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攻城のルキ  作者: いのしげ
12/52

京師にて⑦


 不意に。

 声の調子を変えたルキが言う。

 「あ、コレは末期の叫びだけど…後ろ、危ない!」

 その叫びに刹那的でしゃがみ込むと、耳元を鈍い音が掠め、ルキを追っていた敵の鉢に命中した。

 どうやら向こうは二人いて、ルキ―敵①―「オレ」―敵②と一直線に並んでいたらしい。「オレ」目がけて投げた礫は、咄嗟にしゃがんだ「オレ」を飛び越し、そのままルキを追っていた方の敵①へと当ったという事だ。

 棚ボタである。

 流石はルキ。機転だけは利く。これでこっちは三人、向こうは二人だけとなった訳だ。

 『オレ』の後ろから狙ったヤツは奇襲が失敗したとみるや、一目散に背を向け逃げ出した。

 「くそー、待ちやがれ!」

 喚きつつ、そこら辺に落ちてる物を手当たり次第に投げつける…が、当然そんなもの当りはしない。だが、こちらもだんだん気付き始めてきた。

 そう。逃げるばかりで反撃しないのだ。

 彼等が用いる、革で出来た紐状の投石器「スリん具」は、遠投や狙撃には使えるのかもしれないが、こうした不慮の事態や速射・応射には向いてないのだ。

 コレは千載一遇の機会。追いすがってこのままもう一人やっつければ、コッチはかなり有利になる。

 …と、前を走っている敵が角をフッと曲がった瞬間、勢いよく鉢が割れる音が二つ、夕日に響いた。

 警戒しつつ恐る恐る見やると、追っていた相手と、信乃が目を回している。コレは……文字通り、「鉢合わせ」してしまった様だ。

 「うーん……」

 あいててて…と呟きながら信乃の上半身が跳ね上がった。

 「アレ…悪七、コレってどういう事になるの?」

 「『オレ』に訊かれても……やっぱり、相手も伸びちゃっている事だし……と、共倒れ?」

 「むぅ…まあ、そうなるか。チェッ!」

 そう言いながら、頬を膨らませつつ大地へ再び寝転がる信乃。

 じゃあ、と言って走り去ろうとしたら信乃が急に呼び止めた。 

 「アッチで澪が苦戦してるから助けに行ってやってよ!」

 そりゃあ急がないと…改めて駈け出そうとした時、又もや出鼻を挫かれた。

 向こうで手をひらひらしているヤツがいる。ルキだ。

 京の陋巷ろうこうは焼きだされて道がややこしくなっている。いつの間にか元の場所に戻ってしまったらしい。ルキがこっちに向かって来いと合図しているので、仕方なく駈け寄る。

 「なんだよルキ、早く澪を助けに行きたいんだけど……」

 「ウーン。コレハ本当ニシヌ前ノウワ言~……石と石を紐で結ぶと、甲賀忍者が使う、“生返まかるがえし”トイウ武器ニナルヨ~……」

 それだけ言うと、ゴロリとタヌキ寝入りを始めてしまった。一体何なんだ…なんかよく分からないが、そのマカ…なんとかを作れという事なのか?

 しかし作ったとしても使い方が分からないんだが……

 ともかく、澪の元へ急ぐことにする。


 「うわ、生き残ってるの悪七だけか、参ったな……」

 澪にまでルキと同じような事を言われると、流石に凹むわぁ~。

 それでもと、気を取り直して状況を訊ねる。

 前面には、絶え間なく降り注ぐダンザエモンという名の雨。障害として道にへばった壁に隠れているのが澪と「オレ」、といった感じだ。

 「見ての通りだ、大将のダンザエモンは両手に『すりん具』を使いこなせるので連射が可能。しかも一打一打が重いので近寄る事が出来ぬ」

 確かに…八間は離れているというのに、コチラが隠れている壁が衝撃と共に削られていくのが分かるくらいだ。

 「どうする……何か策とかあるか?」

 「策という訳では無いけど…ルキがこんな変なモノを使う様、指示してきたんだよね……」

 そう言って、道々作ってみた例の“生返まかるがえし”を広げて見せた。

 怪訝な顔をしつつ、一通り眺めてみた澪がこちらを見て、

 「……で、どうやって使うんだ?」

 「……さあ…?」

 「さあっ…て、お前なあ!…いや、待てよ。これは足元に投げると相手の足に絡まって転倒するんじゃないのか?」

 なるほど、言われてみればそんな感じもする。猟師がこんな感じのモノを持っていた…様な気もする。

 しかし。肝心な話だが、ダンザエモンは一歩も動いてないのだ。動かざること山の如く、ひたすら絶え間無く石を打ちこんでくる。

 「……まあいい、もう成る様になれだ。そろそろ日没も近いし、この壁も保ちそうにない。一か八か、ありったけ作って投げてみよう」

 という事で、大小それぞれ10個作り、二人で半分ずつ持った。

 そして作ってる最中にフト気づいた事がある。

 「なあ、澪……」

 「なんだ、私は忙しいのだ」

 「良いから聴けって。…ダンザエモンの投げる石って、腰より下へはあんまり来ないと思わないか?」

 「……フーム、言われてみれば確かにそうだな」

 「だったらさ、こう…横に寝転がったままゴロゴロ転がっていけば、奴に近付けると思わないか?」

 「うーん…確かに理には適ってるかもしれんが……カッコ悪いなあ……」

 「バカ、負ければ元も子もないんだぞ……転がる位、なんだ!」

 かくして、京の街中でこもに包まり、ゴロゴロと転がる珍妙な二人組が出現したのである。

 「ムムゥ…考えたな!」

 しかし敵もさるもの。こちらの戦法を読んで今までの両手二連射を止め、身体を横に捻り、直接横を抉るかのような投法に変更したのだ。要は河原で石を投げて、跳ねさせるような感じだ。

 大量投擲は叶わないが低位置から狙い撃ちされ、とうとう澪の鉢が割られてしまった。

 「あ痛~!」

 「だ、大丈夫か澪?」

 「それよりもう十分な距離だろ、決めてしまえ!」

 「よ…よーし…いっけえぇぇ!」

 しかし、ゴロゴロ転がったせいで目が回り、尚且つ“生返”が筵から出す時絡まり合ってヨクワカラナイ状態となっていたのだ。

 それを構わず投げたものだから、足元どころかダンザエモンの頭上高く放ってしまった。

 「ムムゥ…?」

 不規則なモノが自分に向かってくることに思わず防衛本能が働いたダンザエモンが、手で庇うと、絡まった“生返”がその腕に引っかかり、振り子の応用で複雑に縺れた一端の石がダンザエモンの被っていた鉢をパッカーンと小気味よく割ったのだ。


 一瞬の静寂。


 遠くでカラスがカーカーと鳴いている。


 季節遅れの蜩が物悲しく相手を探す鳴き音も聞こえる。

 どれくらいかは分からないが、そこに居た誰もが現状を把握できずに固まってしまっていた。

 ややあって腕を力無く落としたダンザエモンが、情けない顔をしてこちらに尋ねた。

 「要するに…コレって、負けって……事だよな?」

 彼の意思が変わらないうちに「オレ」と澪が激しく何度も頷いた。

 …こうして命運を賭した「オレ」達の初陣は、呆気なく幕切れとなったのである。



 ハァ、戦いって空しいモノだなぁ……


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