石山にて⑩
気が付くと、頼廉の制止を振り切って「オレ」は独り、仁王立ちしていた。
呆気にとられて固まってしまった坊官達。
自分のやってしまった事が急に恐ろしく感じて、慌ててルキを顧みる。すると、目線で「やっちゃえ」との指示が。……まあ、そうだよね。どっちにせよ斬首なら、言いたいことは言っておいた方が悔いは残らない。
「門徒の為だって…嘘付け。アンタ等に農民の苦労なんて分かりやしないんだ!」
一人、憤然と対峙した者が居る。頼龍だ。
「我々は常に民に『寄り添って』おる。阿弥陀仏の前では皆、等しい存在なのじゃ」
「じゃあ、アンタ等昨日何食った。ウチ等、米なんてめったに食えねえんだぞ。稗や粟食ったことあるのか? ボソボソしてて食った気にならないんだぞ、アレ」
「そんなものを我等が食するものか。我等は教団の中枢として人一倍激務をこなしている故、栄養がより多く必要なのだ」
「オカシイじゃないか、さっき阿弥陀の前では皆等しいって言ってたじゃんか、何故ソコで区別する?」
ややたじろぐ頼龍。坊官達はハラハラを頼龍と「オレ」の顔を代わる代わる見るしかできない。
「うぅ…民とこうして籠って敵と対峙しておる事こそが、何よりの証じゃ!」
「そうじゃないだろ、アンタ等がここを退きたくなくて門徒を呼び寄せたんだろ」
すると口調が急に、猫なで声の様に柔らかくなる頼龍。戦法を変更するちゅもりらしい。
「お主だって、戦国の倣い…織田に虐げられたりしておろう。脅威から自衛しようとして何が悪い?」
「もちろん、織田には理不尽な仕打ちを受けたよ。今だってそうさ。だけど、アンタ等頭良いんだろ、何で武器を取るやり方を採用しちゃったんだよ。もっと一生懸命考えれば、もっと円満な解決方法あったんじゃないか?」
コレは心底そう思う。もっと上手い手が有る筈なんだ。考える事を放棄しただけなんだ。
「そんな都合の良い案など無いから今こうしておるのじゃ」
「そうかな……例えば天朝様に仲介してもらって、織田と大坂を分割することだって出来たんじゃないのか? 大体、何で武力を持ってるんだよ…仏教のくせに!」
“仏教のくせに”で、カチンと来たのか、また良く通る声で頼龍が怒鳴り散らす。
「コレは荘園制度から連綿と続く、運営方式じゃ。どこの宗派でもやっておる!」
「他所は他所、アンタ等はアンタ等だろ! ナニが『寄り添う』だ、武器持ってる寺なんて信用で出来ねーよ!」
そう言うと、御簾の向こうで御門主が席を蹴って、足音荒く退出するのが聞こえた。
これに慌てたのか、頼龍の言い方が急に終わらせようという雰囲気になった。
「お前如きが何と言おうと、実際こうして門徒衆は集まってきておるのじゃ。我々が信頼に足るべき存在なのは変わらん」
「そこさ……農民ていうのは、しみったれてて、卑しくて、従順かと思えばすぐに裏切る。実に自分の事しか考えない、小狡い連中だよ」
「お前こそ言っている事があべこべではないか!」
「だからだ、そんな農民たちが馳せ参じている…この意味が分かるか? 農民はアンタ等の呈の良い、オモチャの兵隊じゃないんだぞ。その期待の重さに応えているのか?」
「連中はそこまで考えていないわ!」
頼龍が言葉を吐き捨てる。
カチンときた。そうだ、さっきから言葉を飾っているが、本当の話なんか全然していない。コイツ等、絢爛豪華な見栄えや調度品に繕って上品な言葉を使ってはいるが、何一つ本質が無いのだ。
「その言い方だよ、アンタ等が言ってる事は嘘ばっかりだ。そもそも阿弥陀浄土を心底信じてるなら、アンタ等こそ真っ先に前線に飛び込んで死ねよ!」
茹蛸のように真っ赤になった頼龍が叫ぶ。
「ナニを……歎異抄を読め馬鹿者!」
「読めないよ、字習って無いモン!」
「話にならぬ、己の学の無さを棚に上げて宗論を語ろうなどとは…!」
「体裁にしか意味を見いだせないアンタ等よりかは、よっぽど世間を知ってるって事さ!」
「ナニを……!」
―と、なおも食い下がろうとする頼龍を押し留めたのは“狂犬”頼廉。
疵まみれの顔面を鬼の様な恐ろしい顔をして一同を見渡し、怒鳴る。
「待て! 門主様の前での数々の狼藉、度し難い者共であることが明明白白……よって今夜中にでも銃殺に処しましょうぞ」
そして有無を言わさず、誰も何も言う暇も与えずに「オレ」等を広間から引きずり出して退出した。
こうして、「オレ」達の旅は呆気なく本願寺で終わりを迎える事になった―。
太い木組みの地下牢に押し込まれ、縛を解かれた「オレ」等は、先ずお互いの無事を確認し合った。
「よく言った、悪七。見直したぞ」と、信乃。
「坊主どもがアワ食ってるのが見れただけでも、冥土の土産になりますニャン」
虎なんか、涙ぐんでいる。なんだか可愛いので、「オレ」よりも上背のある虎の頭を背伸びしながら撫でてやった。
「…『オレ』達、コレでお終いなのかな…?」
つい不安になってルキにぽつりと訊く。
「最後まで諦めないよ、精一杯足掻いてやろうぜ」
というルキの声に、チョットだけ勇気を貰った。すると、澪が口に手を当て、静かにするよう促す。
「シッ、誰か来たぞ!」
そこに単身来たのは、ガンドウを手に持った頼廉。陰影が強いせいか、地獄の鬼の様だ。
もう処刑なのか?
は、早すぎる。脱出方法も考えていないし、心構えだって有りやしない。
だが頼廉は土壇場に連れて行くという感じでもなく、ヒソヒソとこちらに向けて語りだした。
「……悪七とやら。ワシは今まで大きな流れに踏ん張っているつもりじゃった。だがお主の啖呵を聞いて、自己満足にしかない事に気付いた。本当にするべきは、宗門に逆らってでもこの戦を止めなければならぬ」
「…そう、それがきっと良いと思うョ」
ウンと頷く「オレ」に対し、チョイチョイと手招きをする。
「……ついては、じゃな……」
「頼廉、昨日の小童共の処刑はもう済んだのか?」
翌朝、伽藍で頼廉は“少進”と呼んでいる同朋に声を掛けられた。
「“仲孝”か。ああ…今朝方銃殺に処したぞ。とはいえ、子供を殺したとあれば風聞が立つ。よって海に人知れず流し申した」
少進こと、下間仲孝は長年の付き合いで知っている。
頼廉は嘘をつく時、自分の事を芸名の“少進”ではなく、本名の“仲孝”で呼ぶことを。
「ふーん……」少進とて、あんな小さな子供を殺す事にはかなり抵抗があった。きっと頼廉の事だ、上手い事やって逃したに違いない。それに少進も今の本願寺のやり方にはモヤモヤしたものを感じていた。それを喝破した昨日の童には好感も持っている。
だから、軽く頼廉の叩いて微笑むと今の会話の全てを忘れる事にした。
「……もう大丈夫みたいだな」
霞の中、小早船の上に掛かっている筵が動く。そこからルキの顔がのぞく。
船はシズシズと、だが確実に本願寺から離れつつあり、南下して堺の町へと向かっていた。
「頼廉さんに助けられたね」
筵をどかしながら、しんみりと信乃が呟く。
「しかも、『マンゴネル』の設計図までお土産にくれたし」
同様に起き上がると、「オレ」の懐からなにやら見た事の無い文字と絵図の載った、シットリする手触りの巻物を取り出して、開いて見せる。
「堺に着いたら、牛と馬を回収して来るニャ」
虎が重要な提案をしてくれた。
「うん、そんで堺で材料を調達するぞ……その前に、飯を食うか!」
ルキの声で、やっと生きてる感覚が蘇ってきた。身体は現金なモノで、途端に腹が鳴り出した。
「今回、皆には世話を掛けた。よって拙者が朝食代を出そう。好きなモノを食って良いぞ!」
澪の提案に船内がドッと沸いた。
良かった、もう少し旅は続けられそうです……どんな神様にお祈りすればいいのか分からないので、青空にうっすら輝く暁の明星へ祈りを捧げる事にした。
……さあ、何食べよう?




