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攻城のルキ  作者: いのしげ
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根来にて②

 細長い小道を小走りに駆け去っていく集団がいた。勿論「オレ」達だ。というのも、堺を出てから急に雨が降りだしたからだ。

 女心と秋の空とはよく言ったもので、止む気配どころかどんどん強くなっていく。京師の長老達がくれた蓑がここでも役に立つ。

 ルキの話では熊野街道を南下し、泉南に入った処で左に曲がり山中渓を目指すとの事。そこを抜ければスグに根来領らしい。しかし、この調子では今夜中に根来に着く事が難しい。下手すれば山中渓で一泊する羽目に陥るかもしれない。なので、自然と小走りになっているのだ。

 この通っている道は熊野街道。熊野街道とは、その名の通り大坂から紀州・熊野まで参詣するために拵えられた、古い古い道らしい。本来は往来も多い街道なのだが、石山合戦のあおりを受けて泉州の武士団は千々に乱れ、それぞれ織田方と本願寺方に別れて戦をしているせいで、危なすぎて今はあまり使われていないらしい。

 ……らしい、らしい、と連呼しているのはこれらの情報が全てルキからの受け売りだからだ。

 さっき“根来領”と言ったのは、今来日中のイルマン、ルイス・フロイスが書いていた日記の中で、『紀州に五つの国王を持たない共和国がある』との事。

 ①高野山②雑賀荘③粉河寺④熊野権現…そして⑤根来寺だ。

 中でも根来はこの五つの中でもとりわけ強大で、寺領七二万石、坊舎四〇〇~二〇〇〇、常駐する僧兵は一万余と、そこいらの地方大名なんかより遥かに力を持っているのだ。

 そこを差配しているのが本願寺と同じく坊官、そして田中氏・根来氏・津田氏等の地侍だ。彼等が合議によって方針を定めているのが本願寺との違いかもしれない。

 こういった形を『境内都市』というらしい。

 「でもさ、何で“根来”なんだ?」

 信乃が言う通り、根来に向かっている目的が今一歩よく解からない。

 「だからさ、『大々衝弩・マンゴネル』は巨大な石を飛ばす武器ナンダヨ」

 うんざり気味にルキが応える。

 「うんうん、それで?」

 「巨大な石を飛ばすには普通の弓なんかじゃモタナイのは分かるね?……だからそれに見合った強力な“鉄の弓”が要るのさ」

 「うんうん…それで?」

 「…ハァ……オマエラちっとはちっとは考えろよ。根来と言えば?」

 「そりゃあ、鉄砲だろう」

 全員一致。

 なんせ、雑賀衆が使っているのも根来の鉄砲だ。近江にも国友衆等があるが、規模で言えば根来が最大だ。

 「実は堺を出発する前、根来の鉄砲鍛冶師・芝辻清右衛門に見積もりを送っておいたんだ」

 芝辻清右衛門とは、大小様々な鉄砲を作り出す、名うての鉄砲鍛冶師らしい。それが今、堺での量産化に向けて技術指導として赴いていたのだとか。確かに根来で作ってから堺へ持っていくよりも、堺で作ってしまえば手っ取り早い。

 しかし、芝辻清右衛門には頼む事が出来ないらしい。ルキが話を続ける。

 「堺も今、鍛冶師が出ずっぱりで注文をこなしているが、それでも注文が間に合わないのだとか。それに……」

 ここで少し、ルキが言葉を紡ぐのか、やや逡巡する。

 「“土台”の事を考えると、直に根来まで行って作った方が早い、と言うんだ」

 「それで根来に向かっているって事なのか、理解したぜ」

 「オレ」が頷く。だが、虎が「オレ」の一人合点を遮った。

 「いや、未だ分かっていないョ…土台ってどういう事ニャ?」

 「ま…おいおいやっていくしかないって事さ。それについてはまた今度説明するよ」

 雨は未だ降りやまない。逆に今までが天気が良すぎたのかもしれない。


 紀州の岩出に出た時にはもう夜だった。蓑が雨水を吸って重く、気持ち悪い。

 「うわあ!」

 そんな鬱々した気持ちを吹き飛ばしたのは、夜に燦然と輝く巨大な共和政都市・根来の姿だった。

 大坂の時もビックリしたが、根来もスゴイ。てっきり寺だからちょっと広いだけのモノだと勘違いしていた。眼前に広がる根来寺は、整然と碁盤目に並んだ道筋それぞれに松明か何かの明りを灯し、紀ノ川がそれを照り返して綺麗だ。

 変な話だが京都よりも京都らしい。そしてココからも聞こえる鎚の響き。工業都市と言われる所以、ゴウンゴウンと大きなふいごの音も聞こえる。  

 月産千丁を超す鉄砲を生産できる訳だ、どうやら二四時間交代制でこの街は眠らないみたいだ。

 「さあ、“オオヅツ”を探すよ!」とおもむろにルキが叫ぶ。

 「え、ルキ、何言ってるんだ。『マンゴネル』の材料が必要なんだろ? 『大砲』は要らないだろ?」

 「ああ、違う違う。“オオヅツ”と言う名前の鍛冶師だよ。どういう理由なのか知らないが、変な受注を請け負ってくれそうなのはソイツだけだって清右衛門が言っていたんだ」

 それから夕闇の中、明るい軒屋を一軒一軒それぞれ別れて訪ねて回る事になったのだが、いかんせん体が冷えてきて寒い。それでも小一時間ほど水たまりをバシャバシャさせながら聞き込みを続ける。

 「“オオヅツ”さ~ん、“オオヅツ”さんは居ませんか~? 誰か知っていたら教えて下さい」

 だんだん声が小さくなってきて、聞き取りづらいのか誰もがポカンとした顔で頭を振るばかり。そもそもそんな変チクリンな名前の人物がいると思えなくなってきた。

 そんな中、反対の一画を回っていた澪と鉢合わせした。ということは、一周してしまったという事か。澪に首尾を聞いてみるも、コチラと大して違いは無いようで、紫色になった唇を震わせて報告した。

 「ダメだ…思った以上に反応が鈍いぞ……何か隠してるのか、ココの連中?」

 「イヤ。そういう感じよりも、何かポカンとした反応だったけどなあ……」

 「もしかしたら……こちらの職人達が住む方面には居ないのかもしれない、まさかとは思うが坊舎の方を回ってみるか」 

 「あのぅ……」

 ふと、走りかけた澪に声を掛ける者が居た。後ろ髪を左右に三つ編みにした女の子だ。不思議な事にその三つ編みはピンと上を向いている。それに首にメガネの様な、ギヤマンを当てはめた不思議なモノをぶら下げている。

 「何じゃ、女子には用は無いぞ」

 寒いせいもあって、邪険に澪が吐き捨てる。

 「いや、確認なんですが、芝辻清右衛門さんに“オオヅツ”って名前教えてもらったんでグギね?」

 なんだ、この子。久方ぶりに喋ったかの様に、口が。口調が時々ぎこちない。グギギ…と音を立てて無理やりな笑顔を作っている。

 「ああ、そうだが…?」

 「グガッ、あのジジィ……未だに娘の名前を間違えるだなんてグギギギ……」

 娘? 今、娘って言ったか!

 「え、つまり……」

 「そう、きっと貴方達の探してる“オオヅツ”ってワタグギの事でギ。本当の名前はこうって読むんですけグギね」

 そう言いながら宙に手で綴りをギギギと書いて現わした。

 「石編に貢で碽……確かに、オオヅツとも読めなくもない」

 字の読み書きの出来る澪が、なる程…と頷いた。

 「立ち話もなんでギ。ウチに来ませんガ?」

 碽は不器用な表情とは違って、それなりに空気は読めるらしい。「オレ」等が寒そうにしているのを察してくれたみたいだ。  

 「あ、ああ…ヨロシク。チョット待って、皆を呼んでくるよ!」

 上手く幸先よく見付けられた嬉しさに、俄然張り切った「オレ」」は雨の中を飛び出し、信乃や虎、それにルキを呼びに駆けだした。

 だが、柱の陰に隠れてこちらのやり取りを聞いている者が居た事に「オレ」は気付かなかった。


 「フッフッフ、思ったよりもずいぶん早く悪七達もここに来たッスねぇ……だけど今度こそ息の根を止めるッス」


PC環境が良くなりましたので、投稿できました。ルーター次第なので、また不定期になるかも。

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