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攻城のルキ  作者: いのしげ
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女村にて①

一度消えてしまったので再録です。それでも宜しければ、一緒に物語の世界へ。



 ―体温を奪いながら霧が琵琶湖へと降りていく。


 この雲と同じく人の世も常住無住。ただ「オレ」だけが何も変わらない、何も変われない。

 そう、あの霧の流れを踏みとどまっている赤トンボの様に。

 不意にその赤トンボの一群から一匹が「オレ」のソバカスまみれの鼻へ翅休めにやってきた。

 「こら悪七! またこんな所でズル休みしおってス!」

 セリフとは裏腹に甘みがかった声の主が「オレ」の目を掌でふさいだ。フワッと金木犀の匂いとそしてちょっと草の潰れた臭いが鼻を突いた。そのまま赤トンボが逃げていくのを目の端で捕えた。

 「雛かよ…『オレ』がどこで何をしてようと、勝手だろ?……それと」

 最後の言葉を、身体ごと止められた。草むらにそのまま二人倒れこむ。

 「それと『オレの事は悪七って呼ぶな!』…ッスよね? ウフフフ」

 目の前を塞いでいた掌が開き、一瞬赤い雛の手が浮かんだ後、視界が元に戻る。いつもの霧に覆われた、我等が見慣れている村だ。

 「ウフフフ、悪七はホント単純ス。自分では変わりたいと言ってるくせに、いつもの場所でいつものズル休みス。ウチの牛達だってみんな知ってるッスよね?」

 そう言いながら雛が「オレ」を押し倒す。

 必然的に膝枕の形となったが、いつもの事だ。「オレ」は流れを雛に任す。

 「そうか、『オレ』の場所を教えたのはベコの次郎丸か…アイツは『オレ』が育てただけあって頭が良いからな」

 雛が「オレ」の頭を撫ぜる。雛の顔が至近で見える。

 大きくて美しい吊り目のくせに、困った眉毛が整った美人とは一歩退かせているが、それが愛嬌があって逆に親しみを覚える顔だ。

 「何言ってるンス、“村八分”の悪七さん。アタシが口利きしなければ牛飼いの仕事だって満足に出来やしない癖にッス」

 「な、何を言っていやがる! お、『オレ』はいつか…!」

 一番嫌な事を言われてカッとなり思わず立ち上がって叫んだ。

 「ハイハイ、『オレはいつか武士になるんだ』…ッショ? もう何べんも聞いたッス。けどね……」

 若干うんざりした顔つきで雛がチョイチョイ手招きをした。何かを言いかけて口ごもった後、ぎこちなくまたもとの姿勢に戻る。

 「悪七の生い立ちは分かっているッス。昔、名門の武家だったんだけど、忠義を貫いて武士を辞め、子孫が比叡山の寺侍になっていたんだけど、“第六天魔王”が家族もろとも比叡山を焼いちゃったんスよね?」

 「分かっているのなら……!」

 強く言いかけた「オレ」の言葉をさらに強い雛の声が遮る。

 「分からないのはそこからッス! アンタの先祖を挫かせて、更に親を焼いたのはみんな武士じゃないッスか! なのに、なんで武士を目指すンス!? なんで全てをきっぱり忘れて農民になるって言わないのスか? アンタがもし『良い』と言ってくれれば、アタシと結婚してウチの婿養子になっちゃえばいいじゃないッスか!」

 「…だって、無理だろう? お前んちはこの村の村長じゃないか。それに比べて『オレ』は外戚の―しかも“村八分”。幾らお前が言っても村長が…お前の親父がウンと言わないよ……」

 「大丈夫、ウチの父者はアタシの言うことには逆らえないンス……」

 そう言って、雛が瞼を閉じながら顔を近づける。口づけまであと2秒。

 遠くで次郎丸の鳴き声が聞こえた。「危ない!」‐そう聞こえた。


 洒落にならない衝撃。

 土埃。

 荒い鼻息。

 赤い髪。

 そしてよく聞き取れない罵声。


 それらが一気呵成に同時に襲いかかってきて、やがて、「オレ」は空中をスゴイ回転で乱舞していることを知った。いや、もう一人の自分が宙空で「オレ」を見ている様な…つまり…これは…幽体離脱!?


 「っきゃーーーろいっ!! 裏街道でイチャツクんじゃねえよってえんだ! おちおち“馬車”も走らせてらんねいってんだ、ばろちきしょう!!」

 カンカンと甲高い声で、威勢の良い罵詈雑言を浴びせる人物。焦点が合っていないのでよく見えないが、あり得ないほど髪が赤い。そして小柄な人物だ。

 その瞬間、「オレ」は重力に誘われて大地と熱烈過ぎる口づけをした。

 「ひ、ひどーい、何てことするンスか!」

 雛が「オレ」に駆け寄って介抱してくれる。

 「…っざけんねい、このトンチキの丸太ん棒めのトントンチキが! オレッチの荷駄の鯖にアシ来ちまったら、テメエ等、どう責任とってくれんだい!?」

 ここいらでは聞いた事の無い口調で、威勢よく「赤い髪」が啖呵をポンポン切ってくる。頭から蒸気が噴出しているかのようだ。

 「ア…アンタ……“馬借”か?」

 やっとの思いで、口から出た言葉がこれだ。しかし相手は凄いドヤ顔で見返してきた。

 「応ともよ! 馬借のルキ様っていやあ、馬借・車借仲間からも一目置かれている通称『一番星』でさあ、こんち、これまたヨロシクってんだ、バーロィ!」

 「る…るき? 変な名前……」

 雛が余計な一言を呟いてしまった。年頃は「オレ」等とあんまり変わらない14歳か、もう少し低い。

 発展途上の「オレ」等から見ても、小さい身なりに見た事無いような活動的な格好、それよりもやはり日差しに真っ赤に照り返すその髪が違和感を際立たせている。しかし、目鼻立ちが少々濃いがきわめて美人と言える。そんなる気が全身をすべからく活用して怒りを露わにしている。

 「ふっざけんなー! 初対面にもそれ相応の礼儀は必要だろうが、コンコンチキのメンタン! 御免で済むなら医者は要らねえや!」

 「す、済まなかった……相方の口がつい滑って……そ、それより、アンタ“鯖街道”を行く馬借なのか、だとしたら、道を誤っていないか?」

 「バカか? 若しくはアホか? 坂本を始めとする“表”鯖街道は関所まみれよ。一回一回、関銭払っていたらこちとらオマンマの食上げさあ。だから腕っこきほど“裏街道”を使うのよ!」

 「じゃ、じゃあ…君は……!」

 「おっと、時間喰っちまったな。ボウズ、今回は一回貸しだぜ? 次に会う時まで返済しろよ、言っとくがな、馬借はしつこいぜ~!」

 ハイヨー!

 一声と共に一鞭放って、あっという間にルキの馬車は消えてしまった。それにしても何という大きくて速い馬なんだろう。牛飼いしていても、あんな…牛より大きい馬にはお目に掛かった事は無い。しかし、雛の意見は別だったようだ。

 「……ナニ、あの娘…下品でサイテーッス」

 

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