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攻城のルキ  作者: いのしげ
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根来にて①


 助郎次は謹厳実直だが寡黙だ。村の中では数少ない自分の家の田畑を持つ自作農でもある。正確に言えば半分小作、半分自作である。

 米などは村長むらおさの太兵衛の田を借りて納めてはいるが、彼の本領は畑にある。肥料を改良し、他よりも大きく甘い大根や、ナスなどを作り、それだけでは無く美味い漬物に加工して卸していたので、懐は村の中では裕福な方だった。

 だが、とっつきにくい性格ゆえか、三十過ぎても嫁の来手が居なかった。風貌は怪異では無い。何か身体特徴が突出している訳でもない。ただ、何故か居なかったのだ。

 親戚が手を尽くした結果、村はずれの貧乏一家の長女が嫁ぐ事となった。まあ、それはそれは貧乏な一家であったため、口減らしという意味合いが強かったのかもしれない。

 婚礼の式など形ばかりなもので、するりと夫婦となって助郎次は初めて相手の顔を知り、ビックリした。

 彼女……いや、少女は11歳。名前を信乃という。

 口減らしとはいえ、あんまりに幼い。自分とは干支が2廻り近く違う。流石に怒りかけた助郎次だったが、彼女が必死で懇願し、ココを追い出されたら人買いに売られると聞いて、流石に不憫になり、とりあえず置いておくこととした。

 こうして夫婦というより不思議な感じの、親子の様なオママゴトの様な生活が始まった。

 一緒に暮らして助郎次はチョット彼女を見直した。とても良く気が利いて、細やかに働くのだ。

 加えて器量も良い。何より感心したのが信乃の想像力だ。

 漬物も今まで浅漬けだったものが信乃によって糠漬け、麹漬けと多岐に増え、山芋も漬けるという創意工夫をした結果、『信乃漬』という近隣ではちょっと有名な名産品になったのだ。

 これによってたった3年で助郎次は自分の田んぼを得る事が出来、完全な自作農になった。

 またこの間、信乃が幼すぎる故に夜の営みをせず、本当の親子の様に過ごした。とにかく明るい信乃は、寡黙な助郎次とはウマが合っていたのだ。

 そして、彼女は何故か助郎次の事を『スクルージさん』と呼ぶ。その方が呼びやすいらしい。

 そうしてヒッソリとも温かく、家庭を築いてきたが、遂に長引く戦によって足軽としての召集がかかる事となった。

 明智の殿からだ。こうして否応も無く助郎次は雑兵として伊丹へと赴く事となった。

 元々謹厳実直だった彼は、戦場でも兵糧や弓矢の管理に長けており、足軽頭の助役に認められた。

 そして足軽大将の機転で、明智の本貫の地・坂本まで伝令兵としての命を受けた。つまり、数日は家でノンビリしてこい…という事だ。

 普段顔に表情を出さない助郎次も、この時は流石に嬉しそうにした。

 だが不安もある。もう一年も家には帰っていない。村は、信乃の様子はどうだろう。何より今回の伝令内容、又聞きだがどうも追加の徴兵らしい。ウチの村にはもう男衆など居ない筈だから、多分大丈夫だとは思うが……

 早足で坂本に向かい、無事伝令を終えて後に急いで“女村”へと戻る。


 しかし信乃が居ない! 

 村長の太兵衛に訊くと、徴兵が来て一昨日、悪七を始めとする小童が応じ、その中に居たという。呆れ果てて、生まれて初めて助郎次は太兵衛を殴り飛ばしたくなった。

 しかしそういう事となれば、信乃達は伊丹の有岡城攻略戦に向かったという事だ。急いで戻らねば………若しかして追いついたら、信乃だけでも家に戻さねば。戦場は危険すぎる!

 そして助郎次は家で休むこともそこそこに、戦場へと急いで駆け戻るにした。

 


 そんな助郎次の心配を余所に、伊丹のはるか南、堺の港町で信乃達は朝飯をかっ込んでいた。

 「うめぇ~! 魚の刺身もさることながら朝から銀シャリなんて、生まれて数える程度しか食った事ねエ…何より飯屋がある事に驚きだよ!」

 いい具合に緊張も解れてきて、箸が進む進む。

 本来はトト屋…つまり魚屋なのだが、銭さえ出せば調理してくれて尚且つ、飯と汁が付くというのだから、堺の町は進んでいる。

「そういや、虎は?」

 同じく飯を頬張った澪が辺りを見渡す。今さっきまで他人の事に気を取る余裕すらなかったのだから仕方ない。寧ろよく澪は気付いた。

 「ああ、さっさと食って牛と馬取りに行ったよ」

  ルキが魚の小骨を爪楊枝代わりにしながら答えた。虎…良い子や。帰ってきたらまた頭を撫でてあげよう。

 「しかし『マンゴネル』とやら……一体どういう代物じゃ。大々衝弩とは聞いたが、弓矢で城を攻めるのか?」

 トンと汁椀を置いた澪がルキに質問をする。やっとみんな腹もくちくなって、様々な疑問が出て来たみたいだ。

 「違うョ、石を飛ばすのさ。」

 「石!?」

 「そう…京師で石飛ばしたろ、アレを大きくしたようなもんだ。だが中国にだって昔からあった投石器と『マンゴネル』の違いはこうさ……」

 そう言ってルキは煮豆を二つ取出し、一つを匙へ載せた。そして木製の箸置きに柄を乗せる。柄をルキが叩くと、てこの原理で豆が放物線を描いて宙へと飛び出した。

 「これは従来の投石器ね…そんでコレが……」

 もう一つの豆も同じく匙に載せると、今度は下の柄を左手で持ち、右の指で上の匙の部分をググッと引っ張る。力の緊張が高まった瞬間、豆は凄い勢いで『オレ』の額に命中した。

 「石を……真っ直ぐ飛ばすだと?」

 驚いた顔をしながら澪が感想を述べる。

 「要はデコピンみたいなもんだな。少人数でしかも、短期間に城を抜くにはこれしか無い」

 「良い事ずくめだが……何か問題でも?」

 信乃が、ここまで淡々として説明していたルキの顔が優れないのに気付いた。

 「ああ……これだけの機械…発注すればバカみたいに高いぜ。それに日にちがかかってしまう」

 「じゃ、じゃあ……もしかして」

 呻く『オレ』。

 「そう、作るしかない」

 無理だべ!

 そんな技術も能力、誰も持ってないよ『オレ』達。

 そう言おうとした時、他にも空席は有る筈なのにふてぶてしく相席して来る奴がいた。だが、コッチはルキとの話に夢中でどうでも良い。

 「あ~、さーせん。コッチにも魚の唐揚げ定食一つネ~」

 だが気の抜けた声で出鱈目な物言いをして注文する声を聞いてハッとする。

 「お前は…イスカ!」

 素早く来た飯に、あっという間に箸を付けて飲み込む様にかっ喰らいながら、澪に向かって悪びれもせず。

 「さーせん、ゴチにになりやす~フヒヒ」

 なんかモゴモゴ言ってる。

 「コラ、勝手に食うな! それとヒナはどうしたんだ?」

 机を叩いて怒鳴ると、全く遠慮も無く、魚の唐揚げを頭からバリバリ齧りながらヒナの近況を教えてくれた。

 「心配っすかフヒヒ、大丈夫っす。彼女、紀州の根来に向かいやしたよ」

 「! そうか、根来か…根来ならば…!」

 それを聞いてルキが何故か一人合点をする。

 「ねえ、イスカ。前々から思っているけどさ、何でヒナって君を雇ったり色々な場所に顔が利くの? お金だってそんなあるとは思えないし、女手一つで諸国を歴訪なんて普通出来ないでしょ」

 「おや、悪七さんらしくもない。妙に目の付け所が良いじゃないですか」

 勝手に麦こがし汁を追加注文しながら、イスカがにたりと笑った。切れ長、細目の彼女が笑うと、瞳がお狐様のお面そっくりになる。

 「…そう、ココの飯の御礼ッス。先ず旅については皆さんと一緒。この時代、別に女一つが旅に出ていても不都合なんてないっす、場合によっては同衾しちゃえば宿も飯にもありつけまさぁ」

 “同衾”という意味が分かった澪と信乃が顔を真っ赤にする。

 「次に彼女は目端が利いてますわな。巧みに反織田の勢力とワタリを付けて小金を得てますッス。本願寺にせよ、比叡山にせよ……」

 懐かしい単語。そう言えばウチの村は比叡山からスグの麓だったな。

 「ひ、比叡山だと! 滅んだのではなかったのか?」

 澪が驚きの声を上げる。

 イスカがまた目を糸の様にしてクックック…と笑う。

 「まさか。日ノ本全国に根差す大宗門ッスよ? 加えて、足利家とも縁が深いしね」

 足利将軍家…今は備後・鞆の浦にて毛利家の庇護を受けているとか。しかし、京の主だった寺社仏閣は軒並み、未だ将軍支配権に属しているらしいので、資金は潤沢。しかも朱印状があるらしいので全国どこに行っても寺社がある限り庇護を受ける事が出来るらしいのだ。

 何だソリャ……すごいな。

 「おっと、話はここまでッス。またお会いできる日を楽しみにしてるッスよ」

 麦こがしの食い残しを団子状に丸めて、手ぬぐいに包んでから懐に投げこむとフワリと立った……と思ったら、もう人混みの中に紛れイスカは居なくなっていた。

 ルキが一拍遅れて「あ、また金返してもらうの忘れた!」と毒づいた。アイツはアイツで、こうやって無銭飲食しながら渡り歩いてるんだろう…慣れた身のこなしを思い出し、そう考えた。

 

 「決めた…ウチ等も根来に向かうぞ!」

 店を出たルキが突如叫ぶ。そこに折良くルキの馬車に乗ってウシを牽く虎が帰ってきた。

 「おーい。牛と馬連れて来たニャーン」

 「アリガトウ……オット、虎とは石山までの約定だったなぁ……」

 手綱を受け取りながら、ルキにしては少し感傷的に虎へ語りかける。だが、ニパッと笑って虎が言い放った。

 「何言ってるニャ、こんな面白いお祭り騒ぎから途中で降りるなんて、お天道様が許しても兄貴が許さないにゃ!」

 兄貴…会った事は無いが五右衛門とか言っていたな。聞いてる感じでは頼りなさ気な感じなのだが…ま、結局は口実でただ虎が一緒に行きたいだけなんだろう。

 「よし…じゃあみんな一緒に行こう!」

 そういって堺の町を出発したのだが、ともかく堺の町は今日にも大阪にもない異文化が溢れていて面白い。宣教師のパードレもそこかしこに見かける。黒いマントを羽織って、ビロビロした変な襟を付けた南蛮人もたくさん居るし、明国の商人や苦力も居る。 

 「そういえばさ……そこかしこに南蛮人を見かけるけど」

 ふと、ルキの横顔を見つめながら声をかけた。

 「ああ、堺は国際都市だからな」

 「ルキって、髪の色や顔つきが南蛮人そっくりだよね……」

 言ってから、アッと思った。これは別に差別とかでは無く…ただ綺麗だな、と言いたかっただけなのだ。だが、意味合いとして勘違いされてしまう。

 殴られる!……と身構えると、意に反してルキが妙に大人びた含み笑いをした。 

 「さあて……ネ」

 その代り、横から信乃がコツンと頭を叩いて怒り出す。

 「悪七、他人の身体的特徴をあげつらうもんじゃないぞ!」  

 いや、そういうんじゃなくて……でも上手く説明できないし、出来たら出来たでとても恥ずかしい。だからまあ、大人しく信乃の御小言を聞き流す。


 さあ、根来に行こう。


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