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黒き薔薇


 傭兵であるフィニアスは愚痴をこぼす。


 「全く、戦争ってのは嫌になるね」


 傭兵が魔導二輪車で引く荷台には、全身を包帯で巻かれ、椅子に貼り付けられた人のような何かが乗っかっていた。


 (ガザード帝国の新兵器というが、ここまで厳重な封印を施して輸送する必要のある物とはなんなんだ)


 フィニアスには詳しく分からないが、包帯には封印系統の強化を施す魔法の文字が無数に刻まれており、内部のそれが何なのかは全く分からない。

 そして、碌に舗装もされていない道を走り、切り立った崖のギリギリまで行くと、見下ろせるのは巨大な都市、マルート大陸にある中では、ガザード帝国と唯一対等に渡り合える軍事力を持つと言われている『アルヘリア連邦』だ。

 アルヘリアを一望できるこの崖より僅か5m程の地点には魔力による探知結界が張られており、1年前からガザード帝国と戦時下にあるこの国で不用意に結界内に踏み入れれば殺されても文句は言えない。


 「おい、あんた。指定された場所まで連れてきたぜ」

 「・・・そう・・・か、かん・・・しゃ・・・する」


 両腕に枷を嵌められた包帯だらけのそれは、ゆっくり立ち上がると嗄れた声でフィニアスに礼を告げた。


 「お・・・れ・・が、れん、ぽうに、はいったら・・・す、ぐ・・・ここ、から・・・はなれろ」

 「どれくらいだ?」

 「で、きるかぎり・・・お、れも・・・かげんが、わからない」

 「分かった。じゃあ、早々に俺は立ち去らせてもらうぜ」

 「あ、あ・・・そう、してくれ・・・」

 「おっと、忘れるところだったぜ」

 「?」


 男性は包帯だらけの何かの手の部分を掴むと、握手を交わした。


 「俺は一緒に俺の相棒で風を切った奴とは握手を交わす事にしてるんだ。また、会えるようにってな」

 「お、れが・・・きみわるくは・・・ない、のか?」

 「一緒に風を切った仲にそんな事するかよ。抱きしめてやろうか?」

 「え、んりょ、するよ・・・あ、んたは・・・いい、ひと・・・だな」

 「今度はお前の素顔も、見てみたいもんだ。名前は?」

 「だー・・く、ろー・・・ず・・」

 「そりゃ、兵器名だろ。兵器としてじゃねえよ、そんな風に喋ってるんだ。人としての名前はあるだろ?」

 「そう、か・・・そう、だったな・・・お、れは・・・しお、ん・・・だ」

 「そうか、シオンってのか。よし、覚えたぜ。じゃあな、シオン。俺はフィニアスだ。今度は素顔が見れる事を期待しているよ」


 黒ジャケットをなびかせて、フィニアスは愛車に跨がる。

 荷台という重りを外した彼の愛車はエンジンの鼓動を響かせて、走り出した。


 「さて・・・や、る・・・か」


 枯れ枝のような全身をゆっくりと進ませながら、それは崖の先端部へと向かう。

 そして、小さな小石を一つ蹴飛ばし、アルヘリアの街へと落とすと、それに追従するようにそれもまた落下した。


 それは戦時下のアルヘリアからしたら、何かが投身自殺でもしたのだろうくらいの出来事であった。

 そこまで気に止めるようなことでは無い、死体処理が面倒だな、程度の小さな出来事。

 そして、それから2時間後、アルヘリアに住んでいる王族を含めた9割以上の生物が、謎の奇病で死に至った。


♢☆♢☆


 ダークローズ。

 御伽噺に出てくる、周りの生命を糧として成長する黒い薔薇。

 それは華を咲かせた瞬間、これまでに吸い上げてきた命を全て、死へと変換して周りに解き放つ。

 

♢☆♢☆


 2年前に冒険者となったシオンは四肢を抑えられ、視界を奪われ、その自我すらも殆ど奪われた中、ボンヤリと自分の手を握ってくれた人物、フィニアスの事を思い出していた。

 包帯ごしではあったが、2年ぶりの人肌の温かさと柔らかい感触、少しだけ頰が緩む。


 「笑っているのかい?随分と気味が悪いな」

 「り・・・んど、か?」

 「当たりだよ。どうだい?ダークローズ、戦争とは無関係な2千万人以上の市民を虐殺した気分は」

 「も、う・・・わか、らない」

 「・・・恨み言の一つも言わないのか。僕は君をこんな風にさせてしまった元凶なのに」

 「め、い・・・れい、だろ?」

 「・・・すまない」

 「おや、騎士団長殿ォ?何をしておいでなのかな?もしや、この二等級解毒ポーションの完成を前にして、そこのダークローズを解放しようなどとは考えていませんかな?」


 横から声をかけてきたのは、2年前からずっとシオンの事を楽しそうに壊し続けている老人、ガレナドフ・マリスである。

 

 「ポーション作成だと?お前らの目的はもう違うだろう?ポーションだけに時間を割くのであれば、とっくに終わっている筈だ!それを・・・こんな小さな子供を兵器に仕立て上げて、貴様らは何をしているんだ!」

 「王の判断に文句がお有りで?」

 「この外道が!」


 吐き捨てるように言ったリンドに対して、ガレナドフはニタリと口角を吊り上げる。


 「同じ穴の狢でしょう?貴方は結局、見過ごしたのだから」

 「っ・・・」

 「さあさあ、本日も実験ですよ」

 

 《毒耐性》スキルの欠点は、毒を無効化出来ない点にある。

 無害に限りなく近づけることは出来ても、それは純粋な水に究極まで薄めたインクをつけると、僅かに変色するように、少しずつ累積する。

 ポーションなどを使うという事は、水の中に漂白剤をぶち込んで、無理矢理白に戻すというイメージに近い。

 とは言え、人体とインクは違う。

 人体は僅かな変化であろうと、それを治すように働くし、治せないとなればそれによる不都合を無くすように、身体を作り変える。


 そして、そこが《毒耐性》の強みであった。


 本来、ポーションを使わなければ即死するような毒や、身体に影響を及ぼす毒を無害レベルにまで薄めて、少しずつ身体に慣らすことで、毒に対しての抗体を作り上げられる。

 短所と長所が表裏一体となっているスキル、それが《毒耐性》であった。


 とはいえ、身体の中に抗体を作るという作業、それ自体は通常の冒険者達でも行う事がある。

 まあ、人間らしい生活を考えるのであれば、精々が5つや6つぐらいではあるが。

 《毒耐性》を持つシオンは、身体の事を踏まえても20程の抗体を中に保てる、というのが、この2年間でのガレナドフの見解であった。

 そして、当然ながらガレナドフ、ひいてはガザード帝国にとって、シオンのその後など考える必要は無い。

 この2年間でシオンの身体に打ち込まれた毒は400種類を超えており、それと同じ数の抗体を身体に持つ。そして、最大ランクとなった《毒耐性:A》はそれでもなお、シオンをこの世に繋ぎ止めた。

 代償として、肌は爛れ落ち、内臓はボロボロ、外側から結界用の道具を使わなければ体内に溜め込んだ1級相当の毒が周囲に放たれるという身体になってしまったが、それでも死ぬ事が出来ないのは最早呪いのレベルであった。


 「失礼します・・・うっ」


 縛られたシオンへとガレナドフが腕を伸ばした瞬間、背後から声が掛かった。

 ガレナドフがつまらなそうに視線をやった先、地下牢の入り口部分で立っていたのは赤い髪を揺らす女性であった。

 整った顔に嫌悪の表情を浮かべたのは、地下牢に充満する、シオンの糞尿による悪臭の所為だ。


 「皇帝陛下より、ダークローズに指令が」

 「ふん、それは研究より価値があるものか?」

 「ええ、指令内容はダークローズによる『殺生石』の破壊です」


 それを聞いたガレナドフは珍しく、驚いたように包帯の下に隠された目を見開いた。


♢☆♢☆



 「お考え下され、我が王よ。ダークローズは我が国における切り札にも等しい!それを今失うのは痛すぎます!」

 「そうか、そんなに一兵器が大事か?ガレナドフよ。世の前に、汚らわしい身なりのままで来るほどに」

 「ええ、大事ですとも!この先、《毒耐性》系統のスキルを持ち、尚且つ、あれだけの強い精神を持つ者は現れません!それを新たな土地の開拓、それだけの理由で使い捨てるなど!」

 「殺生石の毒に《毒耐性》では対抗出来ぬと?」

 「可能性の話です!」


 殺生石、それはマルート大陸における癌だ。

 サイズとしては両手で持てる程度の丸石なのだが、その石から広範囲に撒き散らされる毒によって、マルート大陸の実に五分の一を使い物にならなくしているのだ。

 ちなみに、昔の書物にそう記されているだけで、その実物を見た者は誰もいない。

 実際に見に行こうとした輩は漏れ無く、死亡した為だ。

 毒は目に見えず、呼吸をせずとも肌から入り込み、全身を覆った服を着ても何故か死ぬ。

 毒ではなく、呪いではないのかという話もあるが、重要なのはそこに誰も立ち入れないという事だ。


 「ここまで言っても伝わらんか?ダークローズは余りにも危険だから、処分しろと言っているんだ。もし、殺生石を破壊出来たのなら儲け物、そのまま殺すし、封印術を掛けたまま死なせれば、毒の拡散も防げる。もう、ポーションは充分だろう?2等級を売り出せば、それは我が国だけの技術だ。誰にも真似はできん」

 「王はあれの価値をわかっていらっしゃらない!」

 「危険性の方が高いと言っているんだ。これ以上、私に意見をするな。ガレナドフよ。湯浴みでもしてくるといい」


 最早、話は不要。

 言外にそう告げたウィル皇帝にガレナドフは信じられないといった視線を向けるが、最後にはこういうほかなかった。


 「御意に、我が王よ」


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