根来にて⑤
「ふぅ…ここまで来れば追手も来ないだろう」
ルキが一息入れたのは、地名はよく知らないが、紀ノ川の河原沿いだった。
多分大和の国、五条辺りではないかとルキは言う。
真っ暗な中、月明かりで川のせせらぎが銀色に光って、辺りをうっすら照らしている。
その薄明りを頼りに、今夜の野営の準備を始めることにした。
流石ルキ、手慣れていてあっという間に簡易の竈を作り、流木で火を熾していく。
「火とか熾して、追手に見付かったりしない?」
「フヒヒ、大丈夫。大和の国に入ってしまえば荘園が多くて、そうそう追っては来れないのさ」
大和は各寺院の荘園やら地侍が群雄割拠していて纏まっておらず、領地が入り組んでいる為、迂闊に入り込めないのだそうだ。それでも一抹の不安はあるが。
「大丈夫、そん時はオメエを差し出して逃げるさ」
…まったく食えない話だ。ルキの場合、本気でやりかねないから油断できない。
食えないと言えば、夜食。
「オレ」だって多少は存在感を示さないといけないので、山椒の木の葉を揉み川に晒し、それに弱った魚を岩陰に追い込み、オイカワを4匹ばかり掴み獲った。
「ホゥ、なかなかやるじゃない」
「まぁね…小さい時からやってたから」
ルキに褒められて満更でもない気持ちになる。山椒はあまりいっぱい流すと、川魚総てを痺れさせてしまうので、場所の選定と量の加減が難しいのだ。
魚を焼いていて、不意に気付いた。今夜、ルキと二人きりなのだ。この旅で初めての事だ、ドキがムネムネする……!
「な、なあ…ルキはなんでそんなに金に固執するんだい?」
気を紛らわせようと、前から気になっていた事を訊いてみた。
「金はあって困るもんじゃないしね。それにいつか……」
「いつか?」
「大きな船を買って、外つ国まで行って交易をしたいんだ」
「驚いた……随分大きな夢を持っていたんだね!」
「船は良いぞぅ。それに外の世界は面白い。こんな小さな国のチッポケなしきたりなんやらが、簡単に吹き飛ぶくらいに常識が通用しないんだ。頼れるのは自分の才覚だけさ!」
「…ルキは昔、船に乗っていたの?」
あまりに船を知っていそうだったので、何の気なしに言ってみると、ルキの手元が途端に忙しなく動いて焚火から火花が飛び散った。
「ウェッ……イイイイ、イヤ! ソソソ…そンな事無いョ!」
「ふぅん…ま、いいけど。でもさ、何でそんなに刀の蒐集をしてるんだい?」
「バッカ、癬丸はオメエにやるっつったじゃんかよ。その代り、小烏丸を貰うってね。刀はあるべき場所に在って、そうして初めて力を発揮するもんなんだと思うから…さ。そんだけだよ」
そんだけとは言っても、ルキには何か複雑な想いがあるようだ。
更に訊いてみようとしたが、明日に備えて早く寝ろと一喝されてしまい、慌てて横になる。
ドキドキな筈の二人きりの夜だったが、疲れが睡魔を伴って襲ってきて、あっという間に寝付いてしまった。
次の日、秋独特の朝霧と共にまた川沿いを遡上すると分岐に出くわした。その分岐の先へと渡し船を乗り継ぐとその川=吉野川がどんどん細くなり、それにつられて山道ばかりとなる。これが吉野街道らしいがケモノ道にしか感じない。
肩で息をする頃合いにやっと目的地の木場が見えた。
山にはもうそれは鬱蒼とするくらいのヒノキや杉。それらを杣人が切り出し貯蔵しておくのが木場だ。一旦水に付けた後、乾燥が必要なので濠が作られていて、そこに大量の木々が浸かっている。




