堺にて②
二度ある事は三度ある。しかし彼女ほど、強運に見舞われていると、それはもしかしたら不運なのかもしれない。
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ナントカと言う昔の天上人の陵が、小高い丘になっており、稽古がしやすい……朝霧のひんやりとした気配に、素振りで火照った体温が落ち着くのを感じながら、澪は満足そうに鼻を鳴らした。
堺から少し東に歩いた所がこの陵となっており、人気も無いので絶好の稽古場として、ここ数日入り浸っていたのだ。
根来の国で悪七やルキと別れて、もう4日。未だ連絡が無い。彼等の事だから滅多な事にはなっていないとは思うのだが、やはりムチャクチャな作戦だったのではという思いが今更の様に拙者の心に押し寄せる。
碽の計らいのお陰で、食う寝るのには困ってはいない。しかし、ジッとしているとなにか、体内から吐き出したい様な叫びだしたい様な、そんな不安に襲われるのだ。
だから剣を振って、ひたすら最悪の事態や自暴自棄になろうとしている自分を落ち着かせなければならないのだ。
本当は不安を隠さず叫びたい。
でも、叫ぶにも器量は必要だ。そして拙者にはそんな器量も度胸も無い。世の中には、叫びたくても声を出せない者だって居るんだ。
…叫び声の代わりに大きく深呼吸を三遍繰り返し、腹もひもじくなってきたので丘を降りようとすると、人の気配がした。
すわ、かつて天朝家は墓泥棒から陵を荒らされないために、「塚守」とか「塚本」という名前の守人を置いたと聞くが、もしやそういった輩に墓泥棒と間違われたか?
しかしそこに現れたのは意外な人物であった。
「やあ、相変わらず鍛錬熱心じゃ。しかし非力ゆえ腰が定まらぬ。それでは切れぬぞ」
そういってのっそりと姿を現したのは…熊のような風貌につぶらな瞳の新免迩助だった。
「ぬっ! 間の悪い……」
思わず口から漏れたのは、碽にお願いしている秘密兵器がまだ完成していなかったからだ。
慌てて剣を抜き払う。剣先がやたらブレるのは、ビビッているからではない!……多分。そう、兵法じゃ!…きっと。
「一体ここで何をしておった……いや、それよりもいざ尋常に勝負勝負!」
「あいや、拙者は少し思案に耽る場所を探しておっただけじゃ!……しかし、なあ……」
そこで迩助がしげしげとコッチを見る。
「いかんいかん。相変わらずへっぴり腰じゃのう」
迩助はそう言うと、おもむろになんだか長い鉄の棒を取り出した。持ち手の脇になにか金属片が飛び出した、オカシナ代物だ。
「お主、思うにその剣が駄目になると思って、いざという覚悟が足らんのではないか。そうであるならば、コレを使えや」
迩助がゾロリと手前に差し出したものは、長い鉄の棒に、鉤が付いている代物だった。
「……な?」
拙者が何を云おうとしてるのか機先を制して、迩助が口を開いた。
「これはな、“十手”と言う」
…ただ単に凄く長い鉄の棒にしか見えないが…あんなもの、この剣よりも重そうだし、何より敵の術中に嵌まってしまうような気がする。だから、やっぱりこの剣に賭ける!
「…そうか、十手ではイカンか……ならば、ワシが持とう」
そう言って、迩助が十手とやらを持ち構える。
…なるほど、2尺7寸はあろうかという鉄の棒は確かに敵を威圧し、進入を防ぐ効果もある。だが、捨て身の足払いならば!?
「む!」唸りつつ、半身でかわし拙者の頭上へと反射的に十手を振り下ろす迩助。それを留まることなく刀で受け流し、前に逃げ切る。
シメタ、相手は背を見せている! このまま刀身を抑えつつ、身体ごと突きの体制に身を預けた。
脇腹は掠ったものの、やはり半身で逸らし、なんとか間合いを取る迩助。
いける!
そう思った時、欲得の心が表に出てしまった。そこを見透かされて刀を弾かれてしまう。流石と言うか、鉄の棒だけあって手首の骨は折れはしなかったものの、あまりの衝撃に痺れて、己が刀を取りこぼしてしまった。
「勝負あったな……が、流石じゃ。思わず本気にさせられた……!」
息を切らしながら感嘆の声をあげる迩助。脇腹に開いた着物の穴を確認しながら、声を重ねる。
「…だが、惜しんだな。命を。本当に本気ならばワシを殺せたはず」
ハァハァ…妙に怜悧な迩助の声が耳に突き刺さる。手首だけではない、頭も痺れたかのような感覚。
「…人を殺すと言う行為に恐れた。命のやり取りを恐れた。お主に足らぬのは、覚悟よ」
さっきまでの汗が不自然に冷たい。そうだ、確かに拙者…アタシは人を殺すという行為に馴染めない。身体では割り切っていても、心がそれを許さない。これでは仇討ちなど到底見込めないではないか。
「……どうじゃ、他にあても無いのなら、そそそ…その、ワシと夫婦にならぬか?」
はぁ!?
ナニ言い出すんだこの毛むくじゃらは! なんで仇同士で夫婦にならなければいかんのじゃ!
「そんなに言わんでも…結構気にしておるのに……」
しまった、思わず考えていた事が声に出てしまっていたようだ。しかし発想が突拍子も無さ過ぎて、考えが追いつかない。
「いや、そんなにオカシナ話でも無かろう。お主、仇を討ったとしてもお家再興は望めまい。何故ならお主は女子の身じゃからな」
「う…た、確かに」
「ならばお家の事を考えるのであるならば、子供を為して戦で功名を立てることこそ自然な流れではなかろうか」
「う~む、悔しいがその通りじゃ」
「幸い、お主はとても強い。ワシも廻国修行の身では有るが、そこそこ出来ると自負しておる」
「…………」
「ならば、ワシと夫婦になって子を為せば、お主の技量とワシの覚悟を備えた強い子が生まれよう。道理にかなった話じゃないか」
「迩助、お前は何歳だ?」
「確か、当年とって33歳じゃが?」
アタシは18歳。だがこの時代、コレくらいの年齢差の婚礼は珍しくも無いのは確かだ。
ム~…と考え込むアタシを見て、新免迩助が笑う。
「フハハハ。ま、お主とは縁もある。次回遭った時にどうするのか答えを聞かせてくれればよい。…出来れば良い返事を期待しておるがな!」
そう言い残すと、あっという間に視界から消えてしまった。
思えば新免迩助も気恥ずかしかったのかもしれない。アイツ…モテなさそうだもんなあ……




