のこもったタタラ場に響き渡った。
手にしたのは硬くしなやか、展性の高い夢の鉄……アソウ。
南蛮鉄とも言う。海外からも入っては来るが、コレを鉄餅から作ろうとするとかなりの技術を要する。炭素の量が決め手なので、一度硫黄などの不純物を全て火花にして外に叩き出す。
そのままマガネと心鉄に分けて、重ねて鎚を打てば日本刀になるのだが、今回作る代物は特注なので心鉄ではなく軟鉄を使う。
更に薄く薄く延ばして、板状にしても折れないように、それでも強靭さを失わないように細かく調整を重ねた結果、やっと澪から頼まれたモノが完成したのだった。
「父者、見てグギ!」
コレはかなりの出来。タタラ場の対角に居た父者の元に駆け寄る。
「南蛮鉄のもっと良質なものが出来たギ。“宇留間”て云う、天竺の武器だギ!」
「ああ、そうか。エライエライ……」
トンテンカンテンと響く相槌を一旦停めて、父者がコッチを見る。だが、その表情には新しいモノが出来た喜びというものが無い。乾いている。
「なあ、オオヅツや」
そう語りかけながら父者が“自分”の頬を撫でた。
「こんなに火脹れでアバタだらけになって……」
「そうじゃなグデ、この“宇留間”はなんと……」
「なあ、ワシは今から20年近く前、根来は総取締りの津田算長様から種子島の作成を命じられて、以降ずっとタタラ場で寝食を過ごしてきた」
「そういう話じゃなグデ……」
「そうしてずっと鉄を叩いてきたが、こなたが鍛冶場を遊び場にしていることに内心恐怖を覚えたものじゃ。嗚呼、これは家族を蔑ろにした罰を金屋古神が咎めてこんな仕打ちをしたんではないか、と……」
「…やめデよ、今、ゾんダ話……」
「だから好きにさせておけば、いつか飽きるじゃろうと思ったのだ。しかし、ワシももう50を過ぎた。そろそろ孫が見たいと思うのは自然な流れではなかろうか?」
「………」
「髪も焼けてしまうからと、こんなに短くして……ワシはな、こなたが作るものであるなら良いモンだというのは分かっておる。だが、今ワシが一番見たいものは、こなたが婚礼をして初孫を産む事なのじゃよ」
それが出来ればこんなに苦しい思いはしない。でも父者は“自分”のためを思って言ってくれているんだ。だから、笑って、受け答えしなけりゃ。
「ワシもこなたが憎くて言っておるのではない。たださっきも言ったように人並みに孫の顔を見たいというのは慮外の望みではないはずじゃ。どうかの、榎並家辺りから婿をとらぬか?」
「そう…ですね……」
そう言って、その場を立ち去るのが精一杯だった。泣いてはいなかったと思う。だけど、ちゃんと、笑えていたかな?
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「すまんの、信乃さんはこちらかな?」
堺の店軒並みを冷やかしながら帰ってくると、体格のやたら良い初老の男性が訪ねてきた。総白髪なのだが、筋骨隆々なので若く見える。
「ああ、これはこれは芝辻殿。軒先をお借りしたままでろくに挨拶もせずに申し訳ないです」
そう、我々が今寝泊まりさせてもらっている、芝辻家の棟梁、芝辻清右衛門その人だ。
だが清右衛門は居心地悪そうに頭をポリポリ掻きながら奥歯に物が詰まったかのようにモゴモゴ言いよどんでいる。
「いや、そんなことは構わないのじゃ。それよりも……」
そうして切り出したのは、先ほど起こった娘の碽とのやりとり。どうやらグチグチと子供を産めとかいう話をしたらしい。そうしたら笑いながら出て行ったが、どうも泣いているんじゃないかという風に見えたので、何がいけなかったのか教えて欲しいと……要約すればそんな内容だった。
「…ふむ、で。芝辻殿はどうしたいんです?」
「いや、だから謝りたいんじゃが、何が悪いのかよく分からないのじゃ……」
「分からないものを謝ろうというのは、謝る気が無いからですよ。そんなんでしたらしない方が良いです」
才能があっても、女というだけで認められない。子供とか家族に縛られてしまう。アタイや澪が日常に感じてきた苦痛が清右衛門には一切理解出来ない様だった。
勿論、家族を守るべきだ、子供を産んでナンボという女性もいる。でもそうじゃない女性だって居るという事を分かってほしいのだが。
しかし、コレは家族の問題。所詮アタイは他人。助言は出来るかもしれないけど、それ以上踏み込んでいけないのが、この戦国での生き残りの処方だと信じて生きてきた。
視線を落とした清右衛門がポツリと呟く。
「でも、きっとあの子は泣いておった…」
フゥ…と溜息を付いた。彼がアタイの下に来た理由…つまり甘えているのが分かったから。
「そう。きっと」
「?」
「きっと、貴方は碽が許してくれるのも織り込み済み。あなた、それが分かってココに来たんだよね」
男はズルイ。女性を縛っておいて、いざとなると甘えさせてくれる存在と思っている。夫婦であり、娘であり、母を求めている。そんなん、独りで何役も出来るか!
「いや、そんな事は……」
「かまえばより傷つけることもある。ほっといてやりなさいよ」
大丈夫、気が付けば子供は育ってるもんですよ。実は悲しいほど親が出来ることなんて少ないモンですよ。…口にしては言わないけど。
「……」
「貴方は彼女を家の繋ぎとしてしか見ていなかった。彼女のあふれる才能を評価しなかった。だから、彼女は自分の心を殺してるんだ。追い討ちかけることもないでしょう」
漢字の「海」には母が含まれているが、寄るべき「港」という漢字の中には、己しかないんだ。何かあったら自分を省みるのがきっと正しい方法。母を求めたら転覆しちゃうかもしれない。
「……そうでしたか、いや、ありがとうございます……」
分かったのか分かんなかったのか、アタイのモノ言いたげな瞳をじっと見た清右衛門はションボリと肩を落としてタタラ場へと帰っていく。
「…あ、そうだった。手紙が来てましたぞ」
フト、思い出した様に清右衛門が懐から手紙を差し出した。宛名は「るき」とだけある。
慌てて開封して読み出した。
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まったく、ルキと来たら気まぐれで集合地点をココ、堺から明石に変更してきたのだ。
そのため、船で先に向かえという簡潔な指令が書いてあった。まったく…書くのは簡単だよ。
しかしコッチはコッチの都合ってものがあるのに……
プリプリ怒っているアタイの横で、ぎこちない親子が別れの挨拶をしていた。
「父者、大丈夫グギ。きっと帰ってグるガラ―」
「…ああ。碌な思い出無いかも知れんが、ココはお前の帰る場所だ。いつでも待っておるでな……」
清右衛門は“家族”じゃなくて“娘”を選んだようだ。大きくなったら色々欲目も出てこようが、初めに生まれて来た時に、それだけで奇跡と思えたじゃないか。それ以上の望みは子供への重荷だと思う。だから、辛くともひたすら待つという考えに至ったらしい。
「…ハイッ!」
意図が分かったのか、碽が今までに無いくらい朗らかな笑顔で頷いた。うん、旅立ちに相応しい。
それに対して、暑苦しいのがこっちの輩達だ。
「拙者等もご同道させて頂き真にかたじけない!」
「兄者、ワシは猛烈に感動しておりまするぞ!」
「まさに災い転じて福と為す…じゃな、太兵衛!」
虎が拾ってきた、珍奇な侍三人衆。虎の耳打ちによると、どうやら雛に旅費を騙し取られたらしいという事なので、同郷の恥は同郷で雪がねばならない…のかな?
とはいえ、アタイ等の財布管理は虎に拠るところが大きいので、あんまり臍を曲げさせるわけにもいかない。だから許可したのだけれど……
とにかく、侍というのはこんなにもウルサイのか。
「あ~うるさい。早くルキ達と合流しないと置いてかれるよ!」
船は石山を避け、明石方面へと下っていくらしい。
風が冷たくなっている。そろそろアタイ達の旅も終わりに近づいているのを、季節の変わり目で確かに感じたのだった。
「さ、ルキと悪七の元に行こうか」




