京師にて⑤
その後、開始された合戦は一方的な展開となった。
序盤は一進一退だったのだが、助っ人の「オレ」等が役立たずなのに業を煮やした虎が奇襲を仕掛け、向こうの撃ち手を2人仕留めるも、足の長さが災いして足元を狙われ、立ち止まった処を集中砲火で鉢を割られてしまった。
大将格である虎がやられると石川党の士気はガタ落ちし、一人また一人と個別に撃破されてしまった。
残るは逃げ回る事に専念していた「オレ」等、助っ人組4人のみ。
何故なら近場にあった廃屋から廃材を上手く組み上げて簡易的な砦を作り、箕を背負ってその上に菰を母衣の如く組み合わせて被っていたお蔭で、石が当っても大丈夫な様にしていたからであった。
この時になって、長老達がくれた菰のありがたさに手を合わせるのだった。
しかし、実際のところ守ってばかりで反撃の糸口が全然掴めない。
今や周りを囲まれてまさに四面楚歌、チョットでも頭を出そうものなら精鋭無比の白河衆達に頭を狙われる始末。
「ル…ルキ~、なんとかしてよ!」
泣きつく声にもテンで馬耳東風、他人事の様だ。
「ヘヘン、嫌だねー。オレッチは身にならない事はしないんだー」
「何言ってるんだ、負けたらお前も売られちゃうんだぞ!」
「大丈夫、白河衆は売るよりも働かせた方が金になるって知ってるから、ちょっと借金こさえるだけで済むのさ…オレッチはね」
コイツ…本当に自分の事しか考えてないな……そう思うとムカムカして昨日の事を蒸し返したくなる。
「うーわーキタネエ! 友情とか昨日の話はどこに行ったんだ」
「え、ナンノコト? オレッチ一回も頷いてねえし」
むう…考えないようにしていたが、なんて嫌な奴なんだ。一体コイツの本心はどこにあるんだ、どこからどこまでも煙に巻きやがって…敵よりもコイツが一番、掴みどころが無い。
まだ何か言い返そうとする「オレ」を制し、努めて冷静にしようとするも甲高い澪の声が響いた。
「ええい悪七、怒鳴っていても仕方あるまい! このままでは突入されてお終いじゃぞ…ルキ、拙者のこの打太刀もこの戦が終わったらくれてやる、だから何か知恵を貸せ!」
頭で算盤の弾く音が聞こえ、余り気乗りしない雰囲気のルキが口を開く。
「ふうん、あんま高そうなものじゃないけど…まあ良いや。確かに勝ち負けはともかくとしてヤラレッパナシってのは寝覚めが悪いや。…じゃあまず、“シャモジ”を集めな。無かったら板切れでもイイや」
「シャモジ?…一体何に使うんだ」
途端にルキの甲高い声が響き亘る。
「バカチンが。一旦やるって決めたら黙ってチャッチャカ動きな!」
障らぬ神に祟りなし、心中で悪態つきつつ石に当たらぬよう材量を集めようとした「オレ」の帯を、ルキがガッキと掴む。
「ああ、あと悪七は帯をこっちへよこしな」
「え、帯外したら裸になっちゃうじゃないか」
「バカチンが! 一旦……」
「はいはいはいはいはい…分かりました、サーセン!」
代わりに貰った荒縄で帯の代わりを果たせる筈も無く、着物が菰との摩擦で直ぐに崩れ、癪に障ったのでルキの後ろ姿に思いっきりアカンベエをして、憂さを一刻でも晴らした。
敵から我々を防護している砦の内側に、先ずは道を挟んで杭を打つ。
それから、ルキの手へと渡った帯は大きな輪っかにした後にグリグリ捻じられ、道を挟む両杭に通されてシャモジやら板の切れ端を差し込むと、更に力の限りギリギリと巻き上げる。
限界という処で、別の縄で端のシャモジを地に打った杭に縛って固定した。
そして帯より少し高い所に横一本の棒を通して同じくキツク縛って固定する。
こうしてシャモジの捻じりお化けみたいなものが一つ完成した。
材料はそこらへんに落ちているので困らないとはいえ、常に狙われるので頭を低くしての作業だったので、腰に結構キた。
「さ、後もう一つ作るョー」
出来上がり具合を最終確認して、満足そうに独り頷いたルキがとんでもない事を言いだした。
「え、もう一つ! だって帯がもう無いよ?」
「無いこた無いョ。ホラ、そこらに転がってる死体役のがあるじゃない」
すると今までジッと黙って転がって死体役に専念していた虎が、ガバッと立ち上がって涙目で口をパクパクさせた後、乱暴に大の字になって寝転がる。
煮るなり焼くなり好きにしろと死体が親切に教えてくれたので、お言葉に甘えさせてもらって帯を頂戴すると、もう一組、さっき作ったシャモジのお化けの後ろに同様なものを作る。
さっきと違うのは、ややシャモジの数が少ないのと、横に通した棒の位置が低い事くらいか。
そうして、そのお化けの正面の砦の壁を敢えて崩しやすく、薄めに除けさせてあと一押しで崩れる寸前にするとルキが叫んだ。
「よし完成だ!」
「さあて、今度は『虎』を作るぞ」
「へ?」
どうやら虎からついでに奪った服を案山子に着せて囮にするらしい。隅で腰巻だけにされた虎が「アタシ、汚されちゃったにゃあ…」とブツブツ言いながら泣いている。
話は分かったのだが、これ等のものがどう繋がるのかがさっぱり分からない。
陽はそろそろ昼時。ジリジリと頭上を照らして、秋とはいえ汗が滴る。
そんな中、総ての作戦を伝えたルキが叫んだ。
「さあ、反撃の狼煙を上げるぜー!」




