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攻城のルキ  作者: いのしげ
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石山にて④


 石山は昨日の京と違い、夜中なのに煌々と至る場所で焚かれており、さながら昼の如く街並みを照らしていた。

 光の風景が二重丸の様に光が見えるのは、内側の光が本願寺勢、外側の光が織田勢という事か。


 そもそもの話をすれば、九年前に第六天魔王が本願寺に立ち退きの強請ゆすりをかけ、それに怒った本願寺が織田包囲網を築き、それに機をみた摂津大名・荒木が天魔の配下から本願寺に付いたので、同じく配下の明智日向が本拠地である伊丹は有岡城を攻める事になり、「オレ」達が動員されたという訳である。即ち、石山は我々にとって敵の親玉…という事になるのか。

 それにしても、夜に照らされる町並みは幻想的だ。遠目に見ると、とても綺麗で戦をしているなどと感じさせない。

 だが歩いて中に入ってしまうと、途端に怒鳴り声や笑い声など何かを叩いている喧騒と、すきっ腹に響く煮物や食い物の臭いに包まれた。

 鳴る腹をさすりながらつぶやく。

 「流石にこの時間になると外は真っ暗になっちゃうね」

 「その前に町に着けて良かったでござるよ」

 いつものゴザル口調に戻った澪を横目で見つつ、アンタが変な仇討騒ぎ起さなければもっと早く着いたよと思うが、それを言うとぶん殴られるので黙っていた。

 澪の言葉にまた別の角度からツッコミを入れる奴がもう一人居た。

 「ウプププ…町って……笑わせてくれるじゃない。ココは織田右府の陣中よ」

 安定のルキのおちょくり口調。しかしこれには「オレ」もビックリした。

 「エッ! だ、だってこんな夜中なのに市場も立ってるし、盛り場や人通りが凄いじゃない」

 と、何でか問い詰める感じになってしまう。

 「戦っていうのは、ある程度の人員を確保して行うモノだろ。だから人の集まる所には金も集まる…そういうのが集まって町を形成する……そういう事でしょ、ルキ?」

 なんと、したり顔で答えたのは信乃。彼女もこの旅で色々考える所があったみたいだ。何しろ村の中でじっとしていたら分らなかった事ばかりだからな。

 だがルキはトンビにアブラゲ攫われた様にちょっとつまんない顔をしながら答える。

 「ありゃ、信乃タンは呑み込み早いね。詰まる所はそういう事さ。更に言えばこういった長期戦になる程、町は発展していくのさ。特に京が焼けちゃったろ? 京に居た人々が職を求めてこっちに流れて来ているのさ」

 昔からたどれば応仁の乱以降、天文法華の乱から第六天魔王の京師焼き討ちなどで、京は半分以上が灰燼に帰している。普通に考えたら人なんて棲めたもんじゃない、だが、稼げる場所がある……そういう連鎖反応でココ石山に町が出来たというのだ。そういえば堺もかつてほど振るわないらしいし。勿論、第六天魔のせいだ。

 「兵士まみれの町では危険じゃないのか?」

 ふと、澪が訊ねた。すると今度は虎が答える。

 「勿論危険ニャ。でも日銭を稼げるのなら、皆危険を冒してでも集まって来るもんなのニャ。人もお金もそう、集まんないと寂しがるにゃん」

 大体「オレ」と同じ考えの答えだった。 

 へぇ~、虎もなかなか考えてるじゃん。…ドヤ顔をしなければもっと良いんだけどな。

 だが澪には気に喰わない様子。答えがと云うよりも武士の矜持としての問題みたいで、半ば自問自答だ。

 「しかし、どこの陣営も歩哨の一つも立てておらぬんでは無いか……弛み切っておるな」

 「いや、もう9年もやってるからな、敵味方共にグダグダよ」

 そう答えて、ふとルキが真顔になる。

 「そういやアイツもここに出張ってるんだっけ…アイツの陣にだけは注意しないとな……」

 アイツ…誰のことやら?

 そんなことよりどうでもいいが、とても腹減ってんるんですけど。

 辺りの蕎麦搔きを細く伸ばしたものや、餅に味噌付けて田楽焼きにしたものとか、堪らん香りに屋台へ引き寄せられるも、そもそも我々は文無しなのだ。海が近いせいか、大きな魚のカマを焼いたヤツとか…脂が滴っている臭いにクラクラする。

 「ね、ねえ…ルキしゃん…何か買って食べませんか?」

 「悪七、昔の空海さんは良い事言ったんだぜ『働かずモノ食うべからず』ってな」

 ルキのイケズ…あら、気が付くと虎が居ない。目を凝らすと向こうの幕に入っていくのが見えた。きっと賭場で一稼ぎするんだろう。

 「オレッチちょっと馬借仲間に馬とウシ預けてくるから、そこら辺で待ってな」

 往来が激しくなっていて、酔っ払いも多いのでルキは馬とウシを避難させるようだ。悪くは無い考えだが、人より牛馬優先かよ……

 「あ、アタイも一緒に見に行くよ」

 そう言って信乃も後を追っかけて行ったので、澪と二人きりになってしまった。

 「…なあ、あのさ……」 

 「ん?」

 「仇討の事なんだけど……もっと建設的に前向きな事に」

 そこまで言いかけて、しまったと思った。余計な口挿んでしまった。

 「五月蠅い、こうでもしないとメンツが立たないではないか!」

 案の定眦まなじりを上げて怒り出す澪。周りの酔っ払い達が「お、なんだなんだ、喧嘩か?」と言いながら囃し立てる。

 「あ、いや……」

 「何をすれば、どうすれば先に進めるのか…分かっていれば当にやっておる! 他にどうすれば良いのか分からないから……何かにでもぶつけなければ、自分が内側から毀れてしまいそうになるんだ!」

 「わ、悪かったよ…別に攻めてる訳じゃないんだ……」

 いつも気位高く振舞う澪だが、村の中では少々煙たく思われていて遠ざけられがちだ。地侍という事でもなければ、村八分の「オレ」とそうそう変わらない。よほど芯が強くなければ心が折れてしまったであろう。親兄弟の仇討ちというより、自分が自分であるために。

 誰も彼もこの時代を生き残るためにイッパイイッパイなのだ。

 「チョット、お兄さん方~、喧嘩する元気があるなら、アタイ等を買ってよ~」

 歩き巫女達が色目を使って露骨な誘惑をしてくる。

 「あ、イヤ……『オレ』等、金が無いから………」

 「ケッ、金が無いのに天下の往来で派手に騒いでるんじゃいよ。そんな田舎者丸出しな真似してると“向かい鶴”が来るよ! なんたってこの榎並からスグの陣なんだからね」

 脅しの様な捨てゼリフと共に、巫女達がペッと唾を吐く。

 それに合わせたかの様に突如、打鐘が甲高く小刻みに鳴らされる。それを聞いた酔っ払いや目の前の巫女がたちまち蜘蛛の子を散らす様に胡散霧消してしまった。その見事な逃げっぷりに呆気にとられていると、背後からジャラジャラと甲冑の音。振り向いた時にはすでに遅く、短槍を持った足軽十名に取り囲まれてしまっていた。

 足軽達はそこら辺に居た、鎧や来ているものを着崩しているだらしない他の兵と違い、恐ろしいまでに統率がとれている。

 背の旗指物には萌黄地に白抜きの“向かい鶴”。

 ほぅ、コレがさっき巫女が言っていた“向かい鶴”の軍団か。石突きで脇腹をチクチク突かれて「イタイ、イタイや」とか呻きながら、他人事のように関していると、奥から侍大将が現れた。

 馬には乗っていないが、その異様な威容に目を見張る。

 銀の南蛮胴にビロードの母衣。兜が同じく銀なのだが…鬼サザエの形である!

 「…よりによって蒲生左兵衛様の陣中に於いて騒乱を起こすとは……どこの草のモノじゃ、名乗れ」

 暗いし兜で顔は見えないが、声を聞くと思ったより若そうだ。

 「あ、いえ、怪しいモノではありません。我等、明智様の命で様子見に来た坂本郷の者です」

 焦りつつも、ハキハキと澪が答える。

 「む。女か。ますます怪しい。大体明智日向守の陣は伊丹ぞ。どこの間者か知らぬが引っ立てい!……陣内にて吟味してくれよう」

 あっという間に後ろ手を縛られ、というか下手に抵抗でもしようもんならあっという間に切り殺されそうな雰囲気なので大人しく連行されるに任せる事にした。澪も顔が真っ青になっている。

 とかく侍とは相性が悪いな、「オレ」達。

 とりあえずオシッコちびりそうなくらい怖い。膝も笑っている。どど…どうなっちゃうんだろう……

 「おーい、チョット待った!」

 振り返ると、居た。ヤツだ、

 ルキだ。

 「いよう、左内じゃないか久しぶりだなあ!」

 「あ、師匠。お久しぶりです~、どうしたんですか?」


 ん!?



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