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攻城のルキ  作者: いのしげ
34/52

海部にて⑤


 次の日、起きたら晴れだった。

 昨日の嵐など夢のようだ。

 熱も引いた様だ。


 風はやや強いが、津々浦々が畝って見える稜線は青葉と紅葉が混じって荘厳だ。

 外海に繋がっている様には見えないくらい、波も落ち着いている。

 そして至る所から上がる白い煙。何かを盛んに燃やしている様だ。


 海部の集落が見える。随分と鄙びた感じで、うちの“女村”と比べても大差ないのがおかしい。まあきっと、昨日の話から察するに長曽我部とやらの攻撃を受けて、落ちぶれちゃったんだろうな。


 そう……昨日の話は夢じゃなかったんだろうかと、未だに信じられない部分がある。

 そっと股間に手を当てるが、モッサリしたモノが無い。

 「チンチンて、大きくなれば勝手に生えるもんじゃないんだ……」思わず声が出てしまう。

 ジイヤは何でか『オレ』を「男」として育てていたし、もうその頃既に女村は“女村”だったので、比べる相手も居なかった。そもそもウチは村八分に遭っていたし。

 なんか、これからどうなるんだろう………ていうか、どうすればいいんだろう?


 寝床で搗き米のお粥を頂戴したお陰で、船っぺりにまで出て外を眺める事が出来たのだが、昨日の事で頭がモヤモヤして足元が覚束無い。

 「がはははは、船酔いかな。熱の間は気づかなかったのかも知れぬが、船酔いは蓄積するものぞ」

 ガラガラの塩辛声が後ろからしたので、振り返れば果たして赤錆男……(吉次とか言ったかな?)が仁王立ちしていた。

 「あ、昨日はどうも……世話になりました」

 「なんの! 海の上は相身互い。礼には及ばぬよ」

 ルキが見当たらないので、少しホッとする己の心の内が、なんだか妙にムズ痒い。

 「あの……ルキは?」

 「姫? ああいや、ルキ殿か…ルキ殿は今、陸に上がっておる。運び出した木材をナンヤラとか言う物の、設計図通りに切りつけてしまうんじゃと」

 吉次がガサツな言い直しをして、ルキの素性を隠そうとしている。…が、バレバレだっての。大体、『オレ』には乱暴な言葉使いなのに、ルキには尊敬語を使っているじゃないか。……まあ、バラしたところでどうという事も無いので、放っておく事にする。

 「ふうん、堺じゃなくてココでもう整えてしまうのか……」

 「まあな、海部は元々木材で鳴らした土地じゃによってな」

 フウム、と鼻息荒く、自慢げに胸を張る吉次。

 「アレ、『海運』で鳴らしたんじゃないんですか?」

 「海運といっても元手が必要じゃろうが。ここ海部の豊かな木材は、奈良の寺社で欠かせぬ貴重なモノじゃ。それを雑賀で売って鉄砲を買う。それを堺で売って、茶や絹織物、そして南蛮渡来品を買う。それを備前で売って、蹈鞴鉄を買うのじゃ」

 とても大規模な船貿易に心躍らせてしまう。畿内は海運無くして語れないじゃないか。

 「それで?」

 「ここ、阿波には鉄が無い。だから鉄は咽喉から手が出るほど欲しい物なのじゃ。だから鉄を持って帰って刀槍を作るのじゃ。そのために必要なのが炭じゃ。ホレ、オチコチで上がっておる煙は皆、炭焼き小屋のものだ」

 四点間貿易とでも言うのだろうか。不足を補って己の利とする辺り、流石であり興味深い。きっとルキの商魂は、ココだからこそ鍛えられたのであろう。

 「おお、すごい! 盛隆じゃないですか」

 「然り。ここ海部で出来た刀剣ははるばる明にまで売りに行く。これが良い値で売れるのじゃ。そこで明銭と硝石を買い、薩摩は坊津で明銭を硫黄と取り替えるのじゃ」

 「それって、まさか………」

 両輪のワッカが思い浮かべられる。内海の貿易と外海での貿易が上手く互いに利益をもたらす、最良のツーカーと言える感じだ。

 「そう、畿内の玉薬の貿易を一手に担っておるのは、我等、海部衆じゃった……!」

 「……『じゃった』とは?」

 ココで急に吉次の肩が落ちて、ガックリとうな垂れる。

 「……そう。先の戦で長宗我部に遅れをとってから、海部衆の衰運は留まる所も知らず、畿内は塩飽水軍や村上水軍にシマを取られ、明貿易は松浦家に差を開けられ、薩摩も自ら水軍を出しておる……我等の時代はもう終わったのじゃ……だが!」

 目つきの険しい眼でこちらを急に射すくめる吉次。赤錆色の体が更に真っ赤になって、赤銅色みたいになっている。

 「我等にはルキ姫が居る。…姫は騙せても年の功はあるワシは騙せぬぞ。…お主、昨日ちゃんと起きていて、ワシ等の話を聞いておったであろう」

 「うっ、いや、だってあんな大声で喋ってたら嫌でも聞こえ……」

 「ともかく! ココで会えたのは何かの縁。姫が跡目を継ぐと言わぬ限り、お主等が如何様に抵抗しようと、海部から出さぬ!」

 「うええええ!?」

 どうやらそうそう楽はさせてもらえないらしい……


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