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攻城のルキ  作者: いのしげ
33/52

海部にて④

 ルキの誘いを軽く交わしながら、ググッと赤錆男が顔をルキに詰め寄る。

 「そんな事より姫ももうお年頃。兄上を喜ばすためにも“輿入れ”なども考えておきなされ」

 死肉にたかる蛆虫を見つけたときのような凄い顔をして、ルキが首を括る真似をした。

 「あ~…結局それか。アンタ等“オレッチ”を見てるんじゃなく“家”を見てるんだからな。だっからオレッチのマーマは呆れてマカオに帰っちゃったんじゃないか」

 「あの女は魔女です。あのエスパニア女のせいで兄上は……」

 「ウチのマーマの悪口を言うんじゃないよ! その一言がどんだけオレッチの心を抉るか知らねえだろ!」

 ルキが急に血相を変えて怒鳴った。

 「う、ス、すみません……心配りが足りませんでした。」

 ルキはだから、ちょっと目鼻立ちが南蛮人に似ていたんだな…とか暢気に、熱にうなされた頭でぼんやり考えていたが、どうもいつものルキの調子ではないことに気づいた。

 元々外っ面は作り物なのか、それとも母親(多分察するに、マーマとは母親の事だろう)の事を言われるとこうなるのかよく分からない。

 それでも膝を抱えて頭を埋めるルキの姿は、今まで逢ったことの無い、新鮮な光景だった。

 「嫌いだ、親父もオジキも、なんもかも! オレッチはオレッチの力でマーマに会いに行ってやる。アンタ等の力なんか借りねえ」

 「…姫様には本当に申し訳ない。なれど子を為し、家を興隆させるのは子孫の務めにございまする」

 「……なら、なんで今まで滅んだ家があるんだ?」

 キッと睨むルキ。

 「う、そ、それは………?」

 思わずたじろぐ吉次。

 「人智を超えた天命というものもあろう。一代にして興った家もあれば、子供同士骨肉相食み、没落する家もある。己が命運は天に任すべきであろうが。子を為して栄えるのがテッパンだと言うのなら、今頃ネズミが天下取ってらあ!」

 良かった、いつものルキの調子に戻ってきたようだ。口調がいつもとは少し違うけど、これがきっと本来のサムライと言うか、水軍の姫である時の話し方なんだろうな。

 「それは屁理屈では……一理あるようにも聞こえなくもないですが。それよりもその男子(おのこ=悪七)を救ったという事は、それなりに気があるのではなりますまいか?」

 なんとか色恋沙汰に軌道修正しようとしているのがミエミエの赤錆男の話題の振り方に、やっとニンマリして、例の悪い笑いかたでルキが答えた。

 「…フッフッフ、吉次オジキ。アンタも耄碌したもんだ。姿身形は男子なれど、悪七は女子おなごだよ」


 「へ!?」


 赤錆男の声もデカかったが、「オレ」も同時に声を上げていた。

 つまり、この「へ!?」はどっちの声から発せられたのかよく分からない。


 「確かめぬまでも明白。本人は自覚しておらんが、うっすら乳も膨らんできておる」

 いやいやいやいや……いやいやいやいやいやいやいや!! 無いわぁ~。それ無いわぁ~!?

 ぅえ~!?……あ、これ夢か。そうだ夢なんだ。熱にうなされてオカシナ夢を見てしまったんだろう。もう一回寝直せば大丈夫。


 『オレ(?)』が目を瞑った頃、赤錆男も衝撃から立ち直った模様で、いぶかしげにこちらを見つつ、ルキに尋ねた。

 「で、では…何故、姫様はコヤツにそんなにも肩入れなさるのですか?」

 うん、それはこっちも知りたかった。するとルキが複雑な顔をしながらポツリと呟いた。

 「こいつはオレッチなんだ」 

 「?」

 哲学的な返答にポカンとする赤錆男。ルキも急に照れくさくもなったのか、鼻の頭をポリポリ掻きつつ補足した。

 「こいつも同じく家に拠り所を持てず、誰に頼れることも無く己の才覚だけでこの激動の時代を、ヒョロヒョロ何とか生きてきた。一歩間違えればこいつは死んでいただろうし、もしかしたらそれはオレッチも同様だったかもしれない」 

 「だからと言って……」

 「そう、それだけじゃない。こんなどうしようもない戦国の世で、こいつは無垢でいる…それが面白いからさ。もうこんな時代もそろそろ終わりだ。もっと世界に目を向けないといけない時代が来る…それは南蛮貿易をしてきたオジキがよく分かってるだろうが!」

 人間は動物と違い、未来を想像できるものだと聞いたことがある。ルキの言っている未来が正しいとは限らないが、その言葉には確かな重みを感じた。

 赤錆男もウンと頷く。

 「…確かに土地に縛られた田舎大名共が、無益な戦を重ねておりましょう。しかし大友殿や島津殿、それに織田殿も海の版図に気付いた者も居ります。姫の言うように世界は広うございましたが、狭まってきているのも事実ですぞ」

 「……そしたら、もっと遠い世界を目指すさ。海部じゃオレッチの夢は包みきれないよ」 

 長い沈黙。こっちとしては唾を飲み込みたいほど緊張しているのだが、のどを鳴らす音がしそうで、必死でぐっと咽喉を止める。

 ややあって、静かに赤錆男は語りだした。

 「……琉球、唐より始まって宋、明と貿易の一手を担ってきたのは確かに海部衆でした。ルソンやマカオ、アユタヤにまで足を伸ばしていたのも昔日の話…なれどルキ姫様は先祖帰りしたようですな。まこと立派になり申した!」

 そう言って吉次は先ほどのお返しとばかりにルキの肩をバシンと叩く。

 「ならば我々はもう止めますまい。板子一枚地獄の差、所詮我等伸るか反るかの事賭師ごとしですからのう!」

 だが、笑う吉次の目にはきらりと光るものがあった。よくみると、ルキも泣いている。

 なんと無骨でぎこちない家族愛なんだろう。聞いているこっちが切なくなる。

 「…と、ところで親父は元気にしておるのか?」

 涙を袂でグイッと拭ったルキが口調を変えて赤錆男に尋ねた。ルキなりの照れ隠しなのか。

 「気になるなら阿波にまで行って、直接お会いなさればよろしいのに」

 赤錆男が尤もな質問をする。

 「嫌じゃ! また今のと同じ話をさせるつもりか!」

 「ふむ、仕方ありませぬな。親父殿は最近、筑前守殿の配下におられる蜂須賀殿と頻繁に連絡を取っておりまする」

 「そう、そうか……ならば良い。」

 なにがどう納得したのかは知らないけれど、それなりに胸に収まるものがあったのだろう。それからはお互い黙りこくり、それに誘発されてこちらもまた、まどろみの中に落ちていった……



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