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攻城のルキ  作者: いのしげ
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女村にて③


 ジイヤはジイヤだ。

 名前を知らない。

 

 ただ昔から身近に存在していた。「オレ」のお守り役として。そんなジイヤが夜道を貴重な松明で照らす。一般の者にはそうそう手に入らない松明を拵える辺り、ジイヤは裏で何しているのか、時々薄気味悪く思う時がある。

 「悪七郎兵衛様、今日はお泊りの者がございますので、よしなに……」

 「お泊り? 村八分の家に泊まろうとは…よほど食い詰めた者か」

 自虐気味に鼻で嗤った「オレ」をやれやれとジイヤが首を振る。


 「今こそ言いましょうぞ。貴方は、悪七郎兵衛……」

 ジイヤが思い詰めながら我が家の戸を開いた。

 だがその時、ジイヤの声を遮るかのような騒音。あからさまに外からも聞こえるガツガツという食事の音。

 コレは間違いなく、「オレ」らの分まで鍋にかけた雑炊を食っている…なので反射的に駆けだした。

 

 「あ……あああ………」

そう…総ては手遅れだったのだ。

 「イヨーウ、お前ンチだったか、悪ぃなあ、腹減って待ちきれなかったよ~、うあっはははは!」

 そこに居たのは小柄な赤髪。一片の悪びれも無い、ある意味天真爛漫。

 そう、馬借のルキだ。

 「ゴメン、もしかしてオマエラの分も含まれてた? だってさチョッピリだったからよう、スマネエスマネエ! …ただ一つだけ言わせてくれよ…?」

 そう言って、呆気にとられている「オレ」等2人を交互に見渡す。

 「ムッチャ、美味かった…おぶりがるで!」

 「お、おぶ!?」

 「ま、いいさ。そんなあこたあ。オマエラのイチャツキで一時は鯖がどうなるかたぁ思ったが…何とかトントンと上手く運べてよぅ…結果トントンってもんだ、寝所のキリギリスってんだ、ガッハハハ!」

 すっごく自然にくつろぐルキを見て、コッチが悪いんじゃないないかと思い、寧ろ挙動不審になる悪七。

 「お、お前が…何を言ってるんだかわからない」

 「おっと、カッチケネェ。アンタ等もご存じの通り、先年から来る馬借一揆、土倉一揆、国一揆のせいで、オレッチ等流通業は空前の灯よ」

 「“風前”でござろうが……」

 傍らのジイヤが堪らずツッコむ。

 「む? む…そう、その風前の灯ってヤツさ。だが、この国を動かしてるんは誰だ?  天朝か? 天魔王か? 違うだろう、オレッチ等、馬借・車借さ! そうだろう?」

 この演説のドコに「オレ」達の夕飯まで食っちまった理由があるのか皆目見当もつかないが、兎に角、声のデカい奴が主導権を握る。今もそうだ。「オレ」もジイヤも不動縛呪でも喰らったかのように微動だに出来なかった。言葉の通じない相手に言葉を手繰る不毛さ。

 「まあいい、オレッチも大人気無かった……オイ、悪七。アンタの悩みを一回聞くだけの権利を上げよう!」

 ……そもそも、ウチに泊めてあげるだけで大きな貸しなんでは?

 朽木街道…鯖街道とは違い、関所を厭う裏ルートの馬借達が度々この道を通り、そしてその見返りとしてウチが宿を提供する。村八分でもなんとか食いつないでいる原因がこれだ。今時、関所を馬鹿正直に潜れば、京都の物価は3倍以上になっているに違いない。

 

 それらの関所を建てる馬鹿チン共は、それぞれの守護大名。言い方は綺麗だけれども、単なる種銭…つまりショバ代だ。やってる事はヤクザとなんら変わらない。社会のダニが社会を動かしている…反吐が出る素晴らしき世界。

 大名なんて偉そうに言っているが、所詮ゴロツキが暴力で支配する世界なんだ、この世界は。

 「…お前だってこの社会、気に入ってないんだろ?」

 どこまで話していたのか知らないが、不意にルキのセリフが心に刺さる。

 「逃げ出しちまおうぜ? お前だったら若いし、オレッチが一緒に世界を変えてやるよ」

 いつの間にか自前の酒を呑みだしたルキが「オレ」にも徳利を強要し、「オレ」は一気に目が廻ってしまう。

 気が付けばいつの間にか、外に連れ出されていた。

 「見ろ、悪七。あの月は数千年前から変わらないのさ。俺たちも自分達の理想郷を作ろうぜ?」

 ほんのり頬を赤らめたルキが、また突拍子もないことを言い出す。コイツも大名になって国盗り合戦をしたいのか?

 違うだろ。群雄割拠、離合集散、会者常離は世の倣いとはいえ…もっと違う形の、世の理がある筈だ。戦や武力に頼らない、才能ある者が適材適所となれる社会……

 「だから、オレッチが言ってるのは“そういう社会”の事さ!」

 いつになく真面目な顔でルキが反論する。月明りで妙に妖艶に感じた。

 「悪七様はそのような方では無いのです!」

 その時、ヨイヨイとかまちからジイヤが飛び出す。手には錦の袋に入った何やらいわくつきの短刀。

 「悪七郎兵衛とは……景清様伝来の権力を糺す力……!」

 その時、闇夜に一閃が走った。

 ジイヤが後ろから袈裟懸けに切り倒されたと理解するまでに、だいぶ時間を要した気がする。それはあんまりにも幻想的で現実味が無かったから。


 慌てて駆け寄った…と思う。

 「な…なんで…?」

 今の流れで、ジイヤが闇討ちされる要素なんて無い。なんだか頭がフワフワして魂が半分ぬけているかの様に感じる。実際、何故か視線は自分の後頭部にある。

 「ゴフッ……ジイヤは幸せ者にございました……ですが…大変不忠者でした……」

 なんだ、何を言ってるのだ? 混乱が先行して涙なんか出てこない。

 「あ…貴女こそは…権力を糺す血筋……悪七郎……『悪』とは『悪』に非ず………」

 「ジイヤ、何を言っているのだ!? 『オレ』は…オレはどうしたらいいんだ……!!??」

 「ああ…不憫な……悪七…様……そのルキ様にかの懐剣を……」

 唯一の肉親(?)が亡くなったためか。今、この乱世に身寄りが誰もいなくなってしまったという、茫漠とした不安が先にやってきた。

 爺やを悼む気持ちよりも、先ずは己を憐れむ自分の心に気付いて、それが何だか妙に可笑しかった。

 自分にとってジイヤとは何であったのだろう?逆に言えばジイヤにとって「オレ」は何であったのだろう? 

 ともかく。

 ジイヤは死んだ。「オレ」は生涯孤独の身となったのだ。あっという間過ぎて、涙も出ない。寧ろ、笑いすら起きてしまう……天涯孤独となった事より、その寄る辺なさに身が怖気る…それが一番正しい表現か。

 人間独りと言っても、一切の繋がりが無くなった時、自分の本来が出るんだ。 

 そして。

 「…オイ。何震えてんだ」

 ルキの声。

 「お前が望むものを“ 有償”で手助けしてやるぜ?」

 「オレ」にはルキの望むべくも無い宝しかない。 だけど……

 「もう…『オレ』にはこれしか無い……幾らかは知らないけれど、総てを無事に終えたらコレをやる。これが…これこそが『悪七』だ!」

 にやりと哂うルキ。

 「良いさ…契約成立だ、悪七。アンタ、景清の子孫だって? だったらその血統…確かめさせてもらうぞ。代償はアンタの目玉か……それとも……」


 

やっと余裕が出来ましたので改訂します。

いやあ、ちょうど10年前の作品でしたけど、グチャグチャで恥ずかしいですね。

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