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攻城のルキ  作者: いのしげ
22/52

石山にて⑨

 「障子だ……」と澪が呟く。


 障子紙はとても高価で、モノは知っていても、見るのは初めてだった。それがこの本願寺僧房にはふんだんに使われている。


 更に言えば畳。これとて非常に高価で、公家ですら家に数枚しか持っていないと聞く。それがこの僧房には何十畳もミッチリと敷き詰められているではないか。こんな光景、恐らくどんな大大名の屋敷でも見ることは出来ないだろう。まさに本願寺の地力…である。

 障子のお蔭で、本来薄暗い屋内が明るく映えている。だがそこに見えるモノと言ったら目を背けたくなる感じだ。


 縦に奥まった屋敷の両側にズラリと坊官達が何十人と座り並んでいる。その姿はどれも豪華絢爛、煌びやかである。そいつ等がこっちを胡散臭げにじろりと睥睨して、ビビる。

 一番奥のつき辺りにはなんと御簾がかかっている。まるで天朝様みたいだ。

 もうその雰囲気に呑まれて、ルキ以外は魂消て心ここに在らずだ。肝心のルキと言えば、難しそうな顔をして天井を睨んでいる。

 「ご門主様、御成り~」

 どこからか素っ頓狂な声がすると、坊官達が一斉に方へ向き直り、ひれ伏す。

 「お前達も跪くのじゃ」と、頼廉がうながし、全員慌ててヘチャリとへたり込んだ。

 シュッシュッと足袋の音がして、御簾の向こうに座る影が見えた。

 「足袋か……」

ルキが呟くのが聞こえた。そう、足袋。これも同様に貴重なモノなので、おいそれと履けるモノでは無い。何から何まで本願寺の門主と云うのは破格なのだという思い……そして少しだが、モヤッと「オレ」の心の中で違和感が芽生える。


 「直答を許す、面を上げよ」


 頭上から軟らかいが張りのある声が聞え、坊官達が一斉にこちらを又睨む。

 きっと今のが門主の声なんだと思いながら、おずおずと顔を上げて見る。門主の顔は御簾が途中までしか上がっておらず、よく見る事が出来ない。直答は許すが顔を直視することは許されないという事なんだろう。また少しモヤッとしたものが込み上げる。

 「お主等、織田の手下のモノか?」

そのものズバリと尋ねる門主。

 全員一斉にルキの顔を見る。そう、ルキに一切の返答を委ねたのだ。

 「…『違う』と言ったら?」

ルキがジッと伺いつつ質問で返す。

 頼龍と頼廉が呼んでいた鼻持ちならない坊官が、居丈高に門主の代わりの様に応じる。

 「こちらにはお前等の村の同胞から聴いた証言があるのだ、しらばっくれるな」

 「まあ、そういうふうに言うけどな、ソイツこそが織田の間者だとは思わないのかニャ?」

 頼龍は微塵の躊躇も無く即答した。 

 「まさか。その者にとって得るものがあるとも思えん。寧ろお前等が間者と見た方が理に適っておる」

 「まあそうだわね、たしかにそうだわ。概ね間違っても無いし」

 ヘンと縛られた両腕で鼻をこすったルキが、カラリと、そしてあっさりと事実を認めてしまった。

 横で声には出さないが頼廉が目を見開いて驚きの表情。まあ、驚いているのはこっちも一緒だが。

 「では認めるのじゃな?」

 「織田方…と言えば確かにそうかもね」

 「フン…頼廉。コイツ等の首を刎ねて織田の陣に送り届けよ」

 頼廉の方へと首を傾けた頼龍に向かって、「オレ」等はコイツ、ルキとは関係ありませんよ!…と無駄な意思表示をしてみる…無駄だったけど。

 ―しかし、冷静に考えてみるとなんか不条理だ。またもやモヤッと心の中に何か湧いてくる。

 その間もルキの口調は変わらない。首を刎ねるって意味知ってるのかな?

 爪とかと違って、斬られたからってそうそうまた生えるもんじゃないんだぜ?

 「まあまあ、話をしゃんと聞きねえ。オレッチ達はアンタ等本願寺とやり合う気はねえ、狙いは…有岡城だ」

 それを聞いて一同がどよめく。

 「有岡城だと?」

門主が側近に尋ねかけると、頼龍が答えた。

 「…確か、荒木殿が守る城では…結果的に言えば我々の味方を攻撃するのであるから、我等の敵ではないか」

 「まあそういう事になるかな?」

 「ふざけたヤツじゃ、即刻首を刎ねよ!」

 途端に喧々囂々(けんけんごうごう)の罵声が場を包む。

 ルキがそれにイライラしたのか、大声を張り上げた。

 「だーかーらー、話を聞けっての! アンタ等この先、織田に勝つ展望とかあるの?」

 「む……」

 痛い所を突かれて、坊官共の悪口雑言が少し静まる。

 「ならば、有岡城が陥ちた後に講和を結べばいいじゃん。良いだろ? いくら味方の城とはいえ、元はと言えば織田方の城だったんだから。アンタ等的にはそんなに懐は痛まないだろ?」

 「ふうむ…」

 ―と、「オレ」の隣で頼廉が凶悪な相貌の顎をひねって、不精髭をジャリジャリ言わせた。

 「そういう訳で、南蛮から伝わったという攻城兵器『盤古練ばんこねる』の設計図を頂戴よ」

 盗っ人猛々しいが、ルキの口調で一気に畳み掛けたのでそれを疑問に思う者はいなかった。

 が、攻城兵器に反応したものが一人。


 「な、なんと? かの大々衝弩だいだいしょうど『マンゴネル』を使うじゃと!」

 驚きの声を上げたのは、奥まった所に小さく縮こまっていた、頼廉が“少進”と呼んでいた、上品そうな顔つきの坊官だ。

どうやら「盤古練」は「マンゴネル」と発するのが正しいらしい。

 「大々衝弩『マンゴネル』。南蛮と沙羅千さらせんが聖地とやらの争奪戦で主に使った、昔から伝わる攻城兵器……巨石を撃ち出し、敵の城壁や城門を破る恐るべきカラクリと聞くが、そもそも日本の城の多くは山城であったため使われる機会も無く、資料だけがこの本願寺の書庫に眠っておると聞いておったが……そうか! 総構えの本願寺や有岡城の様な城には、きわめて有効!」

 “少進”の説明を受けて、頼龍が憤然とルキに応える。

 「そうと聞けば、尚更渡す訳には参らぬ。織田の事じゃ、きっと有岡城の後には本願寺にも『マンゴネル』を向けてくるであろう!」

 「分かってねーなー! 多くの死者を出す前に講和を結んで河岸(かし)を変えちまえばいいじゃんか。木津川口の戦以降、パッとしてないんだろ? 機会をこっちから作って、少しでも有利にすればいいじゃんか。別に有岡城の将兵達は門徒衆じゃないんだろ?」

 「…確かに講和は望む所ではある。だが、それでは道理が立たない。門徒達の望む所では無いモノに縋る訳にはいかぬ!」

 「道理っつったって…織田の方が強いんだから仕方ないじゃないか。逆に言やあ、別に布教はどこに居たって出来るんだ、石山に拘泥する事の方がオカシイだろうが!」

 「それでは…今まで援助下さった全国の“講”に申し訳が立たぬ! なあに、こうして待っておる間にも織田には天罰が下ろうて!」

 一気呵成に捲し立てると、頼龍は手にした数珠をジャラリと振り鳴らして大音声で『南無阿弥陀仏』と念仏を唱え始めた。

 「一身に念仏、掌を合せば、必勝滅敵! 南無阿弥陀仏! 仏敵第六天魔王には仏罰を!」

 頼龍の気迫につられて、次々と坊官達も念仏に加わる。もはやこの場で念仏を唱えない者は頼廉と“少進”のみとなっていた。

 「お前等は“度”し難き故、地獄は必定じゃ。冥土に向けて念仏申せば少しは罪苦も癒せようて」

 勝ち誇った顔で頼龍が、つまらない“引導”を渡した。

 この頼龍の引導を聞いたルキが、爽やかな笑顔でこちらに向き直り、にこやかに宣言した。

 「ハハハ、ダメだこりゃ! ゴメン皆、コイツ等話が通じん……諦めて死んでくれ!」 

 「はい~? 諦めたらそこで仕合終了だよ!」

 ナニがなんやら混乱して訳が分からず、とりあえず食い下がる。本音はモチロン「もうちょっと頑張ってよ!」だ。

 「だってさ、幾らこっちが“現在”の理を解いても心が理解しやがらねえ。何故ならコイツ等“来世”に生きてやがる。死に憧れてる…つうか、憑りつかれてるんだな。話にならないモノを説得は出来ない…よって、オレッチはここまでだ」



 ……ああ、そうか。この念仏は絶望の合唱なんだ。そんで、ルキは今までコイツ等に通じると思って頑張ったんだ。だけど言葉がまったく通じなくて、そんで言葉が武器のルキも絶望したんだ………


 「フザケルナ! ナニが門徒の為だ! アンタ等みたいな連中に、下々の気持ちが分かって堪るか!」

 その声に、今までうねりの様に鳴り響いた念仏唱和の声がビタッと止まった。


 だ、誰だ。今、声を発したヤツ?


 ……ルキでは無いよな?


 周りを見渡すと、コチラへと一身に視線が集まっている。よく見れば頼廉も、澪も信乃も、虎もルキですらこっちを呆気にとられて見ている。



 あ、あれ…もしかして……今叫んだの……『オレ』?


なんだか、投稿が出来ない??

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