海部にて①
どっどどどどうどう どっどどどどうどう……
「ルキのアホー! なんで軽い滝があるのに、筏で下ろうなんて思ったんだよ!」
「じゃかましぃ、ちゃんと水面に注意しとけって言っただろうが! よそ見していた悪七がアホなんじゃい!」
「こんな真っ暗闇の中で、水面なんて見えるかボケ!」
「ほら、やっぱお前のせいじゃないかハゲー!」
「ハゲとらんわー! 筏で下ろうという計画がそもそも無茶だったって言ってるんじゃないか、ミソッカス!」
「発案したんはお前だっつうの、エテ猿チビマシラ!」
「ぅえ!? 全部一緒の言葉じゃないか…ま、それはそうとしてどう責任取るんだよ、コレ!」
「ウルサイ、失敗したトンチキが責任取れっつうんだ、ハゲチャビン!」
「だからハゲとらんわ!……いや、いい加減、建設的な意見を出そうよ!」
「うっさいわハゲー! いいから竿を放すなよ!」
紀ノ川を大きくたゆたう波飛沫の音にも負けず、ルキとの罵詈雑言合戦が闇夜によく響いた。
確かに慈尊院を過ぎた辺りまでは順調だった。正直、調子にも乗っていた。
だが、川面を煌々と照らす月が雲に隠れだしてから事態が変化したのだ。
先ず確かにルキは「この先難所があるか気をつけろ」とは言っていた。だがこうも夜目が利かないほどに見えなくなるとは想像すらしてなかった。
そうして粉河辺りであろうか、重力を感じなくなったと思った刹那、筏諸とも水面に叩きつけられた。その時はまだ、かろうじて筏は分解されずに形を保ってはいた。
しかし急激に流れが急峻になって行き、操作もままならないまま岩出辺りかで今度は浅瀬に突出していた岩にガッツリぶつかってしまった。
これがいけなかった。
筏を縛っていた縄が千切れてしまったのだ。とっさに操作のために使っていた竹竿をルキに差し向けると、ルキもとっさに判断したのか彼女の持っていた竿をこっちに向けてきた。
こうして、両脇で竿を掴み合って、バラバラになりかけている筏を文字通り、体を張って踏ん張り押し止めているのだ。
ただ致命的な欠陥が……
そう。竿をお互い握っているので筏の操作が全然出来ないのだ。しかもチョットでも手を離そうものならたちまち筏が分解してしまうから、微動だに出来ない。
だからこうして罵り合うしか他に出来る事が無いのだが、語彙ではルキにはどうしたって勝つ事が出来ない。
それにもう一つ懸念する事がある。ポツリポツリと雨が降り出してきたのだ。それを為す術もなく川の流れに翻弄されながらただ流されていくだけ。
「何とかならねーのか、ルキ!」
「バッカヤロウ、出来るんならとうにやってらぁ!」
ルキの言う事もごもっとも。大体ルキだって「オレ」とそんなに歳が変わらないのだ。ついつい頼りにしてしまうけど、経験値は似たり寄ったりだと思う。
そのうち辺りの雰囲気が変わってきたのが、この暗闇の中でも分かった。
なにか、全方位から轟々と潮と風の音がしだしたのだ。そしてなんか生臭い……
「ルキ……波の音が変わってるんだけど……」
「ああ、そりゃそうだな…紀ノ川を抜けて、いよいよ紀伊水道に入ったんだろ」
紀伊水道はつまるところ……海だ。
フヒヒとルキの気の抜けたような笑い声がする。これって前に石山でも聞いた、諦観の笑みなんじゃないのか。
「ま…ま…マズイじゃないっすかぁぁぁ!!」
「悪七…お前、泳げるか?」
ルキの突然な真面目な口調にドキリとなる。え、お…泳ぐ事を近いうちに選択しなきゃならないのか……
「いや…『オレ』、めっきりカナヅチで……」
「アディオス・アミーゴ。よく考えたら良いヤツだったよ、きっと…多分…そうじゃないかと…そうだったら良いなぁ」
一体何を言ってるんだ、ルキは?
「イヤダカラ、死んでも逆恨みして化けて出るなよ?」
その瞬間、大きな波が一揉み、二揉みと来て、海水でヌルヌルになった丸太では踏ん張りが利きようもなく、オレは漆黒の時化た海水へと飲み込まれていってしまった……




