石山にて③
「ぬゎに~、加納のイスカだぁ!?」
そう、「オレ」達のクセモノが目を剥いた。
「え…ルキは鶍を知ってるのか」
「知ってるも何も…アイツには色々貸しがあるけど、いつまで経っても返してくれやしないんさ」
…なるほど、よく分かった。
しかし全国津々浦々に知りあいのいるルキの顔の広さにも驚く。馬借や車借というの職業柄の故か。
「しかしよく無事だったな~」
「なあに、奴なら拙者の剣にビビっておったわ」
ふんぞり返る澪を呆れ顔で見返すルキ。
「なーに言ってんの。イスカはああ見えて甲賀でも指折の武芸達者だじぇ。澪チンの太刀筋なんかすぐに看破されちゃってるっての」
「澪チンて……」
「う~ん、ルキが言うほど強そうに見えなかったんだけどなぁ……」
変な事に衝撃を受けてる澪に代わって、信乃が受けた鶍の印象を口に出した。
確かに信乃のいう事は同感だ。だってどう考えてもルキの言ってる人物と、さっき我々が見た鶍が同一人物に思えなかったからだ。
「信乃ッチも甘いなあ。強く見えない様に擬態すれば、むやみな争いを避けれることもあるんだぜ。そーゆーのも忍びの技の一つさ」
「そ、そうだったのか……」
「そーそー、因みにワザと捕まったりしてニセの情報を流す事だって平気でするよ。忍びのモノは何一つ信じちゃダメさ」
「忍びの者って……厭な奴だったんだなあ……」
ボソリと呟いた「オレ」の言葉に、すぐさまルキが噛みつく。
「なーに言ってんの。そうすることが“仕事”なんだから、良いとか悪いとか言う前に自分の無知を恥じるとこだぜ、ココは」
まあ言われてみれば確かにそうだ。「オレ」はまだまだこの世界を知らな過ぎる。
でも……ルキが言うほど、鶍が悪い奴にも思えなかったし。意外とイイ奴なのかも?
「それよりも今日の宿はどうするんだい?」
信乃がブルッと震えながら訊ねた。そう、林の中はもう既に闇が支配しておりお互いの顔の判別も怪しいくらいだ。
秋の日はつるべ落とし…早く大坂へ行かないと道に迷ってしまう。
「大丈夫、宿は石山本願寺でとるから」
ケロリとルキが答えた内容が、脳内で全然消化できず、シコリとなる。
「ナニ…お主今なんと申した?」
同じく違和感を感じた澪が訊き直した。
「聞き間違いじゃ無ければ本願寺で泊まると聞えたんだが」
「うん、そうだよ~……」
早くも会話に倦んだ感じのルキが適当に流し始める。マズイ、このまま質問を続けるとルキは途端に不機嫌になる。「オレ」の勘が敏感に反応した。その時、ルキとの付き合いが「オレ」達よりは長そうな虎が、別角度からの真意を測ろうとしだす。そう、この場合…下手に出た方が良いのだ。何しろルキの気分の移り変わりときたら、秋の空もビックリする位なのだから。
「あの~、ルキさん…二つほど問題があるかと思うんですニャ」
「なんだね、虎」
まんざらでもない様子のルキ。ヨシヨシ、感触は悪くないぞ。
「先ず一つ。本願寺に泊まるには、包囲している織田勢の囲みを突破しニャければなりません」
「ふんふん、それであと一つは?」
「もう一つ、籠城中の本願寺にそうやすやすと侵入できますかニャ…よしんば出来たとしても、有岡城の味方が本願寺ですニャ…つまり、敵地ですにゃん!」
よし、虎。ここんところで一番いい働きした。ヤンワリと無茶な作戦だと伝えているぞ!
「うむ、それ等に対しては一つの返答を以てして応えよう」
暗闇でも分かるドヤ顔をして人差し指を立てるルキ。
「ほうほう、そのココロは?」
思わず答えてしまう。
「なせばなる!……心配すんなって、大丈夫だから任せなさい」
どへー!
一同、この答えにならない答えを聞いてズッコケた。
しかし、いっつもルキの思い付きに振り回されているのに、この一言を聞くと本当に何とかなっちゃうんじゃないかと思ってしまうのが恐ろしい。
「アソコの寝所はなかなか落ち着いてて、物盗りとかも無いから安心出来るんだよなぁ~」
そんな事を聞くと、この暗さと寒さだ。
みんな妙に納得して石山を目指し、走り出していた。




